夕方。日暮れが早くなってきた。
お盆が終わり、8月も月末が見えてきている。そんな時期になってやっと、貞宗と茂也は学校以外で一緒に出かける約束をした。
「な。どうしても行きたくなっちゃって。」
茂也は歩道の石ころを蹴りながら一歩一歩、その場所に歩を進めている。
「俺も、言おうか迷ってた。1人じゃ、なぁ。」
貞宗はオフホワイトの手提げカバンを持って、茂也の半歩後ろを歩いている。
2人で来たのは、栄福堂だった。
ピポピポピポーン。ピポピポピポーン。
少し厚めのガラスでできた自動ドアが開くと、明るい和の空間が広がっていた。
正面には楕円に似た丸太の板に、金の毛筆で「栄福堂」と書いてある。ガラスのショーケースには照明が付いていて、大福やどら焼きが輝いて見える。常温商品が並ぶ壁際の机には、緑の不織布が敷いてあり、もちろんホコリなどなく、日焼けも見当たらない。
「何にする? 大福?」
「いやー、ちょっと小遣いがまだで、お金が…。」
貞宗は手提げカバンから三つ折りの財布を取り出した。中に札はなく、100円玉が数枚あるだけだった。
「マジかよ。俺も100円しか持ってきてねぇよ。」
どら焼きには150円、大福には200円の値札が付いている。まさに財布と相談しているところに、白い和服を着た初老の男性がやって来た。
(わぁ、父さんかよ…。)
声にしてはいけない声が、2人の脳裏に浮かんだ。初老の男性は「いらっしゃいませ」と言うこともなく、ただただ2人のことを見つめている。そこに笑顔はない。睨む、と言うほどではないが、若い2人に威厳を見せるには充分だった。
「お、おはぎ、2つください…。」
貞宗が震える人差し指でおはぎの値札を指した。200円と黒い印刷の上に、赤のサインペンで100円と書いてあった。
男性は必要最低限のやりとりでおはぎをプラケースに詰め、会計が終わったところで「毎度ありがとうございましたー。」と渋い声をもらした。
「ふぁ。よかったな!」
肩の荷が降りたところで、茂也の心の声が漏れてしまった。
「君たち、もしかして…。」
男性は2人のことをじっと見つめながら、どこにも笑みがない顔のまま、話しかけてきた。
(バレた…。)
「ごめんなさい!!」
同じことを考えた2人は直角のお辞儀をして、早々と店を後にした。
やっと落ち着いたバス停のベンチに2人でどかっと腰を下ろした。
「わー、マジ焦った。」
貞宗は大きくため息をつきながら前かがみにおはぎを取り出している。
「父さんに先に謝るとか、想定外だよな。」
そう言いながら茂也がおはぎを1つもらう。
「あっ、うめぇ! このちょっと大人な甘さ、やっぱあのときのあんこ、これだな。」
「そうか? いただきまーす。」
茂也に続いて貞宗もおはぎをいただく。あー、この味だ。「お菓子」と聞いて想像していたパステルカラーの甘さではなく、アースカラーな大人の甘さ。子ども心に「甘くね」と思ったが、コーラに慣れ、エナジードリンク漬けの高校生にはちょうどいい甘さに仕上がっている。
「カメちゃんって、なんて名前なんだろう?」
「あの父さんなら、優しそうな名前付けそうだよな。店の感じが『混じりっけなし!』って感じだから。」
「サダってたまーに変な妄想入るよな。」
ピカっ!
茂也の疑問に貞宗が付き合っていたところで、雷が落ちた。まだ遠い。光っただけで音は聞こえない。
でも、確実に2人の元に雷雲は近づいていた。
*
「えー、始業式に続いて、壮行会を行います。」
名前も知らない偉そうな先生がアナウンスすると、体育館のステージにバスケ部とサッカー部がユニフォームを着て登壇した。
「…万年初戦敗退でしたが、奇跡的に地区大会を勝ち抜くことができました! バスケ部にとっては初めての県大会ですが、練習の成果と、朝陽魂を発揮できるよう、全力で頑張ります。」
「毎年決勝で悔しい思いをしていました。…先輩方との遠征も最後になるので、楽しんでサッカーをして来たいと思います!」
正式に新しく部長になった田中と三浦が挨拶をしている。どうやら夏休みの大会で、バスケ部とサッカー部が県大会へと勝ち進んだらしい。
(へー、そーなんだ。)
申し訳ないが、イチ高校生としての感想は、この程度しか抱けない貞宗だった。この時は。
「松島くん、マジ、ごめん!」
その登壇していた田中が、わざわざ昼休みにちょっと近寄りがたい1組教室まで頭を下げに来た。
「え? なになに?? なんか、した??」
「いやー、壮行会でも言ったんだけど、県大会と文化祭の日程が被ってて、バスケ部全員、手伝い行けなくなっちゃったんだよね。」
「えーー!!!」
貞宗は廊下を突き抜けるほど大きな声をあげた。バスケ部は男女合わせて30人ほど。朝高焼きそばでは販売をお願いする予定だった。そこがゴッソリ抜けることになる。
「ま、なんとかなるさぁー! 県大会おめでとう。」
田中に目も合わせず、棒読みの「おめでとう」を言いながら、貞宗は廊下の端にある10組教室を目指した。
「シゲ、バスケ部が、文化祭、来れないって。サッカー部の日程、聞きそびれちゃった。サッカー部も来れないとか、あるかな? どうしよう。」
茂也は購買の焼きそばパンを押し込んで、ウンウンと貞宗の話を聞いた。
「大丈夫。シメてある。」
茂也の斜め後ろで、三浦が黒い弁当箱に入った唐揚げ弁当を食べながらビクッとした。
「朝確認されたけど、サッカー部は1週間前だから大丈夫! 当日参加になるけど、チーム力上げてくるから、待ってて!」
三浦はチラチラ茂也を気にしながら、ずっと首を縦に振っている。
「よかったぁ。」
貞宗はやっと茂也に笑顔を見せた。
*
それから1か月。実行委員は自分のクラスの準備に没頭しつつ、全体として必要な準備にも取りかかった。廊下の装飾とか、チラシ配りとか。その中で朝高焼きそばの準備をする時間はとても作れそうになかった。
みさきに厳しくダメ出しを食らっていたおかげで夏休み後にやる準備はほとんどなく、あとは食材が届いて当日に調理するのみとなっていた。
「ありがとうございます! こちらにお願いします。」
前日の食材受付は貞宗と茂也の担当。クラスの準備を抜けて、職員玄関でスーパーから受け取る。
500人前ともなると、食材の量が大量になる。キャベツは25玉、豚肉は20キロ。
「あの、これだけですか?」
作業服のおじさんが下ろした荷物は、素人目にも少なかった。
「あー、キャベツ、今値段上がってるでしょ。いただいた予算だとこれしか用意できなくてね。豚肉も物価高で、塊肉になっちゃって。」
帽子を軽くとって挨拶しながら出て行く業者に、貞宗も茂也も何も言えないでいた。5ケース届く予定の食材が3ケースしかない。想定よりも少ない食材と心が空っぽになった2人が取り残された。
「なぁ、どうする?」
「どうするって、なんとかするしかないだろ。」
茂也は冷静にレシピの紙を取り出して、にらめっこを始めた。職員玄関前の廊下に、はいつくばって、シャーペンでメモを取りながら何かを考えている。
「なぁ、バスケ部が抜けた後のシフトの件も、まだ解決してないし、この状況、小倉さんに伝えた方が良くねぇ?」
「いや!」
何も寄せ付けない集中力を放っている茂也がきっぱり否定した。
「小倉さんには心配かけられないから。絶対成功させて、喜ばせたいから。」
