全ての片付けを終えると、外は真っ暗になっていた。
「あ〜、マジ助かった。小倉さんがお店の人、連れてきてくれなかったらみんな泣かせるところだったぜ。」
茂也は最後に床のモップ掛けをしながらそんなことを言っている。
「ま、強引に小倉さんのところに行ったのは俺なんだけど。小倉さんのおかげで、昔カメちゃんってか小倉さんを泣かせちゃったことの恩返しができたって、なんか変だよね。」
貞宗も家政部の分まで机ふきをしながらそんなことを言っている。
栄福堂の人たちは鬼のような速さで焼きそばを仕上げ、午前中には店に戻っていったし、委員長とみさきは調理の途中で全体の運営に消えていったし、集まっていた委員の人たちは体育館で続いている後夜祭に流れていった。今は2人しか居ない。
「なあ、提案なんだけど、朝高焼きそばの打ち上げやらね? 小倉さん呼んで。」
「え!? いきなりサシ?」
「いや、サシじゃねえって。委員長も呼ぼう。」
茂也はモップを落とした。すぐに拾い上げて、もう綺麗になっている床を何度も何度も擦り始めた。
「だよな。委員長が委員のみんなを集めてくれなかったら、半分の人手は無かったし。委員長のおかげで販売は何とかなったわけだし。」
「じゃ、声かけて店予約しておくよ。」
茂也は大きくウンウンとうなずきながらモップを片付けた。
*
打ち上げは焼肉だった。
席の予約時間が近づき、店員が伝票を持って来た。
「じゃあ俺らで払うんで。」
「やー、そんなの、申し訳ないよ。」
ほぼ無口でいる茂也に代わり、貞宗が伝票を受け取ると、委員長が奪い返そうとしてきた。
「いやいや、お2人が居ないと焼きそばは成功しませんでしたから。それに、こういう時は男が黙って出すもんだと思ってるんで。」
「マジ! ゴチでーす。」
貞宗が何とか伝票を死守すると、みさきは財布を取り出す素振りも見せずにカバンを持ちはじめた。
「ちょっと、こういう時はお財布くらい出すもんなんだよ!」
「いやいや。俺ら、昔、そんなこと言えないくらいのことしちゃってるんで。」
委員長がお姉さんのようにみさきに言い聞かせていると、貞宗が余計なひと言を言ってしまい、茂也が慌てて口を塞いだ。みさきはニヤッとしてカバンを置き、身を乗り出して聞いてきた。
「なんだ、それ? めっちゃ気になるんっすけどー!」
茂也は眉をしかめて首を横に振り続けているが、目を輝かせて聞くみさきに観念して貞宗から話してしまった。
「俺ら同じ保育園だったんですけど、女の子の誕生日か何かのお祝いで、プレゼントを用意したんです。当時の俺らが大好きだったカメムシボックス。喜ばせたかったのに、真逆のことをしてしまって、それが最近、小倉さんだったって気付いて。何をしても許されないことってあると思うんすけど、せめて、このくらいと思って。」
茂也は額を押さえて床を見つめ、みさきは口をぽかんと開けて眉をしかめた難しい顔をしている。
「それ、私だよ。」
「えー!」
「あー、松島くんと星くんだったのね。あの時はごめんね。なんかカメムシがきっかけで保育園辞めたみたいになってるけど、元々決まってたおじいちゃんの介護でね。それ、ずっと言いたかったんだよね。」
委員長は淡々と話しながら氷が溶けた水を飲む。
「謝るのはこっちです。まだ子どもだったとはいえ、申し訳ありませんでした。」
貞宗と茂也は立ち上がって委員長に深々と頭を下げた。
「いいの、いいの。今は何とも思ってないからね。」
「えーっと、ええ??」
90度下げた頭をゆっくり持ち上げると、茂也はこめかみに人差し指を当てて、考えはじめた。
「じゃあ、あの時もらった栄福堂の大福って…?」
「あー、ウチと亀ちゃん、親同士も仲良かったからね。最後に買ってった気がする。」
