「ああ。絵馬のお菓子を見ていると、僕もつい昔のように作りたくなってね。彼女にお願いして、仕上げだけ手伝わせてもらったんだ」
その返答を聞き終えた瞬間、ルナさんは鋭い眼光を私に浴びせた。
「どういうことですか、叶さん。オーナーに家事を任せるのは危険だと、あなたも理解しているはずでしょう。まさかとは思いますが、オーナーに火や刃物等を触らせてはいないでしょうね?」
ぎくり、と背筋が強張った。
昨夜のオーナーは火はともかく、ペティナイフでイチゴをカットしていた。
ここでその事実を暴露すれば、きっとルナさんから雷を落とされるだろう。
「え、ええと……」
正直に答えるべきだろうか。
迷いながら、蛇に睨まれたカエル同然に身を縮こませていると、隣からオーナーが援護してくれた。
「ルナ、そんな顔をしないでほしい。僕の身を心配してくれるのは嬉しいけれど、僕はもう子どもじゃないんだ。それに、昨日は僕がやりたいと言って手伝わせてもらったんだから、絵馬を責めるのはお門違いだよ」
「ですが……」
「僕の魔法が、君に心配をかける原因になってるのはわかってる。だけど、このままいつまでも君たちに家事を押し付けて、甘え続けるわけにはいかない。僕も、そろそろ前に進みたい。変わらなきゃいけないって思ってるんだ」
こうしてオーナーが自分の意見をルナさんにぶつけるところを、私は初めて見た。
いつもとは違う彼の様子に、ルナさんも戸惑っている。
「昨日、絵馬と話して色々考えたんだ。僕は、このままじゃいけない。魔法の代償を言い訳にして、何もできないまま周りに頼って日々を過ごすんじゃなく、未来へ進んでいくための準備をしなきゃいけない。そして君を安心させるためにも、僕は幸せにならなきゃいけないんだって」
「私を安心させるため……? なら、それこそ危険な行動は慎んでほしいですね。あなたにもしものことがあったら、前オーナーに顔向けができません。私は、彼女からあなたのことを任されたのですから」
前オーナーというのはきっと、オーナーのおばあ様のことだろう。
ルナさんがオーナーに対して過保護になってしまうのも、おばあ様とのことが一因なのかもしれない。
「僕が健全に生きていくためには、僕自身が自立しなきゃいけない。包丁一つ持てないような男のままじゃだめなんだよ」
「でしたら、せめて魔法を使うことは今後一切やめてほしいですね。……私が頼んだところで、あなたの性格では無理でしょうけれど」
最後は捨て台詞のように言い放って、彼女は席を立った。
コツコツと床を叩く靴音だけが、やけに大きく食堂に響いた。