それだけつぶやくと茂也はまた紙とにらめっこに戻る。貞宗が大きなため息をついたところに、生徒会の先生がやって来た。
「君たちが、実行委員の松島くんと星くん? 実行委員の子達はここにいるんじゃないかって言ってたんだけど、あってる?」
「はい、そうです。」
貞宗がハキハキと答えると、茂也もキリがいいのか、やっと紙から顔を上げた。
「いやー、サッカー部の三浦くんがどうしても君たちに伝えてくれって言ってるんだけど…。」
それを聞いた貞宗はただでさえ色白の顔が余計に青白くなった。茂也は一周回って目が笑ってない笑みを浮かべている。
「なぁ、シゲ。もうこれは小倉さんに伝えないと。このまま進めたらとんでもない迷惑がかかっちまうぞ。」
「はははは、はははは。」
茂也は笑ったまま、廊下で四つん這いになり、紙を見つめている。
「まだシフト組み直してなくて、良かったぜ。言わねぇぞ、絶対。」
貞宗はまた大きくため息をついて、1人で食材を調理準備室に運び込んだ。鍵を開ける手間が省けたのは、この不運続きの中の幸運だったのか。
*
朝は5時起き。
身支度と朝食を済ませた貞宗と茂也の集合時間は朝6時。10時の開店に間に合わせるためには2時間ひたすら食材を切らなくては間に合わないという判断だった。
「おはよー。第一関門突破だな。」
「おはよー。サダもな。」
茂也は完全に夜型。貞宗も朝は苦手。そんな2人がそろってこんな時間に学校に来れたのは奇跡に近い。
「失礼します。調理室の鍵を借りに来ましたー。」
数人しか先生が居ない職員室に茂也の寝ぼけた声がとおる。
「あー、開いてると思うよー。」
「え?」
職員室に居る茂也と廊下で待つ貞宗の声がハモった。早朝の野菜切りは2人で乗り切る計画なのに、調理室は開いているという。
「なぁ、調理室、開いてるって。」
「聞こえたー。誰だろうな。」
「まさか、サダ、誰かにヘルプお願いしたのか?」
「いやいや、ヒたくてもこんな時間にお願いできないよ。」
貞宗はあくび混じりに返事をする。
「小倉さん?」
特大のあくびが終わった貞宗から仰天発言だ。
「なんで?」
「生徒会の先生には言ったからさ、朝から実行委員で準備するって。生徒会の小倉さんなら先生から伝え聞いて知ることも可能なんじゃないかって。」
貞宗の予想を聞くと、茂也はスタスタと調理室へ急いだ。
「置いてくなよー。」
「待たせるわけにいかねぇだろ。」
茂也は何度も深呼吸を交えながら、調理室へ急いでいた。
お盆が終わり、8月も月末が見えてきている。そんな時期になってやっと、貞宗と茂也は学校以外で一緒に出かける約束をした。
「な。どうしても行きたくなっちゃって。」
茂也は歩道の石ころを蹴りながら一歩一歩、その場所に歩を進めている。
「俺も、言おうか迷ってた。1人じゃ、なぁ。」
貞宗はオフホワイトの手提げカバンを持って、茂也の半歩後ろを歩いている。
2人で来たのは、栄福堂だった。
ピポピポピポーン。ピポピポピポーン。
少し厚めのガラスでできた自動ドアが開くと、明るい和の空間が広がっていた。
正面には楕円に似た丸太の板に、金の毛筆で「栄福堂」と書いてある。ガラスのショーケースには照明が付いていて、大福やどら焼きが輝いて見える。常温商品が並ぶ壁際の机には、緑の不織布が敷いてあり、もちろんホコリなどなく、日焼けも見当たらない。
「何にする? 大福?」
「いやー、ちょっと小遣いがまだで、お金が…。」
貞宗は手提げカバンから三つ折りの財布を取り出した。中に札はなく、100円玉が数枚あるだけだった。
「マジかよ。俺も100円しか持ってきてねぇよ。」
どら焼きには150円、大福には200円の値札が付いている。まさに財布と相談しているところに、白い和服を着た初老の男性がやって来た。
(わぁ、父さんかよ…。)
声にしてはいけない声が、2人の脳裏に浮かんだ。初老の男性は「いらっしゃいませ」と言うこともなく、ただただ2人のことを見つめている。そこに笑顔はない。睨む、と言うほどではないが、若い2人に威厳を見せるには充分だった。
「お、おはぎ、2つください…。」
