俺の隣の彼と、彼の隣の俺

 一か月後に乃木は学校を辞めた。
 最後まで授業には出ずに、水曜日の放課後の音楽室にだけ現れて。

――野田もピアノ好きなら諦めるなよ

 俺は乃木に言われたこの言葉を反芻している。
 このままエスカレーター式に大学へ行くつもりではいるけど、音大を目指したい気持ちもある。
 現実的ではないこともわかっている。
 まずは中学生の時のように先生に習いたいと思った。
 お母さんに相談するとピアノを習うことは賛成してくれた。
 でも家にはピアノが無い……

 悩む前に行動しろ!
 自分を奮い立たせて、中学の時まで習っていた先生の家に向かった。
 懐かしい家の前に立つと、ドアが開き自分と同じぐらいの年齢の男性が出てきた。

「あ……」
「……え」

 そこに立っていたのはいじめから救ってあげられなかった親友だった。
 三年前よりも背が伸びて大人っぽくなっている。
 じっと俺を見ている親友の前に俺は一歩踏み出す。

「あの時は本当にごめん。ずっと謝りたかった。許してもらいたいわけじゃないけどお前の人生をめちゃくちゃにして本当に申し訳なかった」

 俺は深く頭を下げた。
 俺を無視して去ってしまっても構わないと思っていた。
 ここで会ってしまったことで思い出したくない過去を思い出させてしまったから。

「……潮。謝らなくていいから頭を上げろよ。お前に話したいことがいっぱいあるんだ」

 親友の懐かしい声が聞こえて頭を上げると優しく微笑んでいる顔があった。