◯
オーナーと二人で厨房に立つのは初めてだった。
というより、こうして彼が厨房に入ってくること自体が珍しい。
この場所は火を扱う上、包丁等の刃物も置いてある。オーナーが突然眠ってしまう可能性があることを考えると、とても安全とはいえなかった。
「心配?」
不安が顔に出ていたのか、オーナーに胸中を見抜かれてしまった。私が返答に詰まると、彼は力なく笑った。
「今は急に倒れたりしないから大丈夫だよ。代償を払ったばかりだから、また魔法を使わない限り勝手に眠ったりしない」
「そう、ですよね」
確かに、今は魔法の代償の精算は済んでいるはず。だから安心していいのだと頭ではわかっているのに、いざ彼がペティナイフを手に持ったりすると途端にヒヤヒヤしてしまう。
「……なんて、僕が言っても説得力はないか。昨日の買い出しでも結局、君に迷惑をかけてしまったんだから」
「いえ、迷惑だなんて」
そんな風には思っていない。
けれど、彼の一挙手一投足に不安を覚えてしまうのは確かだった。
もしも万が一のことがあったらと思うと気が気ではない。
ルナさんがカフェの再開に反対している気持ちが、少しだけわかってしまう。
「その……オーナーのおばあ様がご存命だった時は、どんな風にお菓子を作っていたんですか? 調理中に危険な目に遭ったりすることはなかったんでしょうか」
「祖母がいた時は、普通に二人で手分けして作ってたよ。祖母は魔法を使っても代償を払うことはなかったし、彼女のそばにいれば、僕が魔法を使う機会なんてほとんどなかったからね」
お菓子づくりが上手で、魔法も自在に操っていたというおばあ様。
やはり彼女のような存在がいないと、本格的にカフェをやるのは難しいのかもしれない。
それでも、オーナーがまたお菓子をつくりたいというなら、私もその夢を応援したいと思う。
なんとかルナさんを納得させられる形で、安全にカフェを営む方法はないのだろうか。
「オーナーのおばあ様は、魔法の代償を払うことはなかったんですよね。それは、どうしてなんですか?」
オーナーの話だと、『優しい魔法使い』は報いを受けないということだった。
心が穢れていない、自分のことなど何も考えずに、人の幸せだけを願える優しい魔法使いなら、代償を払う必要はないのだと。
けれど私からすれば、オーナーはまさに『優しい魔法使い』だ。
魔法を使うのは自分のためではなく、誰かのため。
自分の身を挺してでも誰かを救おうとする優しい彼が、どうして報いを受けてしまうのか。
彼とおばあ様とで一体何が違うのか、私にはわからない。



