青春ボーイズ

 星茂也(ほししげや)くん。

 「はい!」

 青色の制服スモックを着た茂也がステージに向かって歩いている。少し大きめに買ったはずなのに、袖は短くなっている。

 「おおきくなったら、みんなを、えがおに、したいです!」

 卒園証書を胸に、会場の皆さんに元気よく宣言する。

 松島貞宗(まつしまさだむね)くん。

 「はい!!」

 怒鳴るほど大きな返事で貞宗が答える。同じように小さめの制服スモックで、卒園証書を受け取る。

 「おおきくなったらきくなったら、みんなを、えがおに、したいです!!」

 ほとんど何を言っているかわからないくらい、元気よく叫んだ。
 他の卒園児と比べてもこの2人は突出して、よく言えば元気がいい。悪く言うとイタズラボンズ。

 「先生、本当にご迷惑をおかけしました。」

 「うちもうちも。もー、女の子泣かせちゃった時とか、本当にごめんなさい。」

 貞宗のママと茂也のママは2人揃って担任の先生にご挨拶に行った。ご挨拶というより、謝罪だったが。

 「いえいえ〜、と言いたいところですが、そうでしたね。ハハハ〜。お母さんたち、これからも大変ですね。」

 「小学校に引き継ぎとか、ありますよね? 貞宗のこと、本当にありのまま伝えていただいて構いませんので。」

 「本当に良いんですか? 落書き画伯とか、カエルケーキとか。」

 貞宗のママは苦い顔をしながらウンウンとうなずいている。貞宗のしでかしたイタズラは数知れず。その度にママは被害者に謝り続けてきた。

 「貞宗くん、小学校のお兄さんになったら、もう少し、良い子になるんだよー。」

 「はーい。」

 カラ返事をして、また茂也と遊び始める。

 「松島さんはこれで保育園卒業ですが、星さんはまだ妹さん居ますもんね。」

 「いやー、そっちもオテンバで。よろしくお願いしますと言いたいところなんですが…。」

 そこからはよくわからなかった。大人だけでヒソヒソ話をし始めて、貞宗のほうは茂也の妹も加わって、すべり台の追いかけっこに夢中になっていた。

 「貞宗! 帰るよ!」

 「はーい。」

 これが最後、とは思えないくらいアッサリとすべり台を降り、ママのもとに走った。

 「それでは、お元気で。」

 貞宗のママがそうご挨拶すると、茂也のママはそれよりも深くお辞儀をしてご挨拶していた。

 「じゃあな!」

 「じゃあな!」

 *

 「おーい。シゲー。」

 小学校の入学式。紺のハーフパンツスーツを着て、1〜4組まで、すべての教室を探した。どれだけ探しても、茂也は居なかった。

 「ちぇっ。いっしょにかよおって、やくそくしたのによ。」

 教室から児童玄関に行く途中、保健室があった。

 「あ! もしかして。」

 玄関で靴を履き替えると、貞宗はランドセルをママに押し付けて走り出した。

 「こら! 貞宗! 何してんの!!」

 「ちょっと、よりみちー!」

 貞宗がスーツのまま向かったのは茂也のアパートだった。

 ピンポーン。ピンポーン。

 「おい! シゲー!! どこがぐあい、わりいんだよー!」

 ピンポーン。ピンポーン。

 ちょっと高めの呼び鈴を何度も何度も背伸びして押してみた。

 「コラッ!! 他人ん家に何やってんだ!」

 伸びきった下着の白シャツを着たおじさんが寝癖全開で怒鳴ってきた。

 「わー! ごめんなさい。」

 貞宗は尻もちをついて、そのまま家まで走り帰った。

 *

 もう9年経つ。10年近いのか。
 キンキン怒鳴り声でしかお返事ができなかった貞宗は輪郭の見えづらいモゴモゴバスボイスになって、高校の門をくぐった。
 学校に通い始めて10年目。クラスが替わるたびに茂也が居ないか探し、もうどこにも居ないことを悟った。友達の親の職業を知っていく中で、茂也のアパートは市立病院の職員宿舎だったということを理解した。
 イタズラに張り合いがなくなった貞宗は、保育園の先生の言霊のとおり、「良い子」になるべく勉学に励み、市内で一番倍率の高い、朝陽(あさひ)高校特進クラスに進学した。

 「松島貞宗。」

 「はい。」

 ママ改め母さんには、心の中で聞こえるくらいの声で返事をした。

 「以上、特進クラス40名。」

 「入学を許可します。」

 「着席。」

 特進クラスは1組のみ。朝陽高校は普通科もあり、学年では10クラス400人の大きな学校だ。これだけ多ければ、隣のクラスは誰が居るんだか、訳が分からなくなる。そして、役目を終えた入学式で、他のクラスの点呼を聞いているのは無意味で退屈だった。

 「…ししげや。」

 「はい!」

 この声を聞くまでは。