「うーん。いぶきの花嫁姿が見たい……。すごく見たい」

 なぜだろう、どうしてだろう?
 いぶきの誕生日が過ぎ八月になったのだが、忍は最近、無性にいぶきの花嫁姿が見たいのだ。
 着飾るという意味では、成人式では振袖を着てくれる。忍が着られなかった振袖だ。
 去年ためしに、母と二人がかりでいぶきにその振袖を着せてみた。
 髪もきちんと結った。

「さすがうちの娘は可愛いわ」

「本当にねぇ。忍には着てもらえなかったけど、ようやく振袖も出番が来て喜んでるわ。よかったわ、あんたとそれほど身長に差がなくて」

「だよね」

 うんうんと頷き満足に浸るほど、振り袖姿のいぶきは可愛かった。もちろん写真も撮りまくったが、写真館の写真は二十歳になってからだといぶきに止められ断念した。誕生日が来たら来たで、「着物着るなら涼しくなってからがいい」と言われ、結局まだ撮れないでいる。
 ――いずれ消えてしまうものでも、私の脳裏にはしっかり焼き付けるのに。

 年を経るごとに綺麗になっていくいぶき。自分の娘ながら、忍と元夫、そして両方の祖父母のいいとこどりをした文句なしの美少女だ。
 親ばかだって? いいじゃない、事実親ばかだもの。
 だからあの子のウェディングドレス姿だって見たい。きっと光り輝くような花嫁になるはずだ。髪はもちろん自分が結う。
 そんな思いが日に日に強烈になってくるのだ。せめて彼氏でもいてくれたらと思うが「そんな暇ない」と一蹴されるか、忍が先だろうと言われるのが目に見えている。


「おっ、いぶきちゃんの成人式用ですか?」

 遅めの昼休憩でスマホの写真を見つつコーヒーを飲んでいたところ、後ろから声が降ってきて忍は背中がビクリとした。

「びっくりした。浅倉さん、こんにちは」

 外から戻ったばかりらしい浅倉にぺこりと頭を下げ、再びスマホに目を戻す。話を続けるつもりはないという意思表示のつもりだったが、なぜか浅倉は自身もコーヒーを手に忍の隣に陣取ってしまった。
 ここは会社の入っているビルの二階にある、自販機とベンチやテーブルがある共有の休憩所だ。お弁当や出前をここで食べる人も多い。
 それほど広くないとはいえ、わざわざ隣に来られるのも居心地が悪く、忍はさりげなく浅倉から距離をとる。

 若々しくて爽やかな男性である浅倉は、ぱっと見三十代前半くらいにしか見えない。
 独身であることは間違いないようで、忍の会社の女子社員にも人気がある。身長はそれほど高いとは言えないかもしれないが、マイナスイオンか何か発してるのではと思ってしまうほど、側にいると落ち着くし、癒される雰囲気の男性なのだ。きっといい夫、いいお父さんになるだろう。

 楽しそうにいぶきの写真をのぞき込む浅倉に無意識に見えない壁を作り、忍はにっこり笑った。

「そうなんです。振袖の試着させたときの写真なんです、かわいいでしょ。先月二十歳になったんですよ」

 忍は親ばかを全開にしてかくさない。
 今はすでに成人した子どもがいるただのおばさんだけど、万が一浅倉にこの記憶が残るならば、来年には怖い会話になっているはずだ。そう考えると忍は少しおかしくなる。

「そうらしいですね。この前KAMEYAに行ったとき、いぶきちゃんから聞きましたよ」

 KAMEYAはいぶきのバイト先だ。コインランドリーが併設されたレストランで、いつも賑わっている人気店である。浅倉に「あの子はお母さんに似て、いつ見ても美人ですね」とお世辞を言われたので、いつもの調子で「あげませんよ」と答えた。

 ――いぶきの花嫁姿は見たいけど。


 いぶきが浅倉の話をよくするようになