神戸北野 まどろみ異人館の魔法使い

 
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 おじいさんが厨房を去ると、私はまた一人になった。
 物音一つしない部屋の中にいると、まるで瞑想でもしているような気分になる。

 頭の中で、猫たちから聞いた話が走馬灯のように駆け巡る。
 ルナさんのこと、おじいさんのこと、コハクのこと、オーナーのこと……。

 みんな、それぞれの事情を抱えて悩んでいたのだ。
 そして私も今、自分の不甲斐なさに頭を抱えている。

 今の私のままではきっと、ルナさんのようにオーナーを支えられない。下手をすれば昨日と同じように、また彼を危険な目に遭わせてしまうかもしれない。

 それでも、ルナさんとの別れはいずれ必ずやってくる。
 その時が来るまでに、彼女を安心させられるような存在にならなければ。

(でも、私なんかが本当にルナさんの代わりになんてなれるのかな……)

 ぐるぐると思考を捏ねくり回しているうちに、プレッシャーが肩にのし掛かっているのを自覚した。一度こうなると脳も心も凝り固まって、余計にマイナス思考になってしまうのを経験で知っている。

 こんな時は一度、何か別のことで気を紛らわせた方がいい。

「……お菓子、作ろうかな」

 心が澱んでいる時は、自分の好きなことをするのが一番だ。
 たとえひと時でも楽しさに夢中になれば、頭がすっきりとして別の考えが浮かんでくることもある。

 ちょうど、昨日のうちにホールケーキの土台を用意しておいた。焼き上げたスポンジケーキに生クリームをナッペした状態で冷蔵庫に冷やしてある。
 あとは表面を飾り付けするだけなので、気分転換には持ってこいの作業だ。

 シンプルにショートケーキにしようかとも思ったけれど、ここは一つ、見た目が可愛らしいドリップケーキにしよう。

 ドリップケーキというのは、クリームなどでコーティングしたケーキの縁から、チョコレートやフルーツなどのソースを滴らせたデザインのものをいう。
 メルヘンで写真映えする見た目は特に女性から人気なので、明日の朝食のデザートに出したらきっとクロも喜んでくれるはず。

 そうと決まれば、早速ケーキの上に塗るグラサージュの用意だ。
 材料はオーナーと二人で買い出しに行った時に揃えておいた。

 生クリームと牛乳、それからゼラチンとストロベリーパウダー、グラニュー糖を小鍋に入れて弱火にかける。
 途中で固まらないように混ぜ続けながら、六十度を超えたところで火を止める。

 生クリームと牛乳をさらに加えてよく混ぜると、淡いピンク色のストロベリーソースが出来上がる。これを網でこして氷水に当て、冷やしすぎない程度に冷ます。

「よし。こんなもんかな」

 ソースが固まらないうちにケーキの縁に乗せ、スプーンでちょっとずつ側面に垂らしていく。
 表面が真っ白なケーキに淡いピンク色のグラサージュが滴る様は、我ながら上出来だ。

 あとはこれを三十分ほど冷蔵庫で冷やして固め、仕上げに生クリームとフルーツを飾れば完成となる。

(冷やしている間に、もう一度オーナーの様子を見に行ってみようかな)

 相変わらず二階の部屋から物音は聞こえない。
 まだ眠っている可能性が高いとは思いつつも、もしかしたらという微かな望みを抱いて、私は彼の部屋に続く階段を上っていった。