真っ白に積もった雪の上を歩く。ローファーが雪に少し埋もれる。足を交互に雪の上を踏んでいく。高校までの道のりにいくつもの足跡がついている。それらの足跡を踏まないように、真っ白なきれいな雪の上を踏んでいく。徐々に同じ制服を着た人たちが増えてくる。彼女たちの楽しそうな笑い声が響く。
私の口から白い息が出る。
何度も。何度も。
心臓もうるさいぐらい鳴っている。
誰かの足跡の上を踏んで踏んで高校へと入る。

2−1と書かれた教室へとくぐり抜けた瞬間、全身が煩くなる。
「橘〜。おっはよ。」
立川美怜が私の肩にて手を回す。彼女の言葉がすぐ耳元で聞こえる。全身の体の筋肉が固まる。手に汗が集まる。
「え、無視?酷いんだけど〜。美智子〜、橘が無視する 。」
肩に回された手が強くなる。
「いや、ちがっ、お、はよ。」
声を絞り出す。
「なに、キモいんだけど。」
美智子が笑う。美怜もキモっと言いながら私から離れる。
美怜が離れたにも関わらず私の体はうるさい。黙れ。黙れ。
「橘、今日の英語の宿題見せて。」
「私もー。」
二人が毎日のように言う言葉。そして、私も毎日言う言葉を吐く。
「うん。」
手がリュックを開け、英語のノートを取り出す。作り笑いを浮かべ2人に差し出す。
「あんたってほんと便利だわー。」
「それな〜。ってか、それしかできないんだから。」
どっちが何を言ったのか。私は適当に笑う。
立川美怜も酒井美智子も高校に入ってからできた友達だった。私は知り合いがいなく友達ができるか不安だった。でも同じクラスの二人が話しかけてくれて仲良くなって嬉しかった。本当に最初は楽しかったけど、少しずつ違和感が重なっていった。宿題を見せること、何かを奢ること、それらが当たり前になっていった。自分はせっかくできた友達に嫌われたくなくて笑顔で従った。でも、結局、私は嫌われている。私は2人から離れたかったけど、クラスでのグループは既に固まっていて、私たち3人もいつも一緒にいる3人組になっていた。高校2年になってクラス替えで離れることを願ったが無理だった。「やったじゃ~ん。うちら運強すぎ。」って話してた2人と無理矢理笑った。


最後の授業が終わった途端に
「じゃあ、私帰るね。バイバイ。」
と2人に言って教室を出る。
「ん〜」と言ったまま2人は私を見ることはなかったなと思い出す。
教室を出て、校舎を出てまた真っ白い雪の上を歩いていく。ひんやりとした空気が気持ちいい。頬に肺にひんやりとした空気が触れる。
は〜っと白い息を出す。その行方はふわりと消える。
下校の時間が一番好き。一人で帰る私だけの時間。
家に帰ったら楽しみにしてた漫画を読もう。それから、珈琲飲んでゆっくりしよう。
心がうきうきする。軽やかな気持ちが心地良い。
口角が上がりそうになるのを堪えながら家へと帰る。

ピピピピピ
目覚ましの音がする。ぬくぬくとした布団から出ることができない。今日も学校に行かないといけない。暗い何かが私を支配しそうになり布団にくるまる。起きたら学校に行かないといけない。だったらずっとこのままでいたい。
ピピピピピ
目覚ましの音を塞ぐように布団で自分を包む。
が、突然私を包んでいた布団が消えた。暖かさが一瞬で消え冷たい空気が全身に触れる。
「ひゃあああああ」
「いつまで寝てんの!早く朝ごはん食べて!」
そこには、私の布団を持った母親の姿。
冷たさで強制的に目が覚める。
仕方なく起きることにした私は今日も現実を頑張ろうと自分を鼓舞した。

今日も真っ白い雪を踏む。私の足跡が後ろに連なっている。が、その足跡は途中で止まってしまう。もうすぐ学校に着くというのに足が動かない。気づけば学校とは反対方向に歩き出していた。何してるんだろう、自分。親にバレたら怒られる、と思いながらも足は学校とは反対方向に進む。
たどり着いたのは、冬の海だった。
灰色の空と、群青色の波。砂浜には誰もいない。ひんやりとした空気が肺に入る。
「……はあ」
白い息を吐き出し、テトラポットに腰を下ろす。
ただ、海の波をなんともなしに見ていると、風に乗って、鋭くも繊細な、金属の糸が震えるような音が聴こえてきた。

どこからか聴こえるギターの音色。
音のほうを見ると少し離れた防波堤に、一人の少年が座っていた。私とは違う、濃紺のブレザー。この近辺では有名な、県内一の進学校の制服だ。
彼は一心不乱に弦を弾いていた。寒さで指が動かないはずなのに、その音は温かく、それでいてどこか泣いているように聞こえた。
最後の一音が冬の空気に溶けた瞬間。
私は、無意識に手を叩いていた。
「……えっ」
少年が驚いたようにこちらを見る。私は慌てて口を押さえたが、もう遅い。
「あ、ごめん、なさい。つい……」
「……聴いてたの?」
彼は少し照れくさそうに、ギターを抱え直した。
「……すごく、綺麗な音だったから」