私がそれを拾おうとするより先に、オーナーがその場へしゃがみ込んだ。床に手をついた彼の背中は、いつもより一回り小さく見えた。
「人の願いをなんでも魔法で叶えようとするのは、本当の優しさじゃない。たとえ良かれと思ってやったことでも、それが真に相手のためになるとは限らない。実際に僕は、母の魔法で叶えてもらった願いを今でも後悔している。僕は自分が生き延びるために母を犠牲にしてしまった。それで僕が幸せになれるわけじゃなかったのに」
彼の肩が震えていた。
視線を床へ落としたまま、彼はなかなか立ち上がろうとしない。
「オーナー……」
彼が自らの魔法の力に後ろめたさを感じている、その根源にあるものがようやく見えた気がした。
彼は当時のことを、ずっと後悔しているのだ。
そして、おばあ様のようにはなれない自分自身のことも。
「オーナー、私は……。部外者の私が、こんなことを言うのは失礼かもしれませんが」
彼の家族でもなんでもない私に、口を挟む権利はないかもしれない。
それでも、目の前で自分を責め続ける彼のことを放ってはおけなかった。
「お母様が魔法を使ったのは、お母様もあなたに生きてほしいと願ったからですよね? それはつまり、あなたに幸せになってほしかったということじゃないですか?」
自分の命に代えても、大切な息子を護りたかった。そんな深い愛情を持った母親が、息子の幸せを願わないわけがない。
「あなたにとっては、とても辛い記憶かもしれません。でも……あなたが後悔することを、お母様は望んではいないんじゃないでしょうか」
彼女が本当にオーナーの幸せを願っていたのなら、今こうして彼が自責の念に駆られている姿を望んではいないはず。
「あなたがお母様のことをそれだけ大事に思っているのなら、お母様のためにも、あなたは幸せになるべきではないでしょうか」
一口に幸せと言っても、その定義は人によって全く異なる。
だから私には、オーナーにとっての本当の幸せというものがなんなのかはわからない。
それでも、少なくとも今のオーナーのままでは、お母様の理想には届かないのではないかと思う。
「お母様も、それにルナさんも、あなたの幸せを願っています。それにクロやおじいさんやコハクや、私だって……」
オーナーに幸せになってほしい。
その気持ちは私も同じだった。
いや、オーナーだけじゃない。
ここに住む人たち全員が、みんな幸せであってほしい。
彼らの平穏な日常が、これからもずっと続いてほしい。
「……絵馬は、優しい子だね」
オーナーはようやく顔を上げた。
憂いの気配はまだ残っているものの、微かな光を宿した瞳が私を見つめる。
「私にできることは少ないかもしれません。でも、もしも私が何か力になれるなら……一緒に、幸せになれる道を探してみませんか?」
私に何ができるのかはわからない。
もしかしたら何もできないどころか、かえってオーナーを傷つけてしまうこともあるかもしれない。
それでも、一緒に幸せを探そうとすることで、何かが変わるかもしれない。
過去に囚われたまま後悔に苛まれるよりも、少しずつでも前へ進んでいけるように、彼の背中を私は支えたかった。