みさきも委員長を真似て、何も入っていないグラスに口をつける。
「なーんだ、小倉さんじゃなかったんだ。」
「てか、委員長、ガチで『カメちゃん』かよ。」
茂也は胸を撫でおろし、貞宗のほうがつっこんでいる。委員長は亀井奈帆さんと言って、あだ名が「亀ちゃん」らしかった。
「うちも思い出した。思い出した。『そんなことするって、絶対好きだよー』って、ちょっとうらやましかった。」
「え? 今なんて?」
安心しきっていた茂也の顔がどんどん赤くなってくる。
「いや、貞宗に好かれてるってうらやましいなぁって。当時はね、当時は。」
「じゃあ、今は…。」
みさきがおばさんのように手首をカクカク振りながら言うと、委員長、改め亀ちゃんがそっと聞いた。
「今は、俺が、茂也が小倉さんのこと、好きだ。」
*
「保育園の頃は、保育園の頃はね、亀ちゃんがうらやましかったよォ。貞宗に好かれてるってうらやましいなぁって。」
ショッピングモールのフードコートで、ハンバーガーセットのジュースに刺さっているストローをツンツン指でいじりながら、みさきの上目遣いが茂也に刺さる。
「じゃあ、今は?」
亀ちゃんが祈るように聞く。お決まりのセリフ。
…。
みさきは目をパチクリさせて、じーっと茂也を見つめている。
「このくだり、何回目?」
「えーっと、4回目? ですかね。」
「違う! 7回目だ。学校で2回、2人きりで1回、数え忘れてんぞ!」
亀ちゃんと貞宗が冷静に傍観している中、茂也とみさきは互いを見つめあって、バチバチ火花を散らしている。
文化祭が終わってからも4人で遊ぶことがある茂也たちの中で、このくだりは外せない鉄板ネタとなっている。
「…だから、今は、俺が、茂也が小倉さんのこと、好きなの! 何回フラれても、諦めないからな。」
茂也がセットのポテトをかき込むと、咳き込んで、イモのかけらが少し出てきた。
「あ〜、マジ助かった。小倉さんがお店の人、連れてきてくれなかったらみんな泣かせるところだったぜ。」
茂也は最後に床のモップ掛けをしながらそんなことを言っている。
「ま、強引に小倉さんのところに行ったのは俺なんだけど。小倉さんのおかげで、昔カメちゃんってか小倉さんを泣かせちゃったことの恩返しができたって、なんか変だよね。」
貞宗も家政部の分まで机ふきをしながらそんなことを言っている。
栄福堂の人たちは鬼のような速さで焼きそばを仕上げ、午前中には店に戻っていったし、委員長とみさきは調理の途中で全体の運営に消えていったし、集まっていた委員の人たちは体育館で続いている後夜祭に流れていった。今は2人しか居ない。
「なあ、提案なんだけど、朝高焼きそばの打ち上げやらね? 小倉さん呼んで。」
「え!? いきなりサシ?」
「いや、サシじゃねえって。委員長も呼ぼう。」
茂也はモップを落とした。すぐに拾い上げて、もう綺麗になっている床を何度も何度も擦り始めた。
「だよな。委員長が委員のみんなを集めてくれなかったら、半分の人手は無かったし。委員長のおかげで販売は何とかなったわけだし。」
「じゃ、声かけて店予約しておくよ。」
茂也は大きくウンウンとうなずきながらモップを片付けた。
*
打ち上げは焼肉だった。
席の予約時間が近づき、店員が伝票を持って来た。
「じゃあ俺らで払うんで。」
「やー、そんなの、申し訳ないよ。」
ほぼ無口でいる茂也に代わり、貞宗が伝票を受け取ると、委員長が奪い返そうとしてきた。
「いやいや、お2人が居ないと焼きそばは成功しませんでしたから。それに、こういう時は男が黙って出すもんだと思ってるんで。」
「マジ! ゴチでーす。」
貞宗が何とか伝票を死守すると、みさきは財布を取り出す素振りも見せずにカバンを持ちはじめた。
