扉を開けて外に出ると、一日中降り続いていた雨はいつのまにか止んでいた。
庭は濡れた草のにおいに包まれ、その遥か頭上で、雲間からこちらを覗き見るように月が見え隠れしている。
私の頭の中ではずっと、おじいさんの言葉が何度も繰り返されていた。
——ルナはもう、ここでの役目を終えたんだ。この館のことも、オーナーのことも、絵馬ちゃんに託したんだろう。
私に託した、と彼は言っていた。
この館での仕事も、オーナーを支える役目も。今までルナさんが担っていた全てを、私に引き継いだのだと。
私がルナさんの代わりになる。
それは、もともと私にとっての目標だった。
いつか彼女のようになりたい。
不器用な私には無理かもしれないと思いつつも、一つ一つ仕事を覚えて、少しずつ彼女に近づいているつもりだった。
だけどそれは、彼女をここから追い出すためじゃない。
私が仕事を覚えることで、彼女がここを去ってしまうなんて考えもしなかった。
彼女にとっては、この館での仕事が回りさえすれば自分が消えてもいいと思っていたのかもしれない。
でも、私たちにとってのルナさんは、そのためだけの存在じゃなかったのに。
「……最初から、私がここに来なければ良かったのかな」
この二ヶ月ほどのことを振り返って、全部否定したくなった。
私がこの館に足を踏み入れなければ、ルナさんは最後までこの場所に居られたのかもしれない。
私さえいなければ。私がここで働かなければ。仕事を覚えなければ。
私のせいでルナさんが居なくなることを知っていたなら、最初からここへは来なかったのに。
「おい」
と、突然どこからともなく声が聞こえて、私は我に返った。
無意識のうちに伏せていた目を開けると、すぐそばにあった木の陰からふらりと人が現れる。
「あれ……コハク?」
夜の暗がりでもわかる明るい髪のおかげで、そこにいるのが彼だとわかった。
「お、珍しく驚かないんだな。いつもは奇声を上げて飛び跳ねるくせに」
「奇声って」
苦笑いする私には構わず、「慣れたもんだな」と感心した様子で彼はこちらに歩み寄る。そのまま私の顔を覗き込むようにして、鼻先をこちらへ寄せてきた。
そして、
「大丈夫か?」
「え?」
唐突に、尋ねられた。
一体なんのことだろうと戸惑っているうちに、彼はまた木陰の方に戻って、その背中を木に預けた。
「さっき呟いてただろ。最初から、自分がここに来なければ良かったんじゃないかって」
言われて、ようやく気づく。
先ほど頭の中でぐるぐると考え込んでいたことを、いつのまにか口に出してしまっていたらしい。



