午後はちょっとしたトラブルの対応に追われていたためか、余計なことを考えなくて済んだ。残業もほぼないようなもので終わりホッとする。
落ち着いて思い返せば、忍の浅倉への反応は過剰なものだったと思う。だがそれでも熾火のような怒りは収まらなかった。このままでは八つ当たりをしてしまいそうなので、落ち着くまで浅倉とは、しばらくは顔を合わせないほうがいいだろう。
忍が帰宅すると、いぶきの友達が遊びに来ていた。
いぶきが浅倉に何か吹き込んでいるんじゃないのか確かめたかったが、後にしたほうがよさそうだ。
「あ、忍さん、お邪魔してまーす」
「美奈子ちゃん、いらっしゃい」
砂流美奈子は、いぶきの小学校からの友達だ。学区の関係で中学は別だったが高校でまた一緒になり、いぶきが唯一二人きりでも会う貴重な友人である。
今日の食事当番はいぶきなのだが、二人で仕込みをしていたようだ。
心晴の小さな仏壇にただいまを言い、部屋着に着替えてリビングに戻ると、美奈子が何か言いたそうにニコニコしている。
「どうしたの? 楽しそうね」
冷やしてあったアイスティーを飲みながら声をかけると、美奈子は待ってましたとばかりに大きく笑った。
「忍さーん、聞いてー」
「ちょっと、ミナ」
顔をしかめていぶきが止めるが、美奈子は
「いいじゃない」
と言って話を続ける。いぶきは肩をすくめて、夕飯作りに戻った。今日のメニューはコンソメ醤油味のロールキャベツのようだ。
「あのね、今、私のイトコが帰ってきてるんですよ」
「ああ、東京の大学に行ってる?」
「そうそう、その子」
美奈子のイトコは、いぶきのバイト先オーナーの息子だったはずだ。確かいぶきたちと同じ年だったはずだが、タイミングの関係か面識はないと聞いていた。
それが初めて顔を合わせたらしい。
「不思議ですよねー。イブと瑛太、同じ中学だったのに、接点がなかったんですよ」
ニヤニヤといぶきを見る美奈子にいぶきは、「そんな子いっぱいいるよ」と、素っ気ない。中学は五クラスあったので、一度も同じクラスや委員にならなければ知り合わなくても不思議はない。
だが美奈子によれば、イトコである亀井瑛太は中学では割と有名だったというのだ。生徒会長も務めてたらしく、いぶきも「顔くらいは知ってる」らしい。だが美奈子が面白半分で会わせようとしても、同じ極の磁石が反発するかのように、必ずすれ違うと聞いて少し面白くなった。
「なぜそんなに会わせてみたかったの?」
そう尋ねた忍に、美奈子はいたずらっぽい笑顔を向ける。
今日美奈子はうちに来るため、いぶきのバイト先――というより、親戚宅としてKAMEYA、もとい亀井家の自宅のほうに遊びに行っていたらしい。亀井宅は店とつながっているのだ。美奈子の母と瑛太の父が姉弟らしい。
瑛太の母が亡くなったことをきっかけに、五年生の時にこの町に越してきた亀井家だが、もともと親戚の交流は密だったようで、美奈子と瑛太は小さいころから兄弟のようだったという。
瑛太が中学三年生の時に父親が再婚し、瑛太は大学進学のため今は母方の叔父のところに下宿しているそうだ。
「けっこう複雑なお宅なのね」
「そうでもないですよ。瑛太、新しいお母さんとも仲いいですし、生まれた弟のこともすっごく可愛がってますから」
なぜか亀井家のことを詳しく話して聞かせた美奈子は、スマホをいじって忍に一枚の写真を見せてくる。
「で、これが瑛太なんですけどね」
「あら、かっこいいじゃない。モデルさんみたいね」
それは普通のスナップでありながら、なんとも普通とは言い難い男の子が映っていた。その王子様風の甘い顔立ちに、これは子どものころからさぞやモテモテだったに違いないと感心する。
「そうなんですよ。昔からほっといても女の子が隣にいるようなやつなんです」
実際タウン誌ではあるが、時々モデルのバイトもしているそうだ。高校までは彼が家の手伝いをしていると、一目見ようと女性客であふれていたという。
全く知らなかった。
イトコがとにかく目立つため、美奈子は普段、特に女子には彼と親戚だと知られないよう、最大限に気を付けていたという。
「なのに、いぶきとは会わせてみたかったの?」
醤油を切らしたと、いぶきが近所のスーパーに走ったため、忍は率直に聞くことにした。
「へへ、そうなんです。だって、イブは男の子にすごくモテるでしょ。ぜーんぶ塩対応だし、誰とも付き合おうとしないけど。瑛太のほうは来るもの拒まずってほどじゃないけど、やっぱりモテモテで。そんな二人が顔を合わせたらどうなるのかなーって、ずっと興味があったんです!」
今ちょうどフリーみたいだしと、美奈子がいたずらを企んだ子どものように笑うので、忍はようやく合点がいった。
どうやら彼女は、モテるイトコの鼻をへし折りたかったらしい。
「もしそれで、いぶきのほうが彼に夢中になったらどうするつもりだったの?」
「それはそれでありだと思いません?」
美奈子が急にきりっとした顔でそう言うので、まあ、それも人生経験としてありだと納得してしまった。
「美奈子ちゃんはイトコ君に恋したこととかなかったの?」
美奈子の彼氏は高校の同級生で、いぶきとも友人の笹木良太だ。がっちりしたスポーツマンといった感じで、瑛太とはタイプが違う。だがなんとなく気になってそう聞いてみると、
「ないですね。気持ちの中では完全に、離れて暮らす双子みたいな感じですから」
と、美奈子はニッと笑う。近すぎて異性に見えたことなど一度もないのだと。
