午前の授業が終わると、二年二組の教室はすぐに騒がしくなった。財布を持って購買に駆け出す生徒もいれば、机をくっつけて弁当を食べる生徒も見える。なかでも一際目立っていたのは、廊下側の角にある席だった。クラスのメンバーだけでなく、他クラスの人間までもが二年二組にやって来て、その角の席を囲んでいる。
  小さく開いた窓の隙間から、春と夏が混ざったような、温い風が吹いてきた。この俺、伊丹累(いたみるい)は窓際の角にある自分の席から、集まる人の群れを見ていた。いいな、とか。羨ましいな、とか。そういった感情は全くない。むしろ「毎回よくもまあ、飽きもせずに」と呆れる思いさえあった。
 「なあ神内、一緒に飯食おうぜ」
 「聖くん、私たちと食べようよ」
 「いいえ私たちと食べましょ」
 「俺たちと食おうぜ神内」
  角の席を囲む生徒たちは、口々にそんなセリフを呟いている。これもいつもと変わらぬ光景だ。彼ら彼女らの中心にいる男、神内聖(じんないひじり)と昼飯を食べる権利をめぐって、今日も教室はごった返している。
  その光景を横目に、ひとり大きなため息を吐く。俺のいる窓際の空間と、神内聖を囲む廊下側には、砂漠とオアシスくらいの差があった。親しい友達もいなければ、一緒に昼飯を食べる相手もいない、目立つことを極度に恐れる俺にとって、向こう側の光景は目を伏せたくなるくらい眩しかった。気にするのはよそう。俺は視線を自分の机に戻すと、弁当箱を広げて、いただきますと手を合わせる。
 「ごめん」
  群れの中心から、低い男の声が聞こえてきたのは、そのときだった。そいつは四方を囲む生徒たちに一言謝ると、おもむろに席から立ち上がる。ざわつく生徒たちの声が聞こえた。昼飯を食べることに意識が向いていた俺が、そのざわつきの正体を知ったのは、自分の身体ににゅっと影が伸びてきてからだった。なんだよ。まさか。ゾッと嫌な予感が背筋を走った。俺はたまらず顔を上げる。
 「累、僕と一緒に食べよう」
  片手に持った弁当袋を見せながら、その男、神内聖は優しく笑う。取り残された群衆たちは「やっぱ伊丹かよ」「今日も取られたー」なんて、悔しそうに声を上げていた。大勢の視線が突き刺す感覚が恐ろしくて、俺は顔を引きつらせる。嫌な汗が出ていたし、ただでさえ目つきの悪い顔が、より険しくなっていたと思う。俺はもう目立ちたくないのに、友達なんて要らないのに──
 「ねえ、一緒に食べちゃ駄目? 累」
  まじで。まじで何なんだよこいつ。
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