貞宗が震える人差し指でおはぎの値札を指した。200円と黒い印刷の上に、赤のサインペンで100円と書いてあった。
男性は必要最低限のやりとりでおはぎをプラケースに詰め、会計が終わったところで「毎度ありがとうございましたー。」と渋い声をもらした。
「ふぁ。よかったな!」
肩の荷が降りたところで、茂也の心の声が漏れてしまった。
「君たち、もしかして…。」
男性は2人のことをじっと見つめながら、どこにも笑みがない顔のまま、話しかけてきた。
(バレた…。)
「ごめんなさい!!」
同じことを考えた2人は直角のお辞儀をして、早々と店を後にした。
やっと落ち着いたバス停のベンチに2人でどかっと腰を下ろした。
「わー、マジ焦った。」
貞宗は大きくため息をつきながら前かがみにおはぎを取り出している。
「父さんに先に謝るとか、想定外だよな。」
そう言いながら茂也がおはぎを1つもらう。
「あっ、うめぇ! このちょっと大人な甘さ、やっぱあのときのあんこ、これだな。」
「そうか? いただきまーす。」
茂也に続いて貞宗もおはぎをいただく。あー、この味だ。「お菓子」と聞いて想像していたパステルカラーの甘さではなく、アースカラーな大人の甘さ。子ども心に「甘くね」と思ったが、コーラに慣れ、エナジードリンク漬けの高校生にはちょうどいい甘さに仕上がっている。
「カメちゃんって、なんて名前なんだろう?」
「あの父さんなら、優しそうな名前付けそうだよな。店の感じが『混じりっけなし!』って感じだから。」
「サダってたまーに変な妄想入るよな。」
ピカっ!
茂也の疑問に貞宗が付き合っていたところで、雷が落ちた。まだ遠い。光っただけで音は聞こえない。
でも、確実に2人の元に雷雲は近づいていた。
*
「えー、始業式に続いて、壮行会を行います。」
名前も知らない偉そうな先生がアナウンスすると、体育館のステージにバスケ部とサッカー部がユニフォームを着て登壇した。
「…万年初戦敗退でしたが、奇跡的に地区大会を勝ち抜くことができました! バスケ部にとっては初めての県大会ですが、練習の成果と、朝陽魂を発揮できるよう、全力で頑張ります。」
「毎年決勝で悔しい思いをしていました。…先輩方との遠征も最後になるので、楽しんでサッカーをして来たいと思います!」
正式に新しく部長になった田中と三浦が挨拶をしている。どうやら夏休みの大会で、バスケ部とサッカー部が県大会へと勝ち進んだらしい。
(へー、そーなんだ。)
申し訳ないが、イチ高校生としての感想は、この程度しか抱けない貞宗だった。この時は。
「松島くん、マジ、ごめん!」
その登壇していた田中が、わざわざ昼休みにちょっと近寄りがたい1組教室まで頭を下げに来た。
「え? なになに?? なんか、した??」
「いやー、壮行会でも言ったんだけど、県大会と文化祭の日程が被ってて、バスケ部全員、手伝い行けなくなっちゃったんだよね。」
「えーー!!!」
貞宗は廊下を突き抜けるほど大きな声をあげた。バスケ部は男女合わせて30人ほど。朝高焼きそばでは販売をお願いする予定だった。そこがゴッソリ抜けることになる。
「ま、なんとかなるさぁー! 県大会おめでとう。」
田中に目も合わせず、棒読みの「おめでとう」を言いながら、貞宗は廊下の端にある10組教室を目指した。
「シゲ、バスケ部が、文化祭、来れないって。サッカー部の日程、聞きそびれちゃった。サッカー部も来れないとか、あるかな? どうしよう。」
茂也は購買の焼きそばパンを押し込んで、ウンウンと貞宗の話を聞いた。
「大丈夫。シメてある。」
茂也の斜め後ろで、三浦が黒い弁当箱に入った唐揚げ弁当を食べながらビクッとした。
「朝確認されたけど、サッカー部は1週間前だから大丈夫! 当日参加になるけど、チーム力上げてくるから、待ってて!」
三浦はチラチラ茂也を気にしながら、ずっと首を縦に振っている。
「よかったぁ。」
貞宗はやっと茂也に笑顔を見せた。
*
それから1か月。実行委員は自分のクラスの準備に没頭しつつ、全体として必要な準備にも取りかかった。廊下の装飾とか、チラシ配りとか。その中で朝高焼きそばの準備をする時間はとても作れそうになかった。
みさきに厳しくダメ出しを食らっていたおかげで夏休み後にやる準備はほとんどなく、あとは食材が届いて当日に調理するのみとなっていた。
「ありがとうございます! こちらにお願いします。」
前日の食材受付は貞宗と茂也の担当。クラスの準備を抜けて、職員玄関でスーパーから受け取る。
500人前ともなると、食材の量が大量になる。キャベツは25玉、豚肉は20キロ。
「あの、これだけですか?」
作業服のおじさんが下ろした荷物は、素人目にも少なかった。
「あー、キャベツ、今値段上がってるでしょ。いただいた予算だとこれしか用意できなくてね。豚肉も物価高で、塊肉になっちゃって。」
帽子を軽くとって挨拶しながら出て行く業者に、貞宗も茂也も何も言えないでいた。5ケース届く予定の食材が3ケースしかない。想定よりも少ない食材と心が空っぽになった2人が取り残された。
「なぁ、どうする?」
「どうするって、なんとかするしかないだろ。」
茂也は冷静にレシピの紙を取り出して、にらめっこを始めた。職員玄関前の廊下に、はいつくばって、シャーペンでメモを取りながら何かを考えている。
「なぁ、バスケ部が抜けた後のシフトの件も、まだ解決してないし、この状況、小倉さんに伝えた方が良くねぇ?」
「いや!」
何も寄せ付けない集中力を放っている茂也がきっぱり否定した。
「小倉さんには心配かけられないから。絶対成功させて、喜ばせたいから。」
それだけつぶやくと茂也はまた紙とにらめっこに戻る。貞宗が大きなため息をついたところに、生徒会の先生がやって来た。
「君たちが、実行委員の松島くんと星くん? 実行委員の子達はここにいるんじゃないかって言ってたんだけど、あってる?」
「はい、そうです。」
貞宗がハキハキと答えると、茂也もキリがいいのか、やっと紙から顔を上げた。
「いやー、サッカー部の三浦くんがどうしても君たちに伝えてくれって言ってるんだけど…。」
それを聞いた貞宗はただでさえ色白の顔が余計に青白くなった。茂也は一周回って目が笑ってない笑みを浮かべている。
「なぁ、シゲ。もうこれは小倉さんに伝えないと。このまま進めたらとんでもない迷惑がかかっちまうぞ。」
「はははは、はははは。」
茂也は笑ったまま、廊下で四つん這いになり、紙を見つめている。
「まだシフト組み直してなくて、良かったぜ。言わねぇぞ、絶対。」
貞宗はまた大きくため息をついて、1人で食材を調理準備室に運び込んだ。鍵を開ける手間が省けたのは、この不運続きの中の幸運だったのか。
*
朝は5時起き。
身支度と朝食を済ませた貞宗と茂也の集合時間は朝6時。10時の開店に間に合わせるためには2時間ひたすら食材を切らなくては間に合わないという判断だった。
「おはよー。第一関門突破だな。」
「おはよー。サダもな。」
茂也は完全に夜型。貞宗も朝は苦手。そんな2人がそろってこんな時間に学校に来れたのは奇跡に近い。
「失礼します。調理室の鍵を借りに来ましたー。」
数人しか先生が居ない職員室に茂也の寝ぼけた声がとおる。
「あー、開いてると思うよー。」
「え?」
職員室に居る茂也と廊下で待つ貞宗の声がハモった。早朝の野菜切りは2人で乗り切る計画なのに、調理室は開いているという。
「なぁ、調理室、開いてるって。」
「聞こえたー。誰だろうな。」
「まさか、サダ、誰かにヘルプお願いしたのか?」
「いやいや、ヒたくてもこんな時間にお願いできないよ。」
貞宗はあくび混じりに返事をする。
「小倉さん?」
特大のあくびが終わった貞宗から仰天発言だ。
「なんで?」
「生徒会の先生には言ったからさ、朝から実行委員で準備するって。生徒会の小倉さんなら先生から伝え聞いて知ることも可能なんじゃないかって。」
貞宗の予想を聞くと、茂也はスタスタと調理室へ急いだ。
「置いてくなよー。」
「待たせるわけにいかねぇだろ。」
茂也は何度も深呼吸を交えながら、調理室へ急いでいた。