「で、今日、やっぱりーってことが起こったんですよ」
落ち着いて思い返せば、忍の浅倉への反応は過剰なものだったと思う。だがそれでも熾火のような怒りは収まらなかった。このままでは八つ当たりをしてしまいそうなので、落ち着くまで浅倉とは、しばらくは顔を合わせないほうがいいだろう。
忍が帰宅すると、いぶきの友達が遊びに来ていた。
いぶきが浅倉に何か吹き込んでいるんじゃないのか確かめたかったが、後にしたほうがよさそうだ。
「あ、忍さん、お邪魔してまーす」
「美奈子ちゃん、いらっしゃい」
砂流美奈子は、いぶきの小学校からの友達だ。学区の関係で中学は別だったが高校でまた一緒になり、いぶきが唯一二人きりでも会う貴重な友人である。
今日の食事当番はいぶきなのだが、二人で仕込みをしていたようだ。
心晴の小さな仏壇にただいまを言い、部屋着に着替えてリビングに戻ると、美奈子が何か言いたそうにニコニコしている。
「どうしたの? 楽しそうね」
冷やしてあったアイスティーを飲みながら声をかけると、美奈子は待ってましたとばかりに大きく笑った。
「忍さーん、聞いてー」
「ちょっと、ミナ」
顔をしかめていぶきが止めるが、美奈子は
「いいじゃない」
と言って話を続ける。いぶきは肩をすくめて、夕飯作りに戻った。今日のメニューはコンソメ醤油味のロールキャベツのようだ。
「あのね、今、私のイトコが帰ってきてるんですよ」
「ああ、東京の大学に行ってる?」
「そうそう、その子」
美奈子のイトコは、いぶきのバイト先オーナーの息子だったはずだ。確かいぶきたちと同じ年だったはずだが、タイミングの関係か面識はないと聞いていた。
それが初めて顔を合わせたらしい。
「不思議ですよねー。イブと瑛太、同じ中学だったのに、接点がなかったんですよ」
ニヤニヤといぶきを見る美奈子にいぶきは、「そんな子いっぱいいるよ」と、素っ気ない。中学は五クラスあったので、一度も同じクラスや委員にならなければ知り合わなくても不思議はない。
だが美奈子によれば、イトコである亀井瑛太は中学では割と有名だったというのだ。生徒会長も務めてたらしく、いぶきも「顔くらいは知ってる」らしい。だが美奈子が面白半分で会わせようとしても、同じ極の磁石が反発するかのように、必ずすれ違うと聞いて少し面白くなった。
「なぜそんなに会わせてみたかったの?」
そう尋ねた忍に、美奈子はいたずらっぽい笑顔を向ける。
今日美奈子はうちに来るため、いぶきのバイト先――というより、親戚宅としてKAMEYA、もとい亀井家の自宅のほうに遊びに行っていたらしい。亀井宅は店とつながっているのだ。美奈子の母と瑛太の父が姉弟らしい。
瑛太の母が亡くなったことをきっかけに、五年生の時にこの町に越してきた亀井家だが、もともと親戚の交流は密だったようで、美奈子と瑛太は小さいころから兄弟のようだったという。
瑛太が中学三年生の時に父親が再婚し、瑛太は大学進学のため今は母方の叔父のところに下宿しているそうだ。
「けっこう複雑なお宅なのね」
「そうでもないですよ。瑛太、新しいお母さんとも仲いいですし、生まれた弟のこともすっごく可愛がってますから」
なぜか亀井家のことを詳しく話して聞かせた美奈子は、スマホをいじって忍に一枚の写真を見せてくる。
「で、これが瑛太なんですけどね」
「あら、かっこいいじゃない。モデルさんみたいね」
それは普通のスナップでありながら、なんとも普通とは言い難い男の子が映っていた。その王子様風の甘い顔立ちに、これは子どものころからさぞやモテモテだったに違いないと感心する。
「そうなんですよ。昔からほっといても女の子が隣にいるようなやつなんです」
実際タウン誌ではあるが、時々モデルのバイトもしているそうだ。高校までは彼が家の手伝いをしていると、一目見ようと女性客であふれていたという。
全く知らなかった。
イトコがとにかく目立つため、美奈子は普段、特に女子には彼と親戚だと知られないよう、最大限に気を付けていたという。
「なのに、いぶきとは会わせてみたかったの?」
醤油を切らしたと、いぶきが近所のスーパーに走ったため、忍は率直に聞くことにした。
「へへ、そうなんです。だって、イブは男の子にすごくモテるでしょ。ぜーんぶ塩対応だし、誰とも付き合おうとしないけど。瑛太のほうは来るもの拒まずってほどじゃないけど、やっぱりモテモテで。そんな二人が顔を合わせたらどうなるのかなーって、ずっと興味があったんです!」
今ちょうどフリーみたいだしと、美奈子がいたずらを企んだ子どものように笑うので、忍はようやく合点がいった。
どうやら彼女は、モテるイトコの鼻をへし折りたかったらしい。
「もしそれで、いぶきのほうが彼に夢中になったらどうするつもりだったの?」
「それはそれでありだと思いません?」
美奈子が急にきりっとした顔でそう言うので、まあ、それも人生経験としてありだと納得してしまった。
「美奈子ちゃんはイトコ君に恋したこととかなかったの?」
美奈子の彼氏は高校の同級生で、いぶきとも友人の笹木良太だ。がっちりしたスポーツマンといった感じで、瑛太とはタイプが違う。だがなんとなく気になってそう聞いてみると、
「ないですね。気持ちの中では完全に、離れて暮らす双子みたいな感じですから」
と、美奈子はニッと笑う。近すぎて異性に見えたことなど一度もないのだと。
「で、今日、やっぱりーってことが起こったんですよ」
