あれ、と思わず声を上げた。
昼休みの教室。いつもの友人達となんとなく固まって昼食をとろうとしたところで、己の失態に気が付いた。
巾着袋から弁当を取り出した俺の手元にあるのは、パステルブルーの弁当箱。
俺のものはグリーンのはずで、この色の弁当箱は──。
「これ弟の弁当だ……どうしよう、間違えて持ってきちゃったみたい」
どこかの教室で、同じように弁当を広げて困惑している成海くんの姿を思い浮かべる。
今朝は急いで出てきたから、確認を怠ってしまったのだろう。
中身は一緒のはずだが、さすがに成海くんのものを勝手に食べるわけにはいかない。
「じゃあおまえの弁当は向こうにあるってこと?」
「多分……。俺、渡してくるね。先食べてて」
カタンと席を立ち、巾着袋を持って教室を出た。
廊下を歩きながら、俺は徐ろにスマホを開く。なんでもないような顔を取り繕いながら、素早い動きで文字を打ち込んだ。
《【速報】弟の弁当箱と取り違えたから、弟に会いに行く口実ゲット》
SNS廃人あるある、些細な日常の出来事でも投稿せずにはいられない。もちろん俺の場合は、成海くんに関すること以外は発信したりないけど。
投稿してから一分も経たないうちに、仲良しのフォロワーである『ワクワクすべり台』さんからリプライが届いた。
《朗報ですね、遠藤氏》
《まぁ確かに、合法的に弟に話し掛けられてラッキーではありますねw》
《そんな次元の話じゃないですよ!誘うチャンスじゃないですか》
《?何にですか》
《一緒に弁当食べようぜって!!》
返信を見た瞬間、俺はピタッと足を止めてしまった。
「……いやムリムリムリ」
それはハードルが高すぎるだろ、すべ氏。
入学してから今日に至るまで、いわゆる「兄弟ごっこ」を演じてくれている成海くん。だがそれは、休み時間にたまたま遭遇するとか短時間だからこそ可能な話だ。
昼休みの長い長い時間を使って、わざわざ俺との煩わしいやりとりを強いるなんて──やっぱりかわいそうだし、申し訳なさの方が強い。
「こんにちは。成海くんを呼んでくれるかな」
「は、ハイッ……!」
そんなことを考えていたら成海くんの教室に着いたので、近くの女の子に声を掛けた。その向こう側、教室の片隅に、金髪の男の子と向き合って話す弟の姿を見つける。
あの子が成海くんの仲の良い子なんだろうか。
なんていうか、意外と派手な子とつるんでいるんだな……とまじまじと観察していると、不意に成海くんがこちらを振り向いた。
俺に気付いた彼はゆっくりと席を立ち上がり、こちらに向かってくる。その手にはやはり巾着袋が握られていた。
「ちょうどよかった。俺もこれから兄さんの教室に行こうと思ってたんだ」
面と向かって話すのは、この間成海くんの部屋で話してから初めてだ。
だからなのか、急にこの前の色気たっぷりの彼を思い出してしまい、ゴホンと咳払いで思考を追いやった。
「ごめんね。これ、手は付けてないから大丈夫だよ」
「ありがとう。はいこれ、兄さんの」
俺の弁当箱が返ってきたのに、なんだかモヤモヤとした気持ちが残る。
それは多分、さっきすべ氏に言われたことがずっと胸に引っかかっているからだ。
「じゃあ」
「あっ……」
気付けば成海くんの腕を引いて呼び止めてしまっていた。彼は不思議そうな顔をして首を傾げている。
成海くんの貴重な昼休みを邪魔するわけには……。そんな風に頭の中では正しく考えられる自分がいるはずなのに、その一方でこんなチャンスは二度と訪れないのではないかと、欲を掻く自分もいる。
「成海くん、あのさ……」
ええい、卒業まであと半年しかないし、言ってしまえ!
俺は意を決して口を開いた。
「よかったら、お昼、一緒に食べませんか」
ドキドキしながら誘ってみると、成海くんは面食らったような顔をして固まってしまった。
気付けば騒がしかった教室内はシンと静まり返っていて、全員分の注目を浴びてしまっているような気がする。
誰もが固唾を飲んで成海くんの返事を見守っていた。
「……いいよ、俺も兄さんと食べたい」
ニコリと成海くんが相好を崩す。
その瞬間、周囲から歓声と拍手が巻き起こった。
「なになにーっ!?」
「日南兄弟が一緒にお昼食べるんだって!」
「キャーッなにそれ尊すぎるっ!」
女の子達が騒ぐ声が聞こえてきて、次第に俺は焦りを覚え始める。
これって、絶対に断れない状況を俺が作ってしまったような……。
成海くんごめん──。そんな風に思いつつも、やはり喜びの方がギリギリ勝る。
「ありがとう、成海くん……! えっと、どこで食べよっか」
「おー日南兄。ちょうどよかった、ここにいたか」
俺が言葉を続けようとしたところで、後ろからぽんと肩を叩かれた。振り向くとそこには、爽やかに白い歯を見せてニカッと笑う生徒会の顧問がいた。嫌な予感が頭をよぎる。
「悪いんだけど頼まれてくれないか。今年の文化祭のスローガン案が行き詰まってて、是非去年の生徒会長のおまえに意見を頂きたいと生徒会の奴らが言っててな……」
「えーっと……」
「今から会議をするからついてきてくれないか?」
──あ、これ詰んだ。
笑顔のまま固まる俺の周りで、さっきまで大はしゃぎしてくれた女の子達が教師に向かって大ブーイングをかましている。
せっかくの成海くんとのランチ。おそらく最初で最後の大チャンス……。
ひっそりと肩を落としたくもなるが、でも多分、最初からこうなる運命だったのだろう。成海くんの都合も考えずに欲を掻いたせいだ。
「……わかりました」
俺はにこやかに微笑んでから、成海くんに顔を向けた。
「ごめんね、成海くん。俺から誘ったのに……」
「俺のことはいいから行って」
「うん……」
成海くんはなんてことなさそうな顔で笑っている。
一緒に食べたいのは俺だけなんだし、当たり前だよね……。
それでもいいと思っていたはずなのに、なんだかちくんと胸が痛くて、誤魔化すように急いでその場を去った。
昼休みの教室。いつもの友人達となんとなく固まって昼食をとろうとしたところで、己の失態に気が付いた。
巾着袋から弁当を取り出した俺の手元にあるのは、パステルブルーの弁当箱。
俺のものはグリーンのはずで、この色の弁当箱は──。
「これ弟の弁当だ……どうしよう、間違えて持ってきちゃったみたい」
どこかの教室で、同じように弁当を広げて困惑している成海くんの姿を思い浮かべる。
今朝は急いで出てきたから、確認を怠ってしまったのだろう。
中身は一緒のはずだが、さすがに成海くんのものを勝手に食べるわけにはいかない。
「じゃあおまえの弁当は向こうにあるってこと?」
「多分……。俺、渡してくるね。先食べてて」
カタンと席を立ち、巾着袋を持って教室を出た。
廊下を歩きながら、俺は徐ろにスマホを開く。なんでもないような顔を取り繕いながら、素早い動きで文字を打ち込んだ。
《【速報】弟の弁当箱と取り違えたから、弟に会いに行く口実ゲット》
SNS廃人あるある、些細な日常の出来事でも投稿せずにはいられない。もちろん俺の場合は、成海くんに関すること以外は発信したりないけど。
投稿してから一分も経たないうちに、仲良しのフォロワーである『ワクワクすべり台』さんからリプライが届いた。
《朗報ですね、遠藤氏》
《まぁ確かに、合法的に弟に話し掛けられてラッキーではありますねw》
《そんな次元の話じゃないですよ!誘うチャンスじゃないですか》
《?何にですか》
《一緒に弁当食べようぜって!!》
返信を見た瞬間、俺はピタッと足を止めてしまった。
「……いやムリムリムリ」
それはハードルが高すぎるだろ、すべ氏。
入学してから今日に至るまで、いわゆる「兄弟ごっこ」を演じてくれている成海くん。だがそれは、休み時間にたまたま遭遇するとか短時間だからこそ可能な話だ。
