神戸北野 まどろみ異人館の魔法使い

 
          ◯


「ルナさん、お待たせしました。準備ができました」

 彼女の待つ部屋の前で、コンコンと扉をノックする。
 すると「どうぞ」と返事があったので、私はドアノブを回して中に入った。

「失礼します……って、えっ」

 入室するなり、そこに広がっていた光景に面食らった。

 部屋の全体像は私の部屋とほとんど変わらない。
 しかしその中央、ルナさんが仁王立ちしている足元で、絨毯の上に正座させられている少女がいた。

「うっうっ……ごめんなさいリーダー。許してぇ……」

「まったく、あなたは。泣けば許されるとでも思っているんでしょう。私には通用しませんからね」

 絶賛、説教中のようだった。
 正座している少女は、私と同じメイド服に黒髪のツインテール。とめどなく溢れる涙を無遠慮に両手で拭う姿は幼い。背格好からすると中学生くらいだろうか。

「一体何度言ったらわかるんですか。仕事をサボっていただけでなく、おやつまで食べて。それに絨毯までこんなに汚して」

「あうぅ。ごめんってばー!」

 話の内容を聞いていると、どうやら仕事中におやつを食べこぼしていたらしい。
 しかもルナさんの部屋に無断で侵入して、彼女の私物からおやつを物色して……となると、これは叱られても仕方ないと思う。

 少女の嗚咽(おえつ)が響く中、今度は部屋の外で電話が鳴った。確か階段のそばに固定電話らしきものがあった気がする。

「電話には私が出ますので、お二人は部屋の掃除をお願いしますね」

 ルナさんはそう言い残して足早に退室した。
 直後、それまで泣きべそをかいていた少女は急に顔を上げ、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「ふふーん。今のうちに逃げちゃおーっと!」

 まるで悪びれた様子もなく、彼女はそそくさと部屋を出ようとする。

「えっ……ちょ、ちょっと待って!」

 慌てて私が引き留めると、彼女は困った顔でこちらを見上げた。
 黄金色の、まん丸な瞳が私をまっすぐに射抜く。とても不思議な色だけれど、これはカラーコンタクトを使っているのだろうか。

「放してよー! 早く逃げないとリーダーが戻ってきちゃう!」

「ご、ごめんね。でも、この部屋を掃除しなきゃいけないから……掃除道具の場所だけでも教えてくれる?」

 もはやこの少女を止める自信がなかった私は、せめてその情報だけでも欲しかった。

「へえ。お姉ちゃん、真面目だね。今日からここに入る人でしょ? 名前はなんていうの?」

「私は……叶絵馬」

「ふーん。エマっていうんだ。あたしはクロ! よろしくね!」

 ルナさんに続き、この子も珍しい名前だなと思った。苗字なのか下の名前なのかわからないけれど、どちらにしても猫ちゃんみたいな可愛い名前だ。

 彼女は私の要望通りに道具の場所だけを教えると、すぐさまどこかへ走り去ってしまった。
 残された私はとりあえず絨毯の上を掃除する。ついでに窓枠にホコリが少し溜まっていたので、それも雑巾で拭き取る。

 やがてルナさんが部屋に戻ってきて、「あの子はやはり逃げましたね」と溜息を吐いた。
 それから部屋の中を見渡して、

「律儀ですね。窓枠も拭いてくださったのですか」

 と、室内の変化を一瞬で見極める。

 褒めてはもらえたものの、彼女の観察眼には空恐ろしさすら感じた。
 きっと彼女の前ではどんな嘘も通用しないのだと思う。