青春ボーイズ

 「実行委員やってくれる人ー、0ね。次、選管やってくれる人ー、0ね。」

 学級委員の女子が教卓に肘をついて呼びかけている。貞宗は順調に2年生に進級した。学業のほうは特進クラスで真ん中くらいをキープし、良くも悪くも目立たず、当たり障りのない高校生活を送っていた。入学式で聞いた「しげや」の名は二度と聞けないままだった。
 2年生に進級してからは、内申点というものを気にして、委員会というやつに所属してみようかと思っていた。

 ーー希望者が居ないのは、放送委員と、実行委員と、選管、かぁ。

 放送委員は昼の当番がダルいのが目に見えている。選管、あれは小学校で経験して計算ミスで2回開票させられたことがあり、もう2度としないと誓っている。

 「あの、実行委員、やるよ。」

 他の人を押し退けてまでやろうとは思っていない。誰もやりたがらなかった実行委員を引き受けて、クラス的にも内申点的にもウィンウィンの関係だった。

 初めての委員会は、第二理科室で行われた。
 黒板を前に縦一列1組から順に座るよう指示がある。もちろん10組まで座りきれないので、5組までいったら、その前に6組が座り、7、8、9と前に座っていく。貞宗の前には10組の男子が股を大きく広げて座った。
 眉毛が濃く、頬は丸く描きたくなるくらいふっくらしている。髪は短いが、毛先からは天パのような「伸びるとクルクルします」感が漂っている。

 「シゲ?」

 貞宗は困った顔をしながら、自分にしか聞こえないように、「ありさんの声」でつぶやいた。

 「ああ、俺、しげやだけど…。『シゲ』って呼ぶのは幼馴染の…。」

 10組の彼はそうつぶやきながら貞宗をマジマジと舐め回すようにみて、目を丸く見開いた。

 「もしかして、サダ? 松…貞宗?」

 「そうだよ! 松島貞宗!」

 教卓で既に委員会を進め始める委員長を差し置いて、2人で足をバタバタさせた。

 「入学式で『しげや』って聞いて、まさかと思ってたけど、1年間それらしい顔にも会えなくて。」

 「サダもか! 俺も聞き間違いだと思ってたら、そうじゃなかったんだ!」

 ん、んん。

 委員会が咳払いをして、目の前の貞宗と茂也に目配せをする。

 「あ、その…。」

 貞宗が慌てて黒板を見ると、目標と活動計画が書いてある。文化祭は10月。8月の夏休み明けから準備開始らしい。
 「実行委員企画」とも書いてある。黒い点が3つ打ってあるが、企画自体はひとつも書いてなかった。そして時刻は13:18。20分に昼休みが終わり25分からは午後の授業が始まる。

 「学年で案を考えてくる、というのはどうですか?」

 貞宗がそう発言すると、委員長は舌打ちでもしそうに顔を歪めて、教員用の実験台に両手をついた。

 「ではそうしましょう。文化祭は2年生が中心になりますから、特に2年生、真剣に考えてきてくださいね。」

 「ね」に被さるように、昼休み終了のチャイムが鳴った。

 *

 帰りのHR(ホームルーム)で担任から連絡事項を聞いていると、ドアの窓の外に茂也が見えた。教室の前側から中を覗き込み、あっちを見てこっちを見て。たぶん貞宗を探している。1組(ここ)は特進クラス。そんなバカな真似をするやつは寄りつかない教室だから、かなり悪目立ちしていた。

 「サダ、おまえ本当に特進なんだな。」

 「本当にって疑ってたのかよ。」

 「俺ら2人、飛び抜けて悪ガキだったからよ。信じられねーだろ、普通。相方の俺はギリギリ進級の10組だしよ。」

 廊下に出てくると茂也は貞宗の頭からつま先までを舐め回すように見ながら話しかけてきた。

 「卒園してからはいい子にしてたからな。一緒に怒られてくれるシゲも居ないし、いうこと聞いてたら勉強はできるようになってた。」

 「ま、俺も学区外から朝陽に入れるくらいの成績は取ってたけどな! 保育園卒園してから転校ばっかでよ。おかげでめちゃくちゃ社交的になったんだ。」

 2人の笑顔は卒園式と同じだった。

 「じゃあまた、学年の話し合いでな!」

 茂也は手を挙げてそのままどこかへ去っていった。
 その話し合いが開かれることはなかった。

 *

 「はぁ!? 話し合ってないの? ふざけないで!!」

 次の委員会は、生徒会執行部の2年生、小倉(おぐら)みさきが直々(じきじき)にやって来て、案を聞くということに、いつの間にかなっていた。そう、いつの間にか。

 「1年生と3年生はいい案が出なかったって言ってるし、まあまあ、落ち着いて。」

 「落ち着いてられないでしょ! 2年生が文化祭の中心で、2年生が言い出したのに!!」

 みさきは委員会の中では部外者ながら、特大の態度で先生用のクルクル回るグレーの椅子をクルクル回している。委員長は2年生に睨みをきかせつつ、みさきのご機嫌取りも、とコロコロ表情を変えていた。

 「てか、『実行委員企画』って執行部が言い出したのかよ。去年も実行委員だったけど、そんなの求められたことねぇーんだけど。」

 「聞いてなかったのはあなた達じゃない…。」

 「そうだよ、俺らが悪い。」

 みさきに今にも殴りかかりそうな茂也を貞宗が静止し、委員長はため息を漏らしている。

 「文化祭って執行部が企画して、実行委員が運営するもんだろ。それを放棄してただの委員会としてやってる俺らに求めてくるほうがおかしいだろ! 執行部の怠慢なんじゃねぇの!?」

 みさきは脚を組んで相変わらず椅子をクルクルしている。大きくため息をついて、立ち上がると、2年生が座る真ん中の机向きにもう一度大きなため息をついた。

 「はぁ、もう仕方ないわね。1週間待ってあげるわ。必ず企画をあげてちょうだい。言っておくけど『怠慢』なんかじゃないから! 『生徒からの声を文化祭に活かす』ってのが会長の公約だったし、次期会長候補の私の思いでもあるの。勘違いしないで!」

 みさきは、バンッ、と大きな音を立てて第二理科室を後にした。

 「じゃあ、今日はこれで。2年生、ちゃんと話しておいてくださいね。」

 「ああん!? 委員長まで執行部の手下かよ!」

 パシッ。

 委員長に食ってかかる茂也を、貞宗が机を平手打ちする音が遮った。

 「お前、いい加減にしろよ。みんな、ごめんね。案はちゃんと俺らで考えておくから、次の委員会前にOKだけ欲しいんだけど、どう?」

 頭が真っ白になっている茂也を置いて、他の2年生に呼びかけた。

 「そうしてもらえると助かる。」

 「星くんと松島くんが考えてくれた案なら、喜んでOKするよ。」

 2年生は口々にそう言って第二理科室を後にした。最後に残ったのは貞宗と茂也の2人だけだった。

 「ふー、じゃあ、ちゃんと考えようぜ。」

 「はぁ? サダも執行部の手下かよ。あんな怠慢に付き合ってらんねーよ。」

 バチンッ。

 机の上に用意されていたプリントが破れた。

 「お前、いい加減にしろよ…。」

 貞宗はじんわりしびれが残る右手で破れたプリントを握り込んだ。

 「どう考えても話し合ってない俺らが悪いだろ。執行部のせいにしてばっかのお前とはもう絶交だ! やっと会えて嬉しかったのによ…。」

 貞宗の丸まった背中が第二理科室を去ると昼休み終了のチャイムが鳴った。

 *

 翌朝。
 貞宗が薄暗い生徒玄関で靴を履き替え、前を向くと、茂也とぶつかりそうになった。

 「あっぶねぇな。」

 「サダ! いいところに居たな! いい案、思いついたんだよ!!」

 誰も聞き耳をたてていないのに、茂也は貞宗の耳元に手を添えて、ヒソヒソ話でもするように案を伝えた。貞宗は茂也の肩を叩いて、白い歯を輝かせている。

 「お前、サイコーだな! このまま生徒会室行こうぜ。」

 「絶交は、いいのかよ。」

 「絶交? 無しだ無しだ! 早く行くぞ!」

 貞宗のほうが足早に生徒会室がある北階段へ駆けて行った。

 「失礼します。文化祭の話なんだけど、小倉さん居ますか?」

 入り口に居た男子が手を差した窓際で、みさきは紙パックの紅茶にストローを刺して飲んでいた。

 「ん? どうしたの?」

 「どうしたも何も、実行委員企画の案を思いついたから、伝えに来たんだけど。」

 眉間にシワを寄せながら貞宗がたどたどしくしゃべると、みさきは小柄な身長に似合わない大股で一歩一歩近づいて来た。貞宗と茂也の前に胸を張って立つと、茂也がハッと息を呑んだ。

 「伝えるべきは君じゃないね。」

 「うん。私もそう思う。何やってんの?」

 みさきは鼻で笑いながら生徒会室のドアをバタンと閉めた。

 *

 「星くんいい案だね! 本当にありがとう。」

 委員会の5分前に集まった2年生からOKをもらったところで委員長とみさきが入ってきて、委員会が始まった。

 「で、それだけ?」

 「それだけって、出店を復活させるって充分な案じゃねぇのか?」

 茂也の案はコロナの簡素化で消滅した文化祭の出店を復活させるというものだった。
 かつての朝陽高校文化祭といえば、生徒玄関から校門まで、各クラスや部活から50店舗近い出店を出して、ちょっとした、それこそお祭り気分を味わえるものになっていた。
 それがコロナをきっかけに、飲食はダメ、ミツはダメ、となっていくと、出店は無くなり学校の中に絵画や新聞などの作品を展示するに留まる文化祭となっていた。

 「出店の種類は? 規模は? 誰が出すの?」

 「はぁ!? んなもん、これからに決まってんだろ。」

 みさきはお得意のクルクル椅子に脚組みで、メガネの上から視線を送る。

 「これからじゃ困るの。あのね、店わや出すのにどれだけの手続きと準備が必要か、わかってる? もっと詰めてから言ってちょうだい。」

 ため息を漏らしながら出ていくみさきを委員長が追いかけて出て行った。

 「うっわ、マジかよ。」

 発案者茂也は両腕で頭を抱えて机に突っ伏している。