神戸北野 まどろみ異人館の魔法使い

 
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 食事の後片付けが終わると、私は一旦帰宅することになった。

 さすがに今日は着の身着のままこの館へやって来たので、着替えや私物などは一切持ってきていない。
 これからの生活に必要なものを揃えるためにも、オーナーは私に数日間の猶予を与えてくれたのだった。

 ただ、ルナさんだけは私を外へ出すことに賛成していなかったようで、

「叶さん。オーナーの魔法や我々の秘密については、くれぐれも口外しないように。あなたのご家族や友人に対しても、けっして話してはなりません。いいですね?」

「は、はいっ」

 至極真剣な顔で彼女に釘を刺されて、私は身を引き締める。
 たとえ誰かに話したところで信じてはもらえない気もするけれど、それを抜きにしても、彼女たちの大事な秘密をペラペラと言いふらすつもりはなかった。



 バスと電車とを乗り継いで自宅に帰り着いた頃には、時刻は午後八時を回っていた。

 共働きの両親もすでに帰宅していて、私が異人館での仕事に採用されたことを伝えると、二人とも私以上に舞い上がって喜んでくれた。

「よかったわねえ、絵馬。異人館で働くなんて、お洒落で素敵じゃない」

 そう快く送り出してくれる母に感謝しつつも、長年住み慣れた我が家を離れると思うと、少しだけ寂しさが込み上げた。

 特に父は、消極的な私のことをいつも心配していたので、喜びと名残惜しさとをないまぜにしたような複雑な顔をこちらに向ける。

「そうか。絵馬もついに独り立ちか……寂しくなったら、いつでもここに帰って来ていいからな」

 残り少ない実家での時間。
 それを噛み締めながら、その日のお風呂はゆっくりと湯船に浸かった。

(これから、頑張らなきゃ)

 浴室を満たす白い湯気をぼんやりと見上げて、あの館に住むみんなの顔を思い浮かべる。

 優しいオーナーに、可愛い猫ちゃんたち。
 ルナさんは一見厳しそうにも見えるけれど、仕事に対して真面目な人だし、きっとこれから色々と教えてくれるはず。

 改めて考えてみても、とても魅力的な職場だと思った。
 今までどこの企業にも必要とされなかった私が、まさかこんな素敵な場所と巡り会えるなんて。

(でも……)

 ただ一つだけ、気になっていることがある。

(私のケーキを食べた時のオーナー、笑ってなかったな)

 食堂で一瞬だけ見た彼のあの表情が、ずっと胸に引っかかっていた。

 私のケーキが口に合わなかったのだろうか。
 それとも、何か別のことに不満があったのだろうか。

 どちらにしても、あの時の彼の顔には隠しきれない陰がかかっていた。

(これから、もっとお話しできたらいいなぁ)

 オーナーのことも、他のみんなのことも、私はまだ知らないことばかりだ。

 魔法のことも、その代償のことも。
 これからあの館で暮らしていく中で、彼らのことを少しずつでも知っていけたらいいな——とぼんやりと考えているうちに、いつのまにか体はのぼせていて、危うく湯船の中で気絶するところだった。