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それから二日後。
ようやく新生活の準備を整えた私は、改めてあの館へと向かった。
両親からの声援を背中に受けながら自宅を出て、バスと電車を乗り継ぎ三宮へと向かう。そこから観光客に紛れて山の方角に進み、北野異人館街を目指す。
雲一つない青空の下、例の急勾配の坂を上っていくと、やがてお洒落な洋館が建ち並ぶ通りに出た。
建物の脇にはイギリスやフランス等の国旗が掲げられていて、ちょっとだけ異国気分を味わえる。
(やっぱり、綺麗な所だなぁ)
オーナーたちの待つ『まどろみの館』は、ここからさらに坂を上った先にあった。見晴らしの良い高台に、まるでお城のようなそれは建っている。
先日は定休日だったため私以外の人の出入りはなかったけれど、今日は営業日なので、入口のチケットブースには観光客の姿があった。
受付でもぎりをしているのは、白髭のおじいさんだ。
彼はお客が途切れたところでこちらに気づき、穏やかに手を振ってくれる。
「やあ絵馬ちゃん、いらっしゃい」
相変わらず優しげに微笑む彼に釣られて、私の頬も自然と緩む。
こうして話していると、彼の正体が白猫だなんてとても信じられない。
「こんにちは。ええと……」
彼の名前を呼ぼうとして、そういえばまだ名前を聞いていなかったことに気付いた。
「わしのことなら好きに呼べばいい。クロとコハクは『じいじ』と呼んでいる」
そう勧められたものの、さすがにその呼び名では失礼な気がしてしまう。
「あの。今さらですが、お名前は何というのですか?」
「わしの名前はなぁ……在って無いようなものだ。だから好きに呼んでくれればいい」
彼はなぜか、自分の名前については頑なに教えてくれなかった。
私は不思議に思ったものの、あまり聞かれたくないことなのかな? と思って、それ以上深掘りするのはやめておいた。
仕方がないので、今は『おじいさん』と呼ぶことにする。
「わしはここを離れられないから、代わりにオーナーに来てもらおう。ちょっと待っててな」
おじいさんはそう言って内線電話をかける。
私のためにわざわざオーナーに出迎えてもらうのは申し訳ない気がしたけれど、ルナさんたちも今は仕事中で手が離せないようだった。
程なくして、開け放されたままの玄関の扉から一人の青年が顔を出す。
「いらっしゃい、絵馬。我が家へようこそ」
すらりとした長身によく似合う、真っ白なシャツに黒のベスト。
遠目でもわかる彼の整った容姿は、白い太陽の光に照らされてより輝いて見えた。
突然現れた美丈夫の姿に、周りの女性客たちもそわそわと色めき立っている。
「こんにちは、オーナー。本日から、よろしくお願いいたします」
「そんなにかしこまらなくていいよ。それに、僕のことは気軽に『まもり』って呼んでくれればいいのに」
「いえ、そんなわけには……」
先日と似たようなやり取りをしていると、隣からおじいさんが嬉しそうに言葉を挟む。
「今日の絵馬ちゃんは一段と可愛いだろう? このワンピースもよく似合ってる。そう思うだろう、オーナー」
無理やり同意を求めるようなその言葉に、私は面食らった。
確かに今日は先日のスーツと違って、余所行きのワンピースを着てきたけれど。
それにしても、いきなり『可愛いだろう?』なんて、一体何を言い出すのか——そう戸惑っていたところで、ふと思い出す。
——ルナたちは僕ら二人をくっつけようとしてくるかもしれないけれど、それとなく受け流してくれればいいから。
先日オーナーが言っていた。
おじいさんを含めた猫ちゃんたちは、私とオーナーを結婚させるためにくっつけようとしてくるのだと。
そう我に返ってオーナーを見ると、
「うん、そうだね。よく似合ってるよ絵馬」
彼はそう、さらりとおじいさんの言葉を肯定した。
なんだか私だけが変に意識してしまった気がして、妙に恥ずかしかった。