「ちょっと、こういう時はお財布くらい出すもんなんだよ!」
「いやいや。俺ら、昔、そんなこと言えないくらいのことしちゃってるんで。」
委員長がお姉さんのようにみさきに言い聞かせていると、貞宗が余計なひと言を言ってしまい、茂也が慌てて口を塞いだ。みさきはニヤッとしてカバンを置き、身を乗り出して聞いてきた。
「なんだ、それ? めっちゃ気になるんっすけどー!」
茂也は眉をしかめて首を横に振り続けているが、目を輝かせて聞くみさきに観念して貞宗から話してしまった。
「俺ら同じ保育園だったんですけど、女の子の誕生日か何かのお祝いで、プレゼントを用意したんです。当時の俺らが大好きだったカメムシボックス。喜ばせたかったのに、真逆のことをしてしまって、それが最近、小倉さんだったって気付いて。何をしても許されないことってあると思うんすけど、せめて、このくらいと思って。」
茂也は額を押さえて床を見つめ、みさきは口をぽかんと開けて眉をしかめた難しい顔をしている。
「それ、私だよ。」
「えー!」
「あー、松島くんと星くんだったのね。あの時はごめんね。なんかカメムシがきっかけで保育園辞めたみたいになってるけど、元々決まってたおじいちゃんの介護でね。それ、ずっと言いたかったんだよね。」
委員長は淡々と話しながら氷が溶けた水を飲む。
「謝るのはこっちです。まだ子どもだったとはいえ、申し訳ありませんでした。」
貞宗と茂也は立ち上がって委員長に深々と頭を下げた。
「いいの、いいの。今は何とも思ってないからね。」
「えーっと、ええ??」
90度下げた頭をゆっくり持ち上げると、茂也はこめかみに人差し指を当てて、考えはじめた。
「じゃあ、あの時もらった栄福堂の大福って…?」
「あー、ウチと亀ちゃん、親同士も仲良かったからね。最後に買ってった気がする。」
みさきも委員長を真似て、何も入っていないグラスに口をつける。
「なーんだ、小倉さんじゃなかったんだ。」
「てか、委員長、ガチで『カメちゃん』かよ。」
茂也は胸を撫でおろし、貞宗のほうがつっこんでいる。委員長は亀井奈帆さんと言って、あだ名が「亀ちゃん」らしかった。
「うちも思い出した。思い出した。『そんなことするって、絶対好きだよー』って、ちょっとうらやましかった。」
「え? 今なんて?」
安心しきっていた茂也の顔がどんどん赤くなってくる。
「いや、貞宗に好かれてるってうらやましいなぁって。当時はね、当時は。」
「じゃあ、今は…。」
みさきがおばさんのように手首をカクカク振りながら言うと、委員長、改め亀ちゃんがそっと聞いた。
「今は、俺が、茂也が小倉さんのこと、好きだ。」
*
「保育園の頃は、保育園の頃はね、亀ちゃんがうらやましかったよォ。貞宗に好かれてるってうらやましいなぁって。」
ショッピングモールのフードコートで、ハンバーガーセットのジュースに刺さっているストローをツンツン指でいじりながら、みさきの上目遣いが茂也に刺さる。
「じゃあ、今は?」
亀ちゃんが祈るように聞く。お決まりのセリフ。
…。
みさきは目をパチクリさせて、じーっと茂也を見つめている。
「このくだり、何回目?」
「えーっと、4回目? ですかね。」
「違う! 7回目だ。学校で2回、2人きりで1回、数え忘れてんぞ!」
亀ちゃんと貞宗が冷静に傍観している中、茂也とみさきは互いを見つめあって、バチバチ火花を散らしている。
文化祭が終わってからも4人で遊ぶことがある茂也たちの中で、このくだりは外せない鉄板ネタとなっている。
「…だから、今は、俺が、茂也が小倉さんのこと、好きなの! 何回フラれても、諦めないからな。」
茂也がセットのポテトをかき込むと、咳き込んで、イモのかけらが少し出てきた。



