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時刻は正午に近づき、ルナさんは昼食の用意をするために階下へ下りていった。
「私は厨房にいますので、叶さんは二階の廊下のお掃除をお願いしますね」
掃除機を手渡され、私は赤い絨毯の上にそれを這わせる。廊下はかなりの広さがあり、掃除機をかけるだけでも数十分はかかりそうだった。
(今のところは順調、かな?)
なんだかんだで、仕事を任されている。この調子なら、今後もここに置いてもらえる可能性はありそうだ。
せっかく掴んだこのチャンスを逃すわけにはいかない。
特に初日である今日は絶対に粗相がないよう気をつけねば——と改めて気を引き締めていると、視界の端で何か黒い物体が動いた。
「……え?」
虫、ではない。
もっと大きなものがサッと移動したのが見えて、私は驚いてそちらに顔を向けた。
すると、廊下の中央に何やら黒いふわふわとしたものがあった。よくよく目を凝らしてみると、それは一匹の動物だった。
丸っこい体に細長い尻尾と、それから頭の上には三角形の耳が二つ。ひどく見覚えのあるその姿に、私は「あっ」と声を上げた。
「あなた……さっきの黒猫ちゃん!?」
全身が真っ黒なその猫は、おそらく先ほど建物の外で遭遇した子だった。あの時は敷地を囲む洋風フェンスに引っかかっていて、それを私が助けた後は、この建物の中に飛び込んでいったはず。
「なぁーん」
彼、あるいは彼女は甘い声で一声鳴くと、今度は目の前にある扉に軽やかなジャンプで飛びかかった。そうして器用にドアノブを回し、扉を開けてしまう。
「あっ、だめ! その部屋は……!」
よりにもよって、そこはオーナーの部屋だった。
ただでさえこの部屋には入るなと言われているのに、野良猫を侵入させてしまったなんてことになればどんなお叱りを受けるかわからない。
とにかく早く捕まえて追い出さないと、と私が足を踏み出した時には、黒猫はすでにオーナーの部屋へ飛び込んでいた。
まずい。
慌てて黒猫の後を追い、開け放された扉の向こう側へ私も身を滑り込ませる。
「すみませんっ……失礼します!」
部屋の中へ入った瞬間、ちょうど正面のベッドに座っていた人物と目が合った。
「あれ? 君は……」
そこにいたのは、おそらくこの館のオーナーだった。
男性にしては細めの体に、清潔な白いシャツの上から黒のベストを羽織っている。
そしてその顔は、私が想像していたよりもずっと若かった。
およそ私と同じか、プラス二、三歳くらいだろうか。
彫りの深い、端正な顔立ちだった。
髪も肌も色素が薄く、男性でありながら深窓の令嬢を思わせるような儚げな風貌だ。



