「え、ガチで言ってんの? うわ、おまえ勝手なことすんなマジ。俺まで死ぬから」
扉を一枚挟んだ向こう側から、なんだか物騒な声が聞こえてくる。
盗み聞きしているみたいで悪いなと思いつつも、声を掛けたい用事があるのだからどうしたらいいかわからない。
午後六時半。成海くんはどうやら誰かと通話しているらしい。またいつものようにヘッドセットをしているのだろう。ノックをしても気付いてもらえないので、さっきから彼の部屋の前で、うろうろと無駄に歩き回るばかりだ。
勝手に入ってくるなと怒られた過去があるので、迂闊に扉も開けられない。
「あーほら、エサ取られたじゃん。ラスト五分になったら集まるとか常識だろ、ビギナーからやり直せ」
それにしてもゲーム中の成海くん、本当に口が悪い。声を荒げるとかじゃないけど淡々と毒を吐く様子は、普段校内でアイドル然としている様子からは想像も付かないだろう。
このままでは埒が明かないので、俺は一抹の望みをかけて、成海くんにメッセージを送ることにした。
《今部屋の前にいるんだけど、ちょっと出てこれる? タイミングいいときで大丈夫》
少し悩んだ末に文章を打ち込んで送信する。メッセージアプリの右側に、俺の送った文章が反映された。
「もういいわ、おまえそっちから回り込んで。てか復活まだ? ……あーごめん、ちょい抜ける」
気付いてくれるだろうか、という不安になったのも束の間、すぐにメッセージに既読が付いた。
「なーに」
「わっ」
「なに驚いてんの。沙也ちゃんが呼んだんでしょ」
間髪入れずに部屋から成海くんが顔を出したので、驚いて大袈裟に後ずさりをしてしまった。
「だ、だって今ゲームの途中だったんじゃ……」
「沙也ちゃんからの呼び出しなんて珍しいもん。放り出してきちゃった。多分友達キレてるけど」
知ーらない、と無邪気に笑う姿は、さっきまで毒を吐いていた人物と同一人物とは思えない。
なにかの気まぐれだって、俺の方を選んでくれたことが嬉しい。
にっこりと微笑む成海くんを前に、むず痒い気持ちになりながら言葉を探した。
「実は台風のせいで、父さんが出張先から帰って来れなくなっちゃったみたいで……母さんも今日夜勤だし、今夜は出前でも頼もうと思うんだけど」
「じゃあ今日は沙也ちゃんと俺の二人っきりってこと?」
「そっ……そうなります」
「ふーん。ちょっと待ってて、通話終わらせてくるから」
改めて”二人きり”と言われると、なんだか意識してしまう。
さっさと部屋に戻っていって、かと思えばすぐに部屋から出てきた彼の表情は、どこかご機嫌なようにみえる。
「よかったの?」
「別にゲームはいつでもできるし。せっかく沙也ちゃんと二人なんだから、そっちのが優先」
「そうなんだ……?」
「出前決めるんでしょ、下行こ」
一階に降りていく成海くんの背を追いながら、体温がじわじわと上がるのを感じる。
(だから、そういうこと平気で言わないでってば)
きっと成海くんにとってはなんてことない発言なんだろうけど、俺にとっては重い一撃すぎる。
すぐに赤くなってしまう自分が嫌で、階段を降りながら一生懸命平静を装った。
「何にする? たまには中華料理とかどうかな」
「いいね」
リビングのソファーに腰を下ろすと、成海くんも俺の隣に座ってきた。以前は一人分の間隔を空けていたはずなのに、今日は肩が触れるほど近くに詰めてきている。
「んー……」
……近い。
背もたれに片腕を回している成海くんが、俺の肩越しに画面を覗き込んでくるので、吐息が首元にあたってくすぐったい。
成海くんはこんなの全然平気なのだろう。そんなの当たり前だ。
じゃあ俺はどうして平気になれないんだろう。
距離が離れたら寂しいって思うくせに、近付きすぎても呼吸が上手にできないなんて、矛盾している。
「……っ俺、炒飯にしようかな」
「じゃあ俺は酢豚」
「おっけー。注文するね」
震える手で注文を終えて成海くんが離れると、ようやく大きく息を吸うことができた。
「この時間混んでるから三十分かかるって。先にシャワーにする?」
「そうしよっかな」
「成海くん先いいよ。俺父さん達に連絡しなきゃだから」
「はーい」
成海くんが脱衣所に去っていくのを”兄”の顔をしながら見届けた後、俺はすかさずスマチャを開いた。
もはや精神安定剤のようなものだ。頭の中のふわっとした曖昧な感情を言語化して吐き出すことで、自分の気持ちを整理することができている。
《三度の飯よりゲームが好きな弟が、ゲームより俺を優先してくれた。うれしい》
投稿をすると、すぐにフォロワーからリプライが届いた。
《遠藤さんの呟き、最近変わりましたよね》
《何がですか?》
《前までは俺の弟かわい~っていう内容が多かったのに、最近言わないじゃないですか。仲が縮まってるみたいでよかったです^^》
確かに言われてみればそうかもしれない。
変わったことといえば、今まで遠くから見守っていただけだった成海くんと、直接会話を交わす機会が増えたことだろう。
それによって俺の中の成海くん像がアップデートされたというのも、理由のひとつかもしれない。
確かに彼が可愛い義弟だということは変わらない。
だけど最近は可愛いだなんて言葉に収めるのを躊躇われるような一面を知ることが増えた。色っぽいというか、やけに大人びた表情を見せてくることが増えて、可愛いと思う回数よりもかっこいいと思う回数の方が多いかもしれない。
例えるならば子犬だと思っていたら肉食獣だった、みたいな感じだろうか。
(ただまだ自分の中で、折り合いがついてないんだよね……)
あまりにも急に成海くんの情報が最新にアップデートされたものだから、俺の心は置いてけぼりになってしまっている。
戸惑うどころか振り回されてドキドキして、自分が自分じゃないみたいだ。
しばらくフォロワーにコメントを返したり、タイムラインを眺めていた俺は、不意にあるユーザーの名前を見かけて指を止めた。
そういえば、最近なぴちゃからリプライが来ない。
以前は俺をからかうような内容のものがよく届いていたはずだ。最後にやりとりをしたのは、もう二週間も前。少し悩んだ末、俺は初めて自分からなぴちゃにDMを送ってみた。
《こんばんは。この前はありがとうございました。なぴちゃさんの言う通りにハグしてみたら、無事に仲直りできました……!》
正確に言うとハグに至るまでの過程にはいろいろあったのだが、そこはあえて割愛しておこう。勢いのままに送信した後に、じっと画面を見つめて返事を待つ。
最初の方は一方的に俺のことを知られているし、何か危害を加えられたらどうしようなんて警戒したりもしていたけど、あれから結構経っているのになぴちゃは現実の俺に接触してこようとしない。
気まぐれにSNS上で俺に助言をくれて、なかったかのようにいなくなる。
まるでゲームの中のお助けキャラみたいだ。イメージはなぴちゃがアイコンにしている、この黒猫の絵みたいな感じ。謎にめちゃくちゃ画質悪いけど……。
(っていうか変わったユーザー名だなぁ。声に出して読みづらい……)
俺のユーザー名は「@sayaendo33」。ただのあだ名と誕生日の羅列だが、なぴちゃのそれは「@urmaImNai」とアルファベットの羅列になっている。どうやら初期の状態のまま一度も変更をしていないようだ。
それにしても、いつもなら送ったらすぐにレスが来るはずのなぴちゃからは珍しく返信がこない。
近頃は忙しいのだろうか。学生だったらもうすぐテスト期間に入る頃だろう。それとも俺と一緒で受験生だったりして。
「沙也ちゃーん、シャンプーなくなった。詰め替え取って」
「はーい」
興味本位で思考を巡らせていると、浴室の方から成海くんの声が聞こえてきた。
返事をしながら脱衣所の扉を開けると、浴室からシャワーの音が響いている。この中で成海くんがシャワーを浴びているのかと一瞬想像してしまい、なんだか居た堪れない気持ちになった。
「な、成海くんのシャンプーってこの黒いやつ?」
「違うー。紫の」
「あー、これか」
洗面台の下の引き出しの中からお目当てのものを取り出した俺は、よいしょと声を漏らしながら立ち上がる。
不意に、視界の端で何かが点滅した。
視線を向けると、そこにはラックの上に置かれている成海くんのスマホがあった。
バイブレーションが振動して、ひっきりなしに通知が響いている。例の金髪のお友達からだろうか。何気なく目を向けていた俺は、その下に見覚えのあるアイコンの通知を見つけた。
(あれ、これって──)
「──ありがと」
声がしてハッと振り向くと、いつのまにか浴室の扉が開かれていて、成海くんが立っていた。
濡れている髪は掻き上げられていて、普段は前髪で隠されている額が露わになっている。
それだけで結構な破壊力なのに、想像よりずっと筋肉質な上半身に目を疑った。
出会った頃の成海くんはひょろっとしていたはずだ。意外と着痩せするタイプなのだろうか。年がら年中ゲームしかしていないはずなのに、どうして俺より胸筋があるんだ。
「ねえ、見すぎ」
「あっ、いや、見てない全然っ!」
「っはは、なんでそこで意地張るの。沙也ちゃんってほんとおもしろ」
俺の手からさらっとシャンプーの詰め替えを奪っていった成海くんは、じゃあねと言って扉の向こうに消えていった。
まだ動揺を隠せない心臓は、バクバクと早鐘を打っている。
(あんなの見たら、可愛いとか迂闊に言えないって)
少年だった成海くんはもういない。
身長だってあっという間に俺を抜いたし、これからどんどん大人になっていく。
いつまでも可愛い可愛いと愛でていた過去の自分を恥じたい。
まざまざとそれを思い知らされて、じゃあ俺は、これからどうやって成海くんを愛でていけばいいのだろうとふと不安になった。
兄弟の正しい在り方って何なのか、いまいちよくわからない。
成海くんを弟として大事に想う気持ちは変わらないけど、最近の俺は、以前までとはどこか感情の色が違うような気がする。
考えてもきりがない。とにかく早く脱衣所を出ようと思った矢先に、ふと成海くんのスマホが伏せられているのに気が付いた。
俺が動揺している間に伏せたのだろうか。
でも、一体どうして?
疑問に思ったが、特にそこまで深く考えることはなかった。
扉を一枚挟んだ向こう側から、なんだか物騒な声が聞こえてくる。
盗み聞きしているみたいで悪いなと思いつつも、声を掛けたい用事があるのだからどうしたらいいかわからない。
午後六時半。成海くんはどうやら誰かと通話しているらしい。またいつものようにヘッドセットをしているのだろう。ノックをしても気付いてもらえないので、さっきから彼の部屋の前で、うろうろと無駄に歩き回るばかりだ。
勝手に入ってくるなと怒られた過去があるので、迂闊に扉も開けられない。
「あーほら、エサ取られたじゃん。ラスト五分になったら集まるとか常識だろ、ビギナーからやり直せ」
それにしてもゲーム中の成海くん、本当に口が悪い。声を荒げるとかじゃないけど淡々と毒を吐く様子は、普段校内でアイドル然としている様子からは想像も付かないだろう。
このままでは埒が明かないので、俺は一抹の望みをかけて、成海くんにメッセージを送ることにした。
《今部屋の前にいるんだけど、ちょっと出てこれる? タイミングいいときで大丈夫》
少し悩んだ末に文章を打ち込んで送信する。メッセージアプリの右側に、俺の送った文章が反映された。
「もういいわ、おまえそっちから回り込んで。てか復活まだ? ……あーごめん、ちょい抜ける」
気付いてくれるだろうか、という不安になったのも束の間、すぐにメッセージに既読が付いた。
「なーに」
「わっ」
「なに驚いてんの。沙也ちゃんが呼んだんでしょ」
間髪入れずに部屋から成海くんが顔を出したので、驚いて大袈裟に後ずさりをしてしまった。
「だ、だって今ゲームの途中だったんじゃ……」
「沙也ちゃんからの呼び出しなんて珍しいもん。放り出してきちゃった。多分友達キレてるけど」
知ーらない、と無邪気に笑う姿は、さっきまで毒を吐いていた人物と同一人物とは思えない。
なにかの気まぐれだって、俺の方を選んでくれたことが嬉しい。
にっこりと微笑む成海くんを前に、むず痒い気持ちになりながら言葉を探した。
「実は台風のせいで、父さんが出張先から帰って来れなくなっちゃったみたいで……母さんも今日夜勤だし、今夜は出前でも頼もうと思うんだけど」
「じゃあ今日は沙也ちゃんと俺の二人っきりってこと?」
「そっ……そうなります」
「ふーん。ちょっと待ってて、通話終わらせてくるから」
改めて”二人きり”と言われると、なんだか意識してしまう。
さっさと部屋に戻っていって、かと思えばすぐに部屋から出てきた彼の表情は、どこかご機嫌なようにみえる。
「よかったの?」
「別にゲームはいつでもできるし。せっかく沙也ちゃんと二人なんだから、そっちのが優先」
「そうなんだ……?」
「出前決めるんでしょ、下行こ」
一階に降りていく成海くんの背を追いながら、体温がじわじわと上がるのを感じる。
(だから、そういうこと平気で言わないでってば)
きっと成海くんにとってはなんてことない発言なんだろうけど、俺にとっては重い一撃すぎる。
すぐに赤くなってしまう自分が嫌で、階段を降りながら一生懸命平静を装った。
「何にする? たまには中華料理とかどうかな」
「いいね」
リビングのソファーに腰を下ろすと、成海くんも俺の隣に座ってきた。以前は一人分の間隔を空けていたはずなのに、今日は肩が触れるほど近くに詰めてきている。
「んー……」
……近い。
背もたれに片腕を回している成海くんが、俺の肩越しに画面を覗き込んでくるので、吐息が首元にあたってくすぐったい。
成海くんはこんなの全然平気なのだろう。そんなの当たり前だ。
じゃあ俺はどうして平気になれないんだろう。
距離が離れたら寂しいって思うくせに、近付きすぎても呼吸が上手にできないなんて、矛盾している。
「……っ俺、炒飯にしようかな」
「じゃあ俺は酢豚」
「おっけー。注文するね」
震える手で注文を終えて成海くんが離れると、ようやく大きく息を吸うことができた。
「この時間混んでるから三十分かかるって。先にシャワーにする?」
「そうしよっかな」
「成海くん先いいよ。俺父さん達に連絡しなきゃだから」
「はーい」
成海くんが脱衣所に去っていくのを”兄”の顔をしながら見届けた後、俺はすかさずスマチャを開いた。
もはや精神安定剤のようなものだ。頭の中のふわっとした曖昧な感情を言語化して吐き出すことで、自分の気持ちを整理することができている。
《三度の飯よりゲームが好きな弟が、ゲームより俺を優先してくれた。うれしい》
投稿をすると、すぐにフォロワーからリプライが届いた。
《遠藤さんの呟き、最近変わりましたよね》
《何がですか?》
《前までは俺の弟かわい~っていう内容が多かったのに、最近言わないじゃないですか。仲が縮まってるみたいでよかったです^^》
確かに言われてみればそうかもしれない。
変わったことといえば、今まで遠くから見守っていただけだった成海くんと、直接会話を交わす機会が増えたことだろう。
それによって俺の中の成海くん像がアップデートされたというのも、理由のひとつかもしれない。
確かに彼が可愛い義弟だということは変わらない。
だけど最近は可愛いだなんて言葉に収めるのを躊躇われるような一面を知ることが増えた。色っぽいというか、やけに大人びた表情を見せてくることが増えて、可愛いと思う回数よりもかっこいいと思う回数の方が多いかもしれない。
例えるならば子犬だと思っていたら肉食獣だった、みたいな感じだろうか。
(ただまだ自分の中で、折り合いがついてないんだよね……)
あまりにも急に成海くんの情報が最新にアップデートされたものだから、俺の心は置いてけぼりになってしまっている。
戸惑うどころか振り回されてドキドキして、自分が自分じゃないみたいだ。
しばらくフォロワーにコメントを返したり、タイムラインを眺めていた俺は、不意にあるユーザーの名前を見かけて指を止めた。
そういえば、最近なぴちゃからリプライが来ない。
以前は俺をからかうような内容のものがよく届いていたはずだ。最後にやりとりをしたのは、もう二週間も前。少し悩んだ末、俺は初めて自分からなぴちゃにDMを送ってみた。
《こんばんは。この前はありがとうございました。なぴちゃさんの言う通りにハグしてみたら、無事に仲直りできました……!》
正確に言うとハグに至るまでの過程にはいろいろあったのだが、そこはあえて割愛しておこう。勢いのままに送信した後に、じっと画面を見つめて返事を待つ。
最初の方は一方的に俺のことを知られているし、何か危害を加えられたらどうしようなんて警戒したりもしていたけど、あれから結構経っているのになぴちゃは現実の俺に接触してこようとしない。
気まぐれにSNS上で俺に助言をくれて、なかったかのようにいなくなる。
まるでゲームの中のお助けキャラみたいだ。イメージはなぴちゃがアイコンにしている、この黒猫の絵みたいな感じ。謎にめちゃくちゃ画質悪いけど……。
(っていうか変わったユーザー名だなぁ。声に出して読みづらい……)
俺のユーザー名は「@sayaendo33」。ただのあだ名と誕生日の羅列だが、なぴちゃのそれは「@urmaImNai」とアルファベットの羅列になっている。どうやら初期の状態のまま一度も変更をしていないようだ。
それにしても、いつもなら送ったらすぐにレスが来るはずのなぴちゃからは珍しく返信がこない。
近頃は忙しいのだろうか。学生だったらもうすぐテスト期間に入る頃だろう。それとも俺と一緒で受験生だったりして。
「沙也ちゃーん、シャンプーなくなった。詰め替え取って」
「はーい」
興味本位で思考を巡らせていると、浴室の方から成海くんの声が聞こえてきた。
返事をしながら脱衣所の扉を開けると、浴室からシャワーの音が響いている。この中で成海くんがシャワーを浴びているのかと一瞬想像してしまい、なんだか居た堪れない気持ちになった。
「な、成海くんのシャンプーってこの黒いやつ?」
「違うー。紫の」
「あー、これか」
洗面台の下の引き出しの中からお目当てのものを取り出した俺は、よいしょと声を漏らしながら立ち上がる。
不意に、視界の端で何かが点滅した。
視線を向けると、そこにはラックの上に置かれている成海くんのスマホがあった。
バイブレーションが振動して、ひっきりなしに通知が響いている。例の金髪のお友達からだろうか。何気なく目を向けていた俺は、その下に見覚えのあるアイコンの通知を見つけた。
(あれ、これって──)
「──ありがと」
声がしてハッと振り向くと、いつのまにか浴室の扉が開かれていて、成海くんが立っていた。
濡れている髪は掻き上げられていて、普段は前髪で隠されている額が露わになっている。
それだけで結構な破壊力なのに、想像よりずっと筋肉質な上半身に目を疑った。
出会った頃の成海くんはひょろっとしていたはずだ。意外と着痩せするタイプなのだろうか。年がら年中ゲームしかしていないはずなのに、どうして俺より胸筋があるんだ。
「ねえ、見すぎ」
「あっ、いや、見てない全然っ!」
「っはは、なんでそこで意地張るの。沙也ちゃんってほんとおもしろ」
俺の手からさらっとシャンプーの詰め替えを奪っていった成海くんは、じゃあねと言って扉の向こうに消えていった。
まだ動揺を隠せない心臓は、バクバクと早鐘を打っている。
(あんなの見たら、可愛いとか迂闊に言えないって)
少年だった成海くんはもういない。
身長だってあっという間に俺を抜いたし、これからどんどん大人になっていく。
いつまでも可愛い可愛いと愛でていた過去の自分を恥じたい。
まざまざとそれを思い知らされて、じゃあ俺は、これからどうやって成海くんを愛でていけばいいのだろうとふと不安になった。
兄弟の正しい在り方って何なのか、いまいちよくわからない。
成海くんを弟として大事に想う気持ちは変わらないけど、最近の俺は、以前までとはどこか感情の色が違うような気がする。
考えてもきりがない。とにかく早く脱衣所を出ようと思った矢先に、ふと成海くんのスマホが伏せられているのに気が付いた。
俺が動揺している間に伏せたのだろうか。
でも、一体どうして?
疑問に思ったが、特にそこまで深く考えることはなかった。

