神戸北野 まどろみ異人館の魔法使い

 
「あ……聞こえちゃってたんだ」

 情けないところを見られてしまった。
 なんとなく気まずくて、早くこの場を離れたいと思ってしまう。

 そわそわと入口の扉の方を窺っていると、またしてもコハクがこちらに尋ねてきた。

「リーダーのこと、後悔してるのか?」

 直球の質問だった。
 図星の私は咄嗟に取り繕うこともできなくて、「あ」とか「う」とか意味を成さない声ばかり漏らしてしまう。

 私のせいでルナさんが出て行ってしまった。
 今まで彼女と暮らしてきたコハクにも申し訳がなくて、私はどんな顔をすればいいのかわからなくなってしまう。
 けれど、

「勘違いするなよ」

 コハクは珍しく諭すように言った。

「リーダーがここを出て行ったのは、本人の意思だ。あんたがどうとかは関係ない。こうなることは最初から決まってたんだ」

 ややぶっきらぼうな言い方ではあったけれど、その発言は、おそらく私を気遣ってのものだった。

「リーダーは高齢の猫だ。こればっかりは仕方がない。何をどうしたって、俺たち猫は人間よりも寿命が短いんだ。いつかはこうして別れの時が来る」

 いつか必ず訪れる、永遠の別れ。
 私たち人間が猫と共に暮らす以上、それは避けられない運命だ。

「でも……だからって、ルナさんが急に出て行っちゃうなんて」

 頭では理解できても、心がついていかなかった。

「寂しいか? なら、最初から心を開かなきゃよかったんだよ。誰のことも好きにならなければ、そうやって苦しむこともなかったはずだ」

 およそ極論とも言えるその考え方は、まさにコハクが実践してきた心の守り方だった。

 大切な人との別れは辛い。
 だから、最初から誰のことも好きにならないようにする。

 ルナさんのことも、私が最初から心を開かなければ、こんな思いをせずに済んだのかもしれない。

 でも、そんな風に割り切れる人なんて本当にいるのだろうか——と疑問に思ったところで、コハクがぽつりと呟く。

「……まあ、今さら言っても仕方ないよな。あいつのことを好きになったんなら」

 その呟きは、私に対してというよりも、彼が彼自身に言い聞かせているようにも聞こえた。

 好きになったものは仕方がない。
 その気持ちを、彼もきっと痛いほど知っているのだ。

「ねえ、コハク。コハクも、ルナさんのことが好きだよね?」

 私が聞くと、彼は「別に」と明後日の方角を向く。
 もしこの場にクロがいれば「素直じゃないなぁ」と言いそうな感触があった。

「もしまたルナさんに会えるとしたら、コハクも会いたいでしょ?」

 今度は、ほぼ確信を持って聞く。
 すると彼はちょっとだけ面倒くさそうに口元を曲げて、

「まあ、もう一回くらいなら」

 と、ようやく尻尾を見せたのだった。