神戸北野 まどろみ異人館の魔法使い

 
「祖母と僕との決定的な差は、意識の違いだった。祖母はいつも()()()()()()()魔法を使っていたんだ。『気づいた時には誰かが救われている』——それが、彼女の魔法だった」

「無意識のうちに?」

「そう。彼女は魔法を使おうと思って使っていたわけじゃない。自分でも気づかないうちに、魔法を発動させていたんだ」

 そんなことが本当に可能なのだろうか、と私は疑問に思った。
 だって、自分でも気づかないということはつまり、それが魔法であることを証明することすらできないのではないかと。

 腑に落ちない私に気づいたのか、オーナーは改めてこちらに向き直ると、胸の前で両手を組んで瞳を閉じてみせた。

「僕が魔法を使う時は、いつもこうして祈りを捧げるんだ。誰かのためになるように、僕の力が少しでも助けになるようにと心の中で念じて、それが相手の願いと一致すれば魔法は発動する。けれど祖母は、そんな動作や素振りなんて一切見せなかった。わざわざこんなポーズを取らなくたって、自然と人を幸せにできる人だった」

 再びゆっくりと開かれたオーナーの瞳には、例の暗い影がかかっていた。
 彼が自分自身とおばあ様とを比較する時、この影はいつも彼から笑顔を奪ってしまう。

「誰かを幸せにしたいという善意は、具体的に自覚した時点でエゴになる。祖母は、誰もが幸せであってほしいと無意識のうちに願える人だった。だから魔法も無意識のうちに使っていた。自分が魔法で誰かを救う、なんて傲慢な考えは持ち合わせていない。自分でも気づかないうちに不思議な力が働いて、周りの誰もがいつのまにか幸せになっている。それが、本物の『優しい魔法使い』なんだよ」

 魔法は意識して使うものではなく、本来は自然と発生するべきものであると彼は言う。

 私からすれば、それはもはや魔法ではなく『奇跡』とでも呼ぶべきものではないかと感じられた。

「優しい魔法使いは見返りを求めたりしない。自分が誰かに何かをしてあげようだなんて考えもしない。祖母は、誰に対しても無償の愛を捧げられる人だった。最期まで穢れのない心の持ち主だった」

 オーナーは顔を上げると、厨房の中をぐるりと見渡した。
 壁や戸棚のあちこちには普段ルナさんが料理に使用している鍋や包丁の他にも、ケーキの型やパレットナイフ等、製菓専用の調理器具も並んでいる。

 かつてはここで、オーナーとおばあ様が二人でお菓子を作っていた。
 甘い香りと、優しい魔法使いの幸せとに包まれたそのカフェは、きっとオーナーの理想そのものだったのだろう。