「……時間がない?」
それは私が昨日からずっと気になっていたフレーズだった。
「わしらのような猫は、人間よりもずっと寿命が短い。平均寿命は十五年ほどと言われている。だからわしらはきっと、オーナーよりも先に逝くことになる。特にルナは、ここにいる猫の中で最年長なんだ」
「えっ」
てっきりおじいさんが最年長だと思い込んでいた私は、思わず声を漏らしてしまった。
「そ、そうだったんですか。では、ルナさんの今の年齢は……」
「今年で二十になる。猫の中ではかなりの長寿だ」
二十歳。
人間でいうと、おそらく百歳に近い年齢だろう。
それだけの高齢ならば、この先いつ体に異変が起こってもおかしくはない。
「見ての通り、この館での生活を仕切っているのはルナだ。彼女が居ないと仕事は回らないだろう。それにオーナーの未来についても、彼女はずっと心配している。自分が居なくなった後、全てを任せられる人間の存在を欲している」
いつか彼女が居なくなった時、この館にはオーナーと三匹の猫が残される。
彼らを支えられる人間の存在を、ルナさんは切望しているのだ。
「ルナにはもう、あまり時間が残されていない。だから一日でも早く、絵馬ちゃんには自分の代わりが務まるようにと教育したいんだろう。時には厳しい物言いをするかもしれない。絵馬ちゃんには色々と苦労をかけると思うが……どうか、ルナのことは恨まないでやってほしい」
最後の言葉からは、ルナさんに対するおじいさんの深い愛情が滲んでいた。
「も、もちろんです。ルナさんを恨むだなんて、そんなことは絶対にありません」
自分の身も顧みず、オーナーたちのことばかり心配している彼女のことをどうして恨むことがあるだろうか。
「ありがとう。絵馬ちゃんは優しい子だね。こんな子がお嫁に来てくれるなんて、オーナーは幸せ者だ」
その点については反論したい部分もあるけれど、今は流しておく。
「いえ。私なんかより、ルナさんやおじいさんの方がずっと優しいです。ルナさんはオーナーの幸せを心から願っているみたいですし、それにおじいさんも、ルナさんのことを大切に思っているのが伝わってきます」
自分以外の誰かを思う心は、とても優しい。
この館にいる人たちはみんな、いつも誰かのことを大切に思っている。
「わしのこれは……下心だな。惚れた弱みってやつさ」
ふふっとおじいさんが笑って、私はその言葉の意味を一拍遅れて理解する。
「えっ。もしかしておじいさん、ルナさんのこと……」
「出会った時から、ずっと片想いさ。仕事一筋でつれない女だよ、あいつは」
ふふっともう一度笑ったおじいさんの顔は幸せそうで、悲壮感のようなものはどこにも見当たらなかった。