昼休みの長い長い時間を使って、わざわざ俺との煩わしいやりとりを強いるなんて──やっぱりかわいそうだし、申し訳なさの方が強い。
「こんにちは。成海くんを呼んでくれるかな」
「は、ハイッ……!」
そんなことを考えていたら成海くんの教室に着いたので、近くの女の子に声を掛けた。その向こう側、教室の片隅に、金髪の男の子と向き合って話す弟の姿を見つける。
あの子が成海くんの仲の良い子なんだろうか。
なんていうか、意外と派手な子とつるんでいるんだな……とまじまじと観察していると、不意に成海くんがこちらを振り向いた。
俺に気付いた彼はゆっくりと席を立ち上がり、こちらに向かってくる。その手にはやはり巾着袋が握られていた。
「ちょうどよかった。俺もこれから兄さんの教室に行こうと思ってたんだ」
面と向かって話すのは、この間成海くんの部屋で話してから初めてだ。
だからなのか、急にこの前の色気たっぷりの彼を思い出してしまい、ゴホンと咳払いで思考を追いやった。
「ごめんね。これ、手は付けてないから大丈夫だよ」
「ありがとう。はいこれ、兄さんの」
俺の弁当箱が返ってきたのに、なんだかモヤモヤとした気持ちが残る。
それは多分、さっきすべ氏に言われたことがずっと胸に引っかかっているからだ。
「じゃあ」
「あっ……」
気付けば成海くんの腕を引いて呼び止めてしまっていた。彼は不思議そうな顔をして首を傾げている。
成海くんの貴重な昼休みを邪魔するわけには……。そんな風に頭の中では正しく考えられる自分がいるはずなのに、その一方でこんなチャンスは二度と訪れないのではないかと、欲を掻く自分もいる。
「成海くん、あのさ……」
ええい、卒業まであと半年しかないし、言ってしまえ!
俺は意を決して口を開いた。
「よかったら、お昼、一緒に食べませんか」
ドキドキしながら誘ってみると、成海くんは面食らったような顔をして固まってしまった。
気付けば騒がしかった教室内はシンと静まり返っていて、全員分の注目を浴びてしまっているような気がする。
誰もが固唾を飲んで成海くんの返事を見守っていた。
「……いいよ、俺も兄さんと食べたい」
ニコリと成海くんが相好を崩す。
その瞬間、周囲から歓声と拍手が巻き起こった。
「なになにーっ!?」
「日南兄弟が一緒にお昼食べるんだって!」
「キャーッなにそれ尊すぎるっ!」
女の子達が騒ぐ声が聞こえてきて、次第に俺は焦りを覚え始める。
これって、絶対に断れない状況を俺が作ってしまったような……。
成海くんごめん──。そんな風に思いつつも、やはり喜びの方がギリギリ勝る。
「ありがとう、成海くん……! えっと、どこで食べよっか」
「おー日南兄。ちょうどよかった、ここにいたか」
俺が言葉を続けようとしたところで、後ろからぽんと肩を叩かれた。振り向くとそこには、爽やかに白い歯を見せてニカッと笑う生徒会の顧問がいた。嫌な予感が頭をよぎる。
「悪いんだけど頼まれてくれないか。今年の文化祭のスローガン案が行き詰まってて、是非去年の生徒会長のおまえに意見を頂きたいと生徒会の奴らが言っててな……」
「えーっと……」
「今から会議をするからついてきてくれないか?」
──あ、これ詰んだ。
笑顔のまま固まる俺の周りで、さっきまで大はしゃぎしてくれた女の子達が教師に向かって大ブーイングをかましている。
せっかくの成海くんとのランチ。おそらく最初で最後の大チャンス……。
ひっそりと肩を落としたくもなるが、でも多分、最初からこうなる運命だったのだろう。成海くんの都合も考えずに欲を掻いたせいだ。
「……わかりました」
俺はにこやかに微笑んでから、成海くんに顔を向けた。
「ごめんね、成海くん。俺から誘ったのに……」
「俺のことはいいから行って」
「うん……」
成海くんはなんてことなさそうな顔で笑っている。
一緒に食べたいのは俺だけなんだし、当たり前だよね……。
それでもいいと思っていたはずなのに、なんだかちくんと胸が痛くて、誤魔化すように急いでその場を去った。
