神戸北野 まどろみ異人館の魔法使い

 
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 その日から、ルナさんの纏う空気は一層ピリピリとしたものになった。
 私の仕事への口出しはもちろん、他の猫たちへの小言も増え、オーナーとの会話は必要最低限に留める。

「リーダーってば、最近ずっとツンツンしてるね。これじゃあお仕事をサボる隙もないよ」

 ふう、と疲れたように溜め息を吐くクロは、掃除機を床に放り出して階段の最上段に腰掛けていた。
 まだ休憩の時間ではないはずなので、この状況をルナさんに見られたらこってりと絞られるだろう。

 私は二階の廊下の窓を拭きながら、館の前に広がる前庭を見下ろした。

 花と緑に囲まれた敷地の端で、コハクがバラの剪定をしている。
 そして入口のチケットブースでは、白髭のおじいさんと一緒にお客さんの相手をしているオーナーの姿があった。
 
 ここ数日、オーナーは自らすすんで人前に出るようになった。
 以前はルナさんの言いつけで二階に籠っていることが多かったけれど、今は魔法は使わないという約束で積極的に仕事をこなしている。

 館の内部に、少しずつ変化が現れ始めていた。

 オーナーはきっと、自分は一人でも大丈夫だということをルナさんに証明したいのだ。
 心配性な彼女を安心させるために、今までの自分の殻を破ろうとしている。

 なら私も、うかうかしてはいられない。
 彼を支える者の一人として一人前になれるよう、早く仕事を覚えなければ。

「絵馬、大丈夫?」

「え?」

 唐突に、クロが尋ねてきた。

「絵馬は頑張り屋さんだから、全然お仕事をサボったりしないよね。ここ最近は特に無理してる気がするし、そんなに働いたら倒れちゃうんじゃないかって心配になるよ」

 どうやら私のことを気にかけてくれていたらしい。
 彼女の黄金色の無垢な瞳に見つめられて、心が洗われるような心地に思わず頬が緩む。

「心配してくれてありがとう。でも、私は無理なんかしてないよ。むしろ最近は、ここで働くことにやりがいを感じているの」

 初めてこの館へ来た時は、不安でいっぱいだった。
 これから先、私はちゃんとやっていけるのか、仕事で粗相をしてしまうのではと心配ばかりしていた。

 けれど今は、自分がここで働くことで、ここに住むみんなの役に立てるかもしれないという希望が芽生えている。

「最初の頃は自分のことだけでいっぱいいっぱいだったけど……今は、みんなのためにも頑張ろうって思うの。みんなと一緒にここで暮らす生活が好きだから。私の仕事が自分のためだけじゃなくて、みんなのためにもなるかもしれないって思えたら、すごくやる気が湧いてくるの」

 自分だけのためではなく、ましてや人のためだけでもない。
 自分を含めたみんなのためだと思えたら、その先にある幸せに向かって私は走っていける。

「えへへ。あたしもね、ここでの生活は気に入ってるよ! お仕事はちょっと面倒だけどね!」

 テンションが上がったのか、クロはその場でくるりと宙返りをして黒猫の姿になった。
 そのままこちらに駆け寄って私の胸に飛びつくと、もはや掃除の続きは放棄した様子で何度も頭を撫でろと要求してくるのだった。