青春ボーイズ

 「ごめん、待たせた!」

 茂也は自分の上靴を見つめたまま、調理室の引き戸を開けた。どんな顔で待っているのか、どんな顔で会ったらいいのか、前を向けずにいると、ほんのり甘い匂いが漂ってきた。

 「おはよう、ございます…。」

 調理室にいたのは、フリフリフリルのついたメイドのようなエプロンをかけている家政部だった。

 *

 後から調理室の状況を確認した貞宗は「はっ」と顔を赤くして、とりあえず棒立ちする茂也を廊下に引っ張り出した。

 「シゲ、あの人たちは?」

 「家政部だって。クッキー焼いてた。」

 貞宗が入り口の窓から確認すると、家政部は奥の作業台まで全て使っていた。
 生徒会の企画では出店を出すのは実行委員企画だけだったが、各部活、特に文化部では独自の出展をするところも多く、家政部のお菓子もその一環のようだ。

 「で、どーすんだよ。もう6時半だぞ。」

 「準備室がどこか、場所借りてやろう。まな板置けなかったら俺1人でもいいから。」

 口ではそうは言うものの、茂也は死んだ魚の目をして廊下にべたっと尻をついたままだ。

 「おい、どこ行くんだよー!」

 貞宗は行き先も告げず、北階段へ走った。

 *

 「はぁー! なぜこんなになるまて黙ってたんだよ!!」

 貞宗はすでに登校しているであろうみさきに会うため、生徒会室へ向かった。みさきはもちろん怒り心頭。後から追いかけてきた茂也が来るまでにバスケ部が試合で居ないこと、サッカー部が遠征先で集団食中毒に遭い居ないこと、キャベツが足りないこと、肉はかたまりなこと、調理室も使われていることを説明し、謝り倒した。

 「試練は1つでいいじゃねーか! なんでこんなに、あり得ないくらい重なるんだよ…。」

 「それを言いたいのはこっちのほうで…。」

 「ファ!! 早く報告していれば対処の方法もあったろうが!!」

 「そこは、本当にごめん! 小倉さんには心配かけられないと思って、なんとか自分たちで解決しようと思ってたんだけど…。」

 「松島、まだ寝てんのか? それともガキの頃と変わんねーのか?」

 貞宗は頭を下げ続け、ひたすらひたすら謝った。

 「あーん! もう!!」

 みさきは1階まで届きそうなくらい足音を立てて生徒会室から出て行った。

 「あっ、小倉さん、何とかなると思ってたんだけど、家政部が誤算で…。」

 「星もガキかよ。なんも成長してねぇんだな!」

 みさきが怒鳴りつけた声が廊下、階段を通して学校中に響き渡った。その声は貞宗と茂也が動く気力を打ち砕いてしまった。

 *

 「どうしたの? 2の1の松島くん、だっけ?」

 やっと貞宗の身体が動いたのは、実行委員長の先輩が生徒会室に来たときだった。

 「おはようございます。実は、実行委員企画の朝高焼きそばが、色々詰みすぎてて、生徒会にも迷惑かけちゃって。」

 「そっかー。」

 委員長はガンガン怒鳴るみさきとは対照的に、現状を優しく受け止めてくれた。

 「先輩は怒らないんですか?」

 「みさきのことだから、きっとガッツリやられたんでしょ。それで充分じゃん。」

 委員長は貞宗の近くの壁にもたれかかって落ち着き払っている。

 「それに、事前にちゃんと確認しなかった私の委員長としての責任や、みさきの生徒会としての責任もある。『心配かけたくない』って気持ちに寄り添わないとな、って思ってるよ。」

 「すみませんでした。本当に。」

 貞宗が床を見ながら謝り続けていると、委員長は手を頭の上に伸ばし、ぐーんと伸びをした。

 「ほらほら、謝っても焼きそばはできないよ! そこで伸びてる星くん捕まえて、家政部に場所かりて、少しでも作り始めよ! 他のみんなも集まってきてるよ。」

 委員長に連れられて調理室に戻ると、10名以上の委員がエプロンをつけて待っていた。

 「家政部にテーブル1つ空けてもらったから。」

 「早くから来てやるだろうと思ってたけど、早すぎだよ。」

 委員のメンバーは口々にそんなことを言っている。

 「なんだ。俺らだけじゃなかったんだ。」

 いつもの茂也からは想像できない、か細い声がこぼれる。茂也は首を大きく横に振って弱音を振り払い、拳を握り込んでガッツポーズをした。

 「じゃ、あと3時間で、仕上げるよ!」

 ガラガラガラガラ。

 気合いが入ったところに、白い服を着た影が入り込んできた。

 「待たせたな。ウチのみんな連れてきたから、一気に仕上げよ。」

 みさきが白い和服のような白衣を着た人たちを連れてきた。胸には深緑色で「栄福堂」の刺繍が入っている。

 「な、なあ。これって。」

 茂也が貞宗にオドオド聞いていると、真ん中に立つ知っている男性が声をかけた。

 「どれを調理したらいいのか教えてくれ。あと、足りない材料があると聞いているが。」

 「食材は準備室の冷蔵庫に入っています。肉は塊になっているんですが一口大に切って欲しいです。あと、キャベツが予定の半分しかなくて。」

 知っている男性が隣の若い男性に耳打ちをすると、若い男性がそそくさと小走りに出ていった。

 「市場がまだやっているはずだから、キャベツは買ってくる。さ、一気に切るよ!」

 *

 「毎度、ありがとうございます。」

 貞宗が小学校に上がるかどうかくらいの少年に、焼きそばを渡した。

 「おにいちゃん、ありがと。」

 まっすぐな少年の瞳は、キラキラと輝いていた。

 何を「心配かけたくない」と強がっていたのだろう。

 何を「これって」と尻込みしていたのだろう。

 かつて泣かせてしまった少女のおかげで、貞宗と茂也は多くの人の笑顔を作ることができた。