その日は結局、オーナーが目を覚ますことはなかった。
チケットブース前で倒れた時はさすがのルナさんも慌てていたものの、オーナーの寝息が正常であることを確認した後は対応が早かった。
コハクとおじいさんの二人でオーナーの体を部屋へ運び込むと、皆それぞれ通常業務に戻っていった。
おじいさんはチケットブースへ、コハクは庭へ。ルナさんが昼食の用意のために厨房へ入ると、代わりにクロが一階の見回りを務める。
そして私は、二階で洗濯の続きと掃除をする傍ら、時折オーナーの様子を確認する役目を任された。
本当はルナさんたちもそばで見守っていたかったはずだけれど、消去法で私が選ばれたのだろう。
「オーナー、入りますね?」
コンコン、と部屋の扉をノックしてみても返事はない。そのまま中へ足を踏み入れても、彼はベッドの上で微動だにしなかった。
何度同じように部屋へ入っても、寝返り一つ打たない。本当に息をしているのかと不安になって、私は幾度となく彼の口元に耳を近づけた。
すう、すう、と規則正しい呼吸が部屋の空気を震わせる。寝顔も穏やかで、窓の外では小鳥たちが平和にさえずっているのに、彼の意識だけは一向に戻らなかった。
やがて時計の針が昼の一時を指そうとした頃、もう何度目になるかもわからない確認をしていると、ルナさんが部屋にやってきた。
「叶さんの分の昼食を持ってきました。こちらでお昼休憩をとってください」
彼女の手元のトレーに載っていたのは、焼きたてのパンに具沢山のスープ、生ハムのサラダに、たっぷりソースがかかったハンバーグ。相変わらずしっかりとした食事を用意してくれたらしい。
ルナさんはトレーをテーブルの上に置くと、もう用はないとばかりに足早に部屋を去ろうとする。
そんな彼女を、私は慌てて引き留めた。
「あ、あのっ!」
ルナさんはこちらを振り返ることはせず、私に背を向けたまま扉の前で立ち止まった。
「その……すみませんでした。オーナーのことを、守ることができなくて」
彼の隣についていながら、私は何もできなかった。これではなんのために二人で出かけたのかわからない。
「まったくですね」
ルナさんは背を向けたまま、吐き捨てるように言った。
その声の鋭さに、私はたまらず全身を強張らせる。
「これに懲りたら、もう二度とオーナーをたやすく外出させないことです。外の世界には、オーナーの命を脅かすものがあちこちに転がっているのですから」
彼女の言う通りだった。
オーナーは人のために魔法を使ってしまう。
館の外にはたくさんの人がいて、その数の分だけオーナーには危険が付きまとうのだ。
「あなたにはこの先も、オーナーを支えてもらわねばなりません。ですからその心構えを、後でしっかりと叩き込ませていただきます。……もう、あまり時間はないのですから」
最後の方は、ほとんど呟くような声だった。
(……時間が、ない?)
その言葉の意味を問い返す暇もないまま、ルナさんは扉の外へと消えてしまった。



