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今日はまどろみの館以外にも休館している所があるせいか、異人館街を歩く人の姿はいつもより少なめだった。
こんなにも晴れた日にもったいないなと思いながら、ほぼ貸し切り状態の坂道をオーナーとともに上っていく。
梅雨入り前の空気は湿り気を帯びていて、ちょっとだけ蒸し暑い。けれどそんな不快感も、顔を上げて周囲の景色を見渡せばたちまち吹き飛んでしまった。
「やっぱり、綺麗な所ですね。本当に外国を歩いているみたいです」
道の途中でカラフルな建物が見えてきたと思ったら、やっぱり異人館だ。白壁や赤レンガの建物もあれば、緑色の壁を持つものもある。
「ここら一帯は、昔は農村地だったようだけどね。明治時代に神戸港が開港されて、外国から移り住んだ人たちがここに家を建て始めたんだ。僕のご先祖様も、その時にあの館を建てたんだよ」
オーナーがおばあ様から聞いた話では、彼らの先祖は西洋での魔女狩りから逃れるうちにこの地へ流れ着いた、なんて説もあるらしい。けれどそれが事実なのか冗談だったのかは、今となってはわからないという。
「戦争があった時期は一時的にあっちへ帰国したみたいだけど、その後またこっちに戻ってきたみたいでね。今ではここが僕らの故郷になった」
遠い国から海を越えてやってきた、魔女の一族。彼らにとってまどろみの館は、この国へ帰ってくるためのシンボルだったのかもしれない。
「ルナさんは、いつからこの館にいたんですか?」
「彼女がうちへ来たのは、二十年前……僕が両親を亡くした直後だった。まだ仔猫でね、祖母が連れてきたんだよ」
当時、事故でご両親を亡くしたオーナーは失意の底にいた。その悲しみを埋めるかのように現れたのがルナさんだったという。
「あの頃の僕は毎日泣いてばかりいてね。それを見兼ねたのか、祖母が急にルナを連れてきたんだ。たまたま拾った、なんて祖母は笑っていたけど、本当のところはわからない。とにかくルナはその時に僕の家族になった。そして僕が泣いている時は、いつもそばに寄り添ってくれていたんだよ」
仔猫の頃から、オーナーのことを心配していた優しいルナさん。
ご両親を亡くしたばかりのオーナーにとって、彼女の存在はどれほどのものだったのだろうかと、私は想像する。
「彼女が初めて人間になった日のことは、今でもよく覚えてる。朝、ベッドで目覚めたらすぐ隣に、知らない女の子が一緒に寝ていたんだ」
「女の子、ですか?」
「ああ。当時のルナはまだ小さかったから、ちょうど僕と同じくらいの年の女の子だったんだよ」
その説明を受けて、私はようやく腑に落ちる。
今では大人の女性の姿であるルナさんも、昔は年相応の女の子だった時代があるのだ。
「まあ、僕よりもずっと早く大人になっちゃったけどね」
と、そう捕捉した彼の声は、少しだけ元気がなかった。



