神戸北野 まどろみ異人館の魔法使い

 
(あ、でも)

 はた、と重要なことを思い出す。

 そういえばルナさんが言っていた。
 今日はオーナーの体調が悪いのだと。

 ということは、彼がこうして急に眠ってしまったのは、まさか病状の悪化で? ——と思うと、急に嫌な汗が噴き出してくる。

「あ、あのっ……今さらですけど、大丈夫ですか!?」

 そう問いかけてみても、もちろん返事はない。
 依然として体は動かせないものの、幸い両手は自由なので、彼の額に手を当てて熱を確かめてみる。

「熱は……無さそうですね」

 触った感じは特に問題なく、顔が火照っている様子もない。

 何か持病でもあるのだろうか——と様々な可能性を考えているうちに、部屋の入口の扉が突然勢いよく開いた。

 一体何事かと目をやると、視線の先ではルナさんが青い顔をして立っていた。

「か、叶さん。姿が見えないと思ったら……ここで一体何をしているのですか!」

 最悪のタイミングだった。
 どう頑張っても言い逃れできない状況で、私は彼女以上に顔面蒼白になる。

 もはや袖を汚したとかそんなレベルじゃない。
 けして入ってはいけないという部屋に無断で上がり込んだ挙げ句、この館の主である彼とソファの上で重なり合っているなんて。

「あ、あわわ、あわわわ……」

 言葉を失う、とはまさにこのこと。
 どうやら人間は極限状態になると、人語を発せなくなってしまうらしい。

 ルナさんはつかつかと早足でこちらに歩み寄ると、オーナーの彼を見下ろした。

「……やはり眠っているのですね」

 そんな彼女の反応は、まるでこの状況をあらかじめ想定していたかのようだった。

「とりあえず、彼の体を起こしましょうか。叶さん、出来る限りで良いので力を貸してください」

「あっ……は、はいっ!」

 言われるがまま、私はルナさんと一緒に彼の体へ手を伸ばした。


          ◯


 それから数分と経たない内に、部屋の中には全ての使用人が集結した。

 先ほど庭で木の剪定をしていた、髪色の明るい少年。
 一階で居眠りをしていたおじいさん。
 お菓子を食べこぼしていたクロという名の少女。
 そして、ルナさんと私。

 未だ眠り続ける青年をソファに座らせたまま、その周りに半円を描くようにして私たちは整列していた。

「叶さん」

 と、最初に口を開いたのはやはりルナさんだった。

「この部屋で、何を見ましたか?」

「へ……」

 この部屋で何を見たか。
 質問された瞬間、脳裏では青年との会話が思い出される。

 ——ここで見聞きしたことは全部内緒にしてくれるかな?

 約束、とまではいかないけれど、彼に頼まれる形で話したこと。
 それを無視してルナさんに全部打ち明けてしまうのは、彼に対して不義理をすることになる気がする。