成海くんと俺が家族になったのは、今から七年前のこと。
俺が小学五年、成海くんが小学三年の頃に両親が再婚し、俺と成海くんは義兄弟になった。
外では俺に対して可愛らしく愛嬌を振りまいてくる彼だが、家に帰るとさっきみたいにがらっと態度を変える。
それを寂しいと感じるときもあるが、俺はそんな成海くんのことも個性だと受け入れている。
「あ、成海くん。夕飯できてるよ」
「……あとでいい」
あれからしばらくして一階に降りてきた成海くんに声をかけるが、やはり反応は芳しくない。
どこか機嫌が悪そうな彼は、机の上に俺が並べた夕飯を一瞥してから、気に食わないと言わんばかりに舌打ちをした。
「つか自分でやるから。いつまでもガキの頃と同じ扱いしてこられんのだるい」
琥珀色の瞳が呆れたような色を宿して、気怠そうに俺を見る。
「兄弟ごっこしたいんなら、外でやってあげてんので十分でしょ」
「そういうつもりじゃないんだけど……」
「どうでもいいよ。通話してるから部屋入ってこないでね」
冷蔵庫の中からチョコレートとコーラを取り出した彼は、そのままさっさと俺の横を素通りして二階に上がって行ってしまった。
「……相変わらず話聞いてもらえないなあ」
小さな声でつぶやいて、ひっそりと肩を竦める。
成海くんと兄弟になったその日から、どんな塩対応にもめげずに声を掛け続け、早七年。
俺達の仲は縮まるどころか、ずっと平行線のままだ。
*
夕飯を終えて部屋に戻ると、俺はスマホを片手にベッドに腰掛けた。
スマイルマークのアプリを立ち上げると、表示されるのは見慣れたSNSの画面。タイムラインを流し見ながら入力画面を開いて、素早く文字を打ち込んでいく。
《【朗報】弟と3日ぶりに家で会話した》
一つ目を投稿した後、勢いのままにありったけの思いを連投していく。
《俺のことウザいって顔で見る弟、可愛いにも程がある。ずっと視界に入れてもらえなかったから嬉しくて泣きそう》
《無視されるより悪態つかれた方が5億倍マシなんだよな~~今日は良い日だ……》
胸の動悸とずっと抑え込んでいた興奮を心のままに吐き出すと、胸を満たすのは達成感。はーっと深く息を吐いて仰向けになった。
こうしている間にも頬が緩むのを止められない。隣の部屋で兄が一人でニヤついているのを知ったら、間違いなく成海くんにドン引きされるに違いない。
思い返すのは小学五年の頃。
父さんに連れられて家にやってきた成海くんを見て、モノクロだった俺の世界が一瞬で色付いた。
まるで黒猫が毛を逆立てるように、何かを警戒するような目をしていた彼は、年相応の明るさを持たず、周りの子どもよりもやけに落ち着いていたのが印象的だった。
あの瞬間に俺は決めた。
弟が不自由ない暮らしができるように、俺がこの子を支えていこうと。
母子家庭の一人っ子で育ってきた俺は、物心ついたときからずっと弟が欲しかった。
それが念願叶って弟ができると聞いた時は、跳び上がって喜んだものだ。
七年もの間近くでその成長を見てきた俺からしたら、今は成海くんの一挙手一投足が可愛くて仕方がない。
春からは同じ高校に入学してきたものだから、俺の義弟への愛は膨らんでいくばかりで……。
こうして気が付けば俺は、生粋のブラコンへと成長を遂げていた。
(無視されても冷たくされても、やっぱり成海くんは可愛すぎる……!)
悪態を吐かれたって「プンプンしてて可愛いなぁ笑」としか思えなくなってきて、いよいよ末期なのではと自分の身を案じ始めた今日この頃。
先ほどベッドに放り投げたスマホの画面を確認すると、もうすでにたくさんのLIKEが投げられていた。
早速いくつか貰ったリプライに、返信を打っていく。
《おめです!何話したんですか》
《お恥ずかしながら、ノックしても返事がなかったから部屋を開けたら、怒られちゃいました…。その後も面と向かって「だるい」ってw》
《おお!怒られイベ発生ですね!羨ましい!だるいは遠藤氏からしたら最早ご褒美では!?》
《怒ってる弟も可愛かったです!ゴミを見るような目も最高!俺はゴミ以下なんだなってw》
一通り文字を送信した後に、スマホを握りながら喜びを噛み締める。
成海くん、昔からゲームに集中すると電気つけるの忘れちゃうんだよなぁ。
目が悪くならないか勝手に心配してしまうけど、それを言ったらうざがられそうだ。
誰かとの通話中だったのか、早口で捲し立てるような砕けた口調は普段の姿からは想像ができなくて、控えめに言って萌えた。
「はー……会話の内容忘れないうちに全部投稿しておかなきゃ……」
『スマイルチャット』──略して『スマチャ』という、主に不特定多数に向けて呟きを発信することができるSNS。
俺はそこに専用アカウントを作り、日々誰にも吐き出すことのできない義弟への愛を発信している。
ちなみに俺のハンドルネームである『遠藤』という名は、俺の名前が沙也で、昔はサヤエンドウと呼ばれることが多かったことからきている。
中学の頃に開設したアカウントだが、今ではすっかり日常に馴染み、受験勉強の貴重な息抜きにもなっている。
《有識者教えて。弟のしてたゲームなんだけど、目玉が一つしかない怪物が転がりまわってるやつ》
いわゆる『ブラコン界隈』と呼ばれる界隈に分類される俺のフォロワーは、学生から社会人までその年齢層は幅広い。
ただ一つ共通することは、皆一様に兄弟への愛が強すぎるということ。
そんな居心地の良い環境の中にいるときだけ俺は、本当の自分を見せられる。
学校にいるときのアイドルみたいな成海くんも可愛いけど、ツンツンしてる年相応の成海くんが一番尊いんだよなぁ……。
投稿をしながら反応を待つこと数分、通知が鳴ったことに気付いて画面に目を向ける。
いつものフォロワーだろうかと予想していた俺は、映し出される見覚えのない名前に目を見張った。
「えーっと、『なぴちゃ』……? こんなフォロワーいたっけ」
なぴちゃという黒い猫のアイコンの人から送られてきたのはただ一文。
《それ多分デッドサーキットだと思うよぉ》
どうやらゲームに詳しい人のようだ。
その人のプロフィール画面に飛んでみると、自己紹介の欄は空白になっている。
俺に返信したもの以外に他の投稿はしておらず、フォローしているのは俺以外にはゲーム関連の公式サイトばかり。
ブラコン界隈の人でもなさそうだし、どうして俺のことなんかフォローしてくれたんだろう。
少し疑問に思ったけれど、困っている俺にゲームの名前を教えてくれたということは、別に悪い人ではないのだろう。
ほんのしばらく迷った末、なぴちゃに対してフォローを返した。
俺が小学五年、成海くんが小学三年の頃に両親が再婚し、俺と成海くんは義兄弟になった。
外では俺に対して可愛らしく愛嬌を振りまいてくる彼だが、家に帰るとさっきみたいにがらっと態度を変える。
それを寂しいと感じるときもあるが、俺はそんな成海くんのことも個性だと受け入れている。
「あ、成海くん。夕飯できてるよ」
「……あとでいい」
あれからしばらくして一階に降りてきた成海くんに声をかけるが、やはり反応は芳しくない。
どこか機嫌が悪そうな彼は、机の上に俺が並べた夕飯を一瞥してから、気に食わないと言わんばかりに舌打ちをした。
「つか自分でやるから。いつまでもガキの頃と同じ扱いしてこられんのだるい」
琥珀色の瞳が呆れたような色を宿して、気怠そうに俺を見る。
「兄弟ごっこしたいんなら、外でやってあげてんので十分でしょ」
「そういうつもりじゃないんだけど……」
「どうでもいいよ。通話してるから部屋入ってこないでね」
冷蔵庫の中からチョコレートとコーラを取り出した彼は、そのままさっさと俺の横を素通りして二階に上がって行ってしまった。
「……相変わらず話聞いてもらえないなあ」
小さな声でつぶやいて、ひっそりと肩を竦める。
成海くんと兄弟になったその日から、どんな塩対応にもめげずに声を掛け続け、早七年。
俺達の仲は縮まるどころか、ずっと平行線のままだ。
*
夕飯を終えて部屋に戻ると、俺はスマホを片手にベッドに腰掛けた。
スマイルマークのアプリを立ち上げると、表示されるのは見慣れたSNSの画面。タイムラインを流し見ながら入力画面を開いて、素早く文字を打ち込んでいく。
《【朗報】弟と3日ぶりに家で会話した》
一つ目を投稿した後、勢いのままにありったけの思いを連投していく。
《俺のことウザいって顔で見る弟、可愛いにも程がある。ずっと視界に入れてもらえなかったから嬉しくて泣きそう》
《無視されるより悪態つかれた方が5億倍マシなんだよな~~今日は良い日だ……》
胸の動悸とずっと抑え込んでいた興奮を心のままに吐き出すと、胸を満たすのは達成感。はーっと深く息を吐いて仰向けになった。
こうしている間にも頬が緩むのを止められない。隣の部屋で兄が一人でニヤついているのを知ったら、間違いなく成海くんにドン引きされるに違いない。
思い返すのは小学五年の頃。
父さんに連れられて家にやってきた成海くんを見て、モノクロだった俺の世界が一瞬で色付いた。
まるで黒猫が毛を逆立てるように、何かを警戒するような目をしていた彼は、年相応の明るさを持たず、周りの子どもよりもやけに落ち着いていたのが印象的だった。
あの瞬間に俺は決めた。
弟が不自由ない暮らしができるように、俺がこの子を支えていこうと。
母子家庭の一人っ子で育ってきた俺は、物心ついたときからずっと弟が欲しかった。
それが念願叶って弟ができると聞いた時は、跳び上がって喜んだものだ。
七年もの間近くでその成長を見てきた俺からしたら、今は成海くんの一挙手一投足が可愛くて仕方がない。
春からは同じ高校に入学してきたものだから、俺の義弟への愛は膨らんでいくばかりで……。
こうして気が付けば俺は、生粋のブラコンへと成長を遂げていた。
(無視されても冷たくされても、やっぱり成海くんは可愛すぎる……!)
悪態を吐かれたって「プンプンしてて可愛いなぁ笑」としか思えなくなってきて、いよいよ末期なのではと自分の身を案じ始めた今日この頃。
先ほどベッドに放り投げたスマホの画面を確認すると、もうすでにたくさんのLIKEが投げられていた。
早速いくつか貰ったリプライに、返信を打っていく。
《おめです!何話したんですか》
《お恥ずかしながら、ノックしても返事がなかったから部屋を開けたら、怒られちゃいました…。その後も面と向かって「だるい」ってw》
《おお!怒られイベ発生ですね!羨ましい!だるいは遠藤氏からしたら最早ご褒美では!?》
《怒ってる弟も可愛かったです!ゴミを見るような目も最高!俺はゴミ以下なんだなってw》
一通り文字を送信した後に、スマホを握りながら喜びを噛み締める。
成海くん、昔からゲームに集中すると電気つけるの忘れちゃうんだよなぁ。
目が悪くならないか勝手に心配してしまうけど、それを言ったらうざがられそうだ。
誰かとの通話中だったのか、早口で捲し立てるような砕けた口調は普段の姿からは想像ができなくて、控えめに言って萌えた。
「はー……会話の内容忘れないうちに全部投稿しておかなきゃ……」
『スマイルチャット』──略して『スマチャ』という、主に不特定多数に向けて呟きを発信することができるSNS。
俺はそこに専用アカウントを作り、日々誰にも吐き出すことのできない義弟への愛を発信している。
ちなみに俺のハンドルネームである『遠藤』という名は、俺の名前が沙也で、昔はサヤエンドウと呼ばれることが多かったことからきている。
中学の頃に開設したアカウントだが、今ではすっかり日常に馴染み、受験勉強の貴重な息抜きにもなっている。
《有識者教えて。弟のしてたゲームなんだけど、目玉が一つしかない怪物が転がりまわってるやつ》
いわゆる『ブラコン界隈』と呼ばれる界隈に分類される俺のフォロワーは、学生から社会人までその年齢層は幅広い。
ただ一つ共通することは、皆一様に兄弟への愛が強すぎるということ。
そんな居心地の良い環境の中にいるときだけ俺は、本当の自分を見せられる。
学校にいるときのアイドルみたいな成海くんも可愛いけど、ツンツンしてる年相応の成海くんが一番尊いんだよなぁ……。
投稿をしながら反応を待つこと数分、通知が鳴ったことに気付いて画面に目を向ける。
いつものフォロワーだろうかと予想していた俺は、映し出される見覚えのない名前に目を見張った。
「えーっと、『なぴちゃ』……? こんなフォロワーいたっけ」
なぴちゃという黒い猫のアイコンの人から送られてきたのはただ一文。
《それ多分デッドサーキットだと思うよぉ》
どうやらゲームに詳しい人のようだ。
その人のプロフィール画面に飛んでみると、自己紹介の欄は空白になっている。
俺に返信したもの以外に他の投稿はしておらず、フォローしているのは俺以外にはゲーム関連の公式サイトばかり。
ブラコン界隈の人でもなさそうだし、どうして俺のことなんかフォローしてくれたんだろう。
少し疑問に思ったけれど、困っている俺にゲームの名前を教えてくれたということは、別に悪い人ではないのだろう。
ほんのしばらく迷った末、なぴちゃに対してフォローを返した。
