「あの。だめですよ、オーナー。いけません……」
こんな小さな傷で、彼に魔法を使わせるわけにはいかない。
咄嗟に私が手を引っ込めると、オーナーは少しだけびっくりした様子で、けれどすぐにまたいつもの穏やかな表情に戻った。
「わかってるよ、絵馬。僕はもう、無闇に魔法は使わない。みんなに心配をかけたくないからね」
そんな彼の言葉に、私はホッとする。
魔法を使えば彼は眠ってしまう。そうすれば私たちが心配することを、彼はやっとわかってくれたのだ。
「でも」
と、彼はさらに続けた。
「僕が魔法を使えば、ルナの居場所を突き止めることはできるかもしれない」
ルナさんの居場所。
それは私が今何よりも知りたい情報だった。
確かに、オーナーの魔法ならルナさんを捜し出すことも可能だろう。
魔法は誰かの願いを叶える形で発動する。そしてルナさんの居場所が知りたいというのは、私の願いでもあるから。
「でもオーナー。そのために魔法を使ってしまったら、あなたは……」
魔法の代償で、長い眠りについてしまう。下手をすれば、もう二度と目覚めることはないかもしれない。
「そうだね。もしも魔法を使って僕に何かあったら、それこそルナを悲しませることになるかもしれない。だからやっぱり、僕は魔法は使えない。その代わりに、今日は一緒にルナを捜しに行かないか?」
意外な提案に、私は面食らった。
「ルナさんを捜しに? 今からですか?」
「ああ。朝食が終わったら早速出かけよう。今日は休館日だし、幸い天気も晴れてる」
「で、でも。ルナさんは私たちに見つけて欲しくないんじゃないですか? だからこそ、この館を出て行ったのでは……」
最期の姿を見られたくない——それが猫のプライドであると、おじいさんも言っていた。
なら、ルナさんのその気持ちを無視して会いに行くのは、彼女に悪い気がする。
「確かに、ルナの気持ちも大事だよ。だけど同じくらい、絵馬の気持ちも大事だと僕は思ってる」
「私の?」
「絵馬は、ルナに会いたいだろう?」
聞かれて、否定するはずがなかった。
ルナさんに会いたい。
それはきっと私だけじゃなく、この館に残されたみんなも同じ気持ちのはず。
「君がルナのことを大切に思ってくれているのは、僕にも伝わってる。君が彼女に会いたいというなら、その気持ちもないがしろにはできない。それに僕も同じだ。僕もルナに会いたい。たとえ拒絶されたとしても、もう一度彼女と会って話しがしたい」
オーナーはそう言って、一度離れた私の手を再び両手で握った。
「僕らの願いは一致している。なら、僕は絵馬のために、絵馬は僕のために、ルナを捜しに行く。それならいいだろう?」
こちらをまっすぐに見つめてくる彼の瞳には、いつになく力強い光が宿っていた。
「僕らのお互いの気持ちを尊重して、ルナに会いに行こう。……それならわかってくれるだろう? シロ」
と、オーナーは今度は窓の方へ目をやった。
釣られて私もそちらを見ると、窓の外側にはいつのまにか一匹の白猫がいた。
おそらくは白髭のおじいさんだ。
どうやら窓辺から私たちの会話を盗み聞きしていたらしい。
なぉーん……と力無く鳴いた彼の声は、まるで「仕方ないな」とでも言っているようだった。



