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夜明けとともに雨雲は去り、山の東側から久方ぶりの太陽が顔を出す。
ルナさんがいなくなってから、二度目の朝を迎えた。
いつものように朝一で厨房に向かうと、そこにはルナさんの代わりに別の先客がいた。
「やあ。おはよう、絵馬」
穏やかな男性の声に出迎えられて、私は目を瞬く。
「えっ。オーナー……? どうしてここに」
そう尋ねたのと同時に、ふわりとベーコンの焼ける匂いが鼻先をくすぐった。
見ると、彼の手元ではフライパンがじゅうじゅうと煙を立てている。
「たまには僕も料理をしようと思ってね。久しぶりだから、味の保証はできないけど」
どうやら私とルナさんの代わりに、彼が朝食を用意してくれているらしい。
「えっ……い、いえ。ご飯の用意なら私がやります!」
「絵馬は今日は休みだろう? 気にせずゆっくりしててよ」
確かに、今日は私のオフの日。
ついでに言うと、この館自体も月に一度の休館日だ。
しかしだからといって、食事の支度をオーナーに任せて自分はゆっくりするなんて気にはなれない。
今まではルナさんに甘えていた部分もあったけれど、その彼女も今はここにいないのだから。
なんとかオーナーを説得して、とりあえずサラダの用意だけは私が担当することになった。
きゅうりと玉ねぎとレタス、それからトマトを順番に包丁でカットしていく。
厨房の窓から見える空は、昨日の雨が嘘みたいに晴れ渡っていた。清々しいくらいの快晴で、昨日の出来事も全部嘘だったんじゃないかと思ってしまう。
(ルナさん、大丈夫かな)
今ごろ彼女はどこでどうしているのだろう。
雨に濡れて、体を冷やしたりしていないだろうか。
猫の姿で、危険な目に遭っていたりしないだろうか。
そんなことばかり考えているうちに、左手の人差し指に鋭い痛みが走った。
「痛ッ……」
思わず声が漏れてれしまった。
すぐさま視線を手元に下ろすと、指先に薄く赤い線が入っていた。どうやら切ってしまったらしい。
「大丈夫!?」
私の異変に気づいて、オーナーがこちらに駆け寄ってくる。
「あっ……すみません。指先をちょっと切っただけです。なんだかボーッとしちゃって」
あはは、と誤魔化すように私が笑っても、オーナーは真面目な顔を崩さなかった。そのまま私の負傷した方の手にそっと触れ、両手で包み込むようにして私の指を眺める。
「血が出てるね。痛そうだ」
彼はしばらくそうしていた。
こんな風に彼に手を握られるのは、これが初めてじゃない。
以前もこうして彼が私を心配していた時、彼は私のために魔法を使った。
まさか今回も? ——と、不穏な予感が頭を過ぎる。



