「今日はありがとう。楽しかった」
「俺も。また話しましょう」
「ぜひぜひ。頭の良い日南くんのおかげで勉強も捗ったし、一石二鳥でしかないや」
荷物を纏めた古賀くんが、軽い足取りで廊下を進んで玄関へと向かう。その背を追って歩いていると、後ろから階段を降りてくる足音が聞こえてきた。
「……あ、成海くん」
愛しの義弟の登場に、俺の心が躍り出す。
今日の成海くんも全身真っ黒だ。
家から一歩も出ていないはずの彼はゆるっとしたスウェットを着ていて、髪には寝癖がついている。
可愛いなあと思いながら俺が声を掛けると、彼の視線が俺を通り越して、その後ろに向けられていることに気が付いた。
「……ダレ」
「あ、紹介するね。俺のフォロ……同級生の古賀くんです」
「古賀でーす、お兄さんにはお世話になってます」
俺の声に合わせて、古賀くんが俺の後ろからひょこっと顔を出す。
危ない、フォロワーって言っちゃうところだった。
バレてないよな……と思いつつ笑顔で取り繕うが、成海くんの表情は険しいままだ。
「弟くん、あんまりお兄さんに冷たくしないようにね。こう見えてきみのお兄さん、繊細なところあるからさ」
「こっ古賀くん……!?」
急に古賀くんが爆弾を落とし始めるので、俺は目を剥きそうになった。
慌てる俺をよそに、古賀くんは俺の肩に後ろからぽんと手を置きながら、優しく説き伏せるように言葉を続ける。
「反抗したくなる気持ちもわかるけど、せっかく縁あって兄弟になったんだからさ。お兄さん、さっきだってずーっときみのこと話してて……」
古賀くんがそれ以上言葉を続けることはなかった。
いきなり俺の手首を掴んだ成海くんが、まるで古賀くんのそばから引き離すように、俺の身体を自分のもとに引き寄せたからだ。
「何様のつもりか知らないけど、俺の方が沙也ちゃんのことよく知ってっから」
「……は?」
言われた言葉が理解できず、自分の口から調子の外れた声が漏れる。
いつのまにか彼の手が俺の腰に回っていることに気付いて、全身が硬直した。
意味がわからない。ただひたすら、目の前がぐるぐると回っている。
どうして成海くんがそんなことを。そもそも俺のことを知ってるってなに。いつもはそんなこと言わないくせに。
そんな、まるで張り合うみたいな──。
「ね。沙也ちゃんは俺にしか興味ないもんね」
「……っ」
俺の思考にとどめを刺すように、成海くんが俺の顔を覗き込んで、やけに圧の強い笑顔で同意を求めてきた。
いや本当のことだし、一切否定するところはないんだけど、とりあえず顔が近い。顔が近すぎて何も頭に入ってこなくて、笑顔が可愛くてかっこよくて、それから。
返す言葉もなく頭を真っ白にしているうちに、古賀くんはどこか嬉しそうな様子で帰っていってしまった。
玄関が閉まると、成海くんの貼り付けたような笑顔は嘘みたいに消えて、代わりにピリピリとした空気が残っている。
「な、成海くんっ、さっきのなに」
「さっきのって?」
「よく知ってるとか、興味ないとか……あんなこと他の人の前で言わなくたって……!」
同級生かつフォロワーの前で弟に骨抜きにされているところを晒すなんて、情けないし恥ずかしい。
抗議の意味を込めて成海くんを睨み上げるが、彼は飄々とした様子で欠伸をしている。
「えー……なに、図星だから怒ってんの?」
「違っ……くもないけど……」
「ふ、違くもないんだ」
「……っく」
クソッ……!
俺が完全に否定できないばかりに、こうして鼻で笑われる屈辱。本当は違うって言いたかったのに、頭が真っ白で言葉が出てこなかった。
楽しそうに笑っていた成海くんは、急にむっとした顔になる。
「アイツムカつく。沙也ちゃんのこと何でも知ってます~みたいな顔しやがって」
「古賀くんは悪い人じゃないよ」
「……チッ。名前出すのやめてくんない、不快だから」
なんて理不尽なんだ。
じゃあなんて呼んだらいいの、と聞きたかったが、ますます機嫌を損ねてもいけないので控えておいた。
「てか日曜の昼間から今までずっといたわけ。男二人でリビングでなにしてたの」
「なにって……勉強しつつ語り合い、的な」
「へえ、どうだか」
まただ。成海くん、さっきからやけに噛み付いてくるし、何故か古賀くんのことを目の敵にしている。
今だっていつもより殺気立っているように見えるし、いつもの三倍は刺々しい。
「さっきから何で怒ってるの」
「怒ってねぇし、もういいよ。俺シャワー浴びにきただけだから」
「あっ、ちょっと成海くん……!」
ばたんと無情にも扉を閉められ、俺と成海くんの世界は遮断されてしまった。
ひとり残された俺は困り果て、嘆息する。
そんなに家に他人を入れたのが嫌だったのだろうか。
友人を呼んだのは初めてだったし、これからは成海くんに事前に声を掛けておくとか、気を遣った方がいいのかもしれない。
この時はまだ知らなかった。
まさかこの些細な出来事が、想像以上に成海くんを怒らせていただなんて。
「俺も。また話しましょう」
「ぜひぜひ。頭の良い日南くんのおかげで勉強も捗ったし、一石二鳥でしかないや」
荷物を纏めた古賀くんが、軽い足取りで廊下を進んで玄関へと向かう。その背を追って歩いていると、後ろから階段を降りてくる足音が聞こえてきた。
「……あ、成海くん」
愛しの義弟の登場に、俺の心が躍り出す。
今日の成海くんも全身真っ黒だ。
家から一歩も出ていないはずの彼はゆるっとしたスウェットを着ていて、髪には寝癖がついている。
可愛いなあと思いながら俺が声を掛けると、彼の視線が俺を通り越して、その後ろに向けられていることに気が付いた。
「……ダレ」
「あ、紹介するね。俺のフォロ……同級生の古賀くんです」
「古賀でーす、お兄さんにはお世話になってます」
俺の声に合わせて、古賀くんが俺の後ろからひょこっと顔を出す。
危ない、フォロワーって言っちゃうところだった。
バレてないよな……と思いつつ笑顔で取り繕うが、成海くんの表情は険しいままだ。
「弟くん、あんまりお兄さんに冷たくしないようにね。こう見えてきみのお兄さん、繊細なところあるからさ」
「こっ古賀くん……!?」
急に古賀くんが爆弾を落とし始めるので、俺は目を剥きそうになった。
慌てる俺をよそに、古賀くんは俺の肩に後ろからぽんと手を置きながら、優しく説き伏せるように言葉を続ける。
「反抗したくなる気持ちもわかるけど、せっかく縁あって兄弟になったんだからさ。お兄さん、さっきだってずーっときみのこと話してて……」
古賀くんがそれ以上言葉を続けることはなかった。
いきなり俺の手首を掴んだ成海くんが、まるで古賀くんのそばから引き離すように、俺の身体を自分のもとに引き寄せたからだ。
「何様のつもりか知らないけど、俺の方が沙也ちゃんのことよく知ってっから」
「……は?」
言われた言葉が理解できず、自分の口から調子の外れた声が漏れる。
いつのまにか彼の手が俺の腰に回っていることに気付いて、全身が硬直した。
意味がわからない。ただひたすら、目の前がぐるぐると回っている。
どうして成海くんがそんなことを。そもそも俺のことを知ってるってなに。いつもはそんなこと言わないくせに。
そんな、まるで張り合うみたいな──。
「ね。沙也ちゃんは俺にしか興味ないもんね」
「……っ」
俺の思考にとどめを刺すように、成海くんが俺の顔を覗き込んで、やけに圧の強い笑顔で同意を求めてきた。
いや本当のことだし、一切否定するところはないんだけど、とりあえず顔が近い。顔が近すぎて何も頭に入ってこなくて、笑顔が可愛くてかっこよくて、それから。
返す言葉もなく頭を真っ白にしているうちに、古賀くんはどこか嬉しそうな様子で帰っていってしまった。
玄関が閉まると、成海くんの貼り付けたような笑顔は嘘みたいに消えて、代わりにピリピリとした空気が残っている。
「な、成海くんっ、さっきのなに」
「さっきのって?」
「よく知ってるとか、興味ないとか……あんなこと他の人の前で言わなくたって……!」
同級生かつフォロワーの前で弟に骨抜きにされているところを晒すなんて、情けないし恥ずかしい。
抗議の意味を込めて成海くんを睨み上げるが、彼は飄々とした様子で欠伸をしている。
「えー……なに、図星だから怒ってんの?」
「違っ……くもないけど……」
「ふ、違くもないんだ」
「……っく」
クソッ……!
俺が完全に否定できないばかりに、こうして鼻で笑われる屈辱。本当は違うって言いたかったのに、頭が真っ白で言葉が出てこなかった。
楽しそうに笑っていた成海くんは、急にむっとした顔になる。
「アイツムカつく。沙也ちゃんのこと何でも知ってます~みたいな顔しやがって」
「古賀くんは悪い人じゃないよ」
「……チッ。名前出すのやめてくんない、不快だから」
なんて理不尽なんだ。
じゃあなんて呼んだらいいの、と聞きたかったが、ますます機嫌を損ねてもいけないので控えておいた。
「てか日曜の昼間から今までずっといたわけ。男二人でリビングでなにしてたの」
「なにって……勉強しつつ語り合い、的な」
「へえ、どうだか」
まただ。成海くん、さっきからやけに噛み付いてくるし、何故か古賀くんのことを目の敵にしている。
今だっていつもより殺気立っているように見えるし、いつもの三倍は刺々しい。
「さっきから何で怒ってるの」
「怒ってねぇし、もういいよ。俺シャワー浴びにきただけだから」
「あっ、ちょっと成海くん……!」
ばたんと無情にも扉を閉められ、俺と成海くんの世界は遮断されてしまった。
ひとり残された俺は困り果て、嘆息する。
そんなに家に他人を入れたのが嫌だったのだろうか。
友人を呼んだのは初めてだったし、これからは成海くんに事前に声を掛けておくとか、気を遣った方がいいのかもしれない。
この時はまだ知らなかった。
まさかこの些細な出来事が、想像以上に成海くんを怒らせていただなんて。
