カシャカシャカシャ、と生クリームを泡立てる音だけが厨房に響く。
ステンレスのボウルに入った真っ白なそれを、私はひたすら無言で掻き混ぜていた。
「ねー、絵馬。何を作ってるの?」
後ろから、クロのじれったそうな声が届く。
見ると、彼女は三脚並んだイスの上にだらんと寝そべっていた。
今は人間の姿だけれど、仕草は猫そのもの。纏ったメイド服にシワが寄るのもお構いなしだ。
「えっとね、これはパウンドケーキだよ」
「えっ。ケーキ? 絵馬、ケーキ作れるの!?」
あきらかに興奮した様子で、彼女は目を輝かせる。
甘いものが好きなのだろうか。今はないはずの尻尾が、嬉しそうにピンと立つ幻が見えた気がした。
この厨房は、普段はルナさんが使っているらしい。ここに住む人たち全員の食事を、彼女が一人で作っているのだ。
几帳面な彼女らしく、食器や調理器具は綺麗に整頓されている。そして戸棚や冷蔵庫の中には豊富な食材が揃っていた。
オーナーのためにお菓子を作りたい——と、私が申し出たのはつい三十分ほど前のことだ。
彼の魔法を目の当たりにして、ルナさんたちの正体を知った後。
魔法の代償で眠ってしまった彼のために、何かお返しをしたい。そう考えた時、私にできることといえばお菓子を作ることくらいだった。
聞けばオーナーは甘いものが好きだという。彼のためなら厨房も好きに使って良いとルナさんが了承してくれたので、こうして今、私はケーキを作っている。
彼が目覚めるのは、おそらく夕方から夜にかけて。その時間までには焼き上がる計算だった。
ボウルに卵、グラニュー糖、薄力粉、ベーキングパウダーを入れてしっかりと混ぜる。そこに先ほど泡立てた生クリームを合わせてさっくりと混ぜる。
あとは型に流し込んでオーブンで焼くだけ。
バターの代わりに生クリームを使っているので、食感は軽いはずだ。病み上がり(?)のオーナーが食べても重くなりすぎなければいいなと思う。
オーブンの時間をセットして、私はようやく一息ついた。あとは焼き上がるのを待つだけだ。
と、気を抜いていたところで何かが足に当たる感触があった。
スリッと足首を撫でられるような感覚。
慌てて視線を落とすと、足元にはいつのまにか一匹の黒猫がいた。
「あれ? もしかして、クロ?」
どうやらクロが猫の姿になって、私におねだりをしているようだった。
「なぁん」と甘い声で鳴いて、私の足にスリスリと頭を擦り付けている。
「ふふ。もうちょっと待っててね。オーナーが目を覚ましたら、晩御飯のデザートにみんなで食べようね」
あまりにも可愛いおねだりに、思わず笑みがこぼれる。
彼女のふわふわの頭を撫でながら、オーブンの中で膨らんでいくパウンドケーキを見つめた。



