「にゃお~~ん」
黒猫はご機嫌な様子で尻尾を立て、甘い声で鳴く。
その黄金色の真ん丸な瞳には、酷く見覚えがあった。
「あなた、もしかして……さっきの黒猫ちゃん!?」
庭先と、それからこの部屋の前で見かけた一匹の黒猫。
神出鬼没な猫の正体は、まさかのまさかで人間の少女が化けた姿だった——ってこと?
「クロ。あなたという人は……」
と、今度はルナさんが溜め息まじりの疲れた声を漏らす。
見ると、彼女は心底困った様子で額に手を当てていた。
その両脇で、コハクとおじいさんもやれやれという風に肩をすくめている。
「ど、どうなってるんですか? クロが猫になっちゃうなんて……これも魔法なんですか?」
もはや魔法という存在を認めざるを得ない状況だった。
人が猫に変身するなんて、魔法以外にはあり得ない。
「見られてしまったのなら、仕方ありませんね」
ルナさんはそう言うと、いつにも増して厳しい眼光をこちらに向け、つかつかと歩み寄ってくる。
「え……。あ、あの……?」
もしかして私、消される? なんて不穏な予感が脳裏を過ぎる。
ルナさんは私の目の前で立ち止まると、そのままゆっくりと腰を下ろし、絨毯の上に膝と手をついて頭を下げた。
「叶さん。どうか、ここで目にしたことは全て秘密にしておいてください。この通りです」
頭を床につけるその姿勢は、土下座だった。
ルナさんが、私に向かって土下座をしている。
「ちょっ……えええ!? ルナさん、やめてください! どうか頭を上げてください!」
慌てて私もその場に膝をつき、ルナさんの肩を抱き起こす。
人に土下座をされる経験なんて生まれて初めてだった。
「ルナさん、一体どうしちゃったんですか!? 土下座なんて、そんな……」
「この屋敷に魔法が存在することは、誰にも知られてはいけないのです。だからお願いです、叶さん。ここで見たことは、他の誰にも話さないでください」
お願いです、と何度も頭を下げる彼女の後ろで、コハクとおじいさんも同じように懇願する。
「わ、わかりました! わかりましたから、どうか土下座だけはやめてください! 私の心臓が持ちません……!」
人に頭を下げさせるなんて、気持ちの良いものではなかった。なんだか自分が意地悪なことをしているような、罪悪感のようなものが込み上げてくる。
私の必死の説得により、ルナさんはようやく顔を上げてその場に正座した。
「……ご覧になった通り、この世には魔法というものが存在します。それは誰にでも使えるものではなく、古くは『魔女』と呼ばれる者たちだけが持つ特別な力でした。ここから遠く海を越えた国からやってきた魔女の一族——その末裔が、そこにいるオーナーなのです」
彼女は首だけを動かして、ソファの方へ目を向ける。
私も釣られてそちらを見ると、そこに座っている青年は未だ深い眠りについていた。
遠く海を越えた国からやってきた、魔女の末裔。
彼の容姿がどこか日本人離れしているのも、外国の血が混ざっているからだろうか。



