「よかった……。オーナーがこのまま目を覚ましてくれなかったらどうしようって、ずっと怖かったので」
「ごめん。僕のせいで不安にさせてしまったね」
「そうですよ。私も、それにルナさんたちもみんなずっと心配していました」
オーナーが倒れた時のルナさんの慌てぶりや、こっそりオーナーの様子を見に来ていたコハクのことを思い出す。
それにクロやおじいさんも、一見普段通りに過ごしているようでも暇さえあればこの部屋を訪れている様子だった。
「みんなに心配をかけないためにも……もう、あんな無茶はしないでください。あなたに何かがあったら、悲しむ人はたくさんいるんです」
言いながら、脳裏ではあの交差点での光景が蘇る。
車の前にチワワと男の子が飛び出して、轢かれそうになっていた。
あの瞬間、私は男の子たちを守ることも、オーナーの魔法を止めることもできなかった。
何もできなかった私が、こうしてオーナーに物申すのは烏滸がましい。
それを自覚しているだけに、私の語尾は弱々しくなってしまう。
そしてオーナーもオーナーで、自責の念に取り憑かれているようだった。
「そうだね……。僕はまた、独りよがりな魔法を使ってしまったんだ」
魔法で人の願いをなんでも叶えようとするのは、本当の優しさじゃない——と、彼は前に言っていた。
たとえ彼が誰かのためを思って行動したとしても、それが真に相手のためになるとは限らないと。
あの交差点で彼が魔法を使ったのは、まぎれもなく彼の優しさによるものだった。
それでも、結果的に彼の身に危険が及ぶのなら、それは私やルナさんたちにとっての幸せには繋がらない。
館の背後にある山の上から、風が降りてくる。
季節は春でも夜風はまだ冷たくて、オーナーの肩に触れていた私の腕はぶるりと震えた。
「風邪をひいてしまうね。そろそろ中へ戻ろうか」
オーナーに促されて、私たちはバルコニーを後にする。そうして部屋の中へ戻った時、オーナーはかすかに鼻をひくつかせた。
「……甘い香りがする」
「え?」
「もしかして、お菓子を作ってた?」
そんな彼の指摘に、私はハッとした。
つい先程まで、私は厨房でケーキのデコレーション作業をしていた。その香りが体に染み込んでいるのかもしれない。
「は、はい。明日の朝食のデザートを用意していたので」
「そっか。これはイチゴの匂いかな?」
即座に言い当てられて、私は頷く。
彼ももともとはお菓子づくりが好きな人なので、さすがの嗅覚だ。
「イチゴソースのドリップケーキを作っていたんです。今はグラサージュを固めているところなので、これから仕上げの飾り付けをしていこうかと」
私の説明にオーナーは満足げに頷くと、ようやく一人で立てるようになったところで、改めて私に微笑みかけた。
「よかったらその飾り付け、僕も一緒に手伝わせてくれないかな?」



