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「あたしも一緒に行きたいー!」と騒ぐクロをなんとか宥めて、私とオーナーは二人でバルコニーに出た。
時刻は午後五時。
西の空にはほんのりと赤みが差し、昼と夜との境界線が曖昧になっている。
南の方角を向いているバルコニーからは、山の麓に広がる神戸の街と、その先にある海とが見渡せた。
「ここから見える景色が、僕のお気に入りなんだ」
そう囁くように言って海を眺めるオーナーの横顔は、いつにも増して穏やかさに満ちていた。
どこか日本人離れした美しさも相俟って、まるで西洋絵画に描かれている天使や聖人のような神々しさがある。
(綺麗な人だなぁ……)
改めて、そう思った。
この北野異人館街で、猫たちに囲まれてひっそりと暮らしている魔法使い。
とても神秘的で、浮世離れした存在だった。
まるで御伽噺の中から飛び出してきたような不思議な彼のことを、ついまじまじと見つめてしまう。
と、彼が急にこちらへ顔を向けたので、お互いの視線がばっちりと合う。
色素の薄い瞳を縁取る、長いまつ毛。
それを意識した途端、先ほどあのソファでお互いの体が重なり合っていたのを思い出して、私はカッと顔面が熱くなるのを感じた。
あれはただの事故。頭ではわかっているはずなのに、そんな思いとは裏腹に、体が勝手に火照ってしまう。
「そういえば、自己紹介がまだだったね」
「へっ!? ……あ、ああそういえば!」
こちらの緊張を知ってか知らずか、彼は至極落ち着いた様子で自らの名前を口にした。
「僕は、瀬良まもり。よろしくね」
「せら……さん」
イメージ通りの、綺麗な名前だった。
瀬良という苗字も、まもりという下の名前も。彼の見た目や雰囲気にぴったりで、無意識のうちに感嘆の溜め息が漏れる。
そのままつい呆けていた私は、ふと我に返って慌てて自分も名乗った。
「あっ……わ、私は、叶絵馬です!」
「素敵な名前だね。絵馬って呼んでもいいかな?」
「へっ……」
予想外の質問に、私は固まる。
「あ、ごめん。ついルナたちを呼ぶ時のクセで……。いきなり下の名前で呼ばれても困るよね。こういうのってセクハラとかパワハラになるのかな」
「い、いえ! 私は全然構いませんが……!」
急に下の名前で呼ばれたのは確かにびっくりしたけれど、別にそれが嫌だとは思わない。
ただ、こんなに綺麗な男の人にそう呼ばれるのが緊張するだけで。
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて絵馬って呼ぶね。僕のことはまもりって呼んでくれればいいから」
「ふぁっ!? いやいや、雇われの身である私がそんな風に呼ぶわけにはいきません! ルナさんたちと同じでオーナーと呼ばせていただきます!」
さすがに、自分の雇い主のことをそう気安く呼ぶことはできない。
けれど、これには彼もちょっとだけ不服そうな顔をする。
「ルナたちも普段はあんな呼び方してないんだけどな……。まあいいや。また気が向いたら名前で呼んでね」
そう冗談っぽく笑った彼は屈託がなくて、まるで無邪気な子どものようにも見える。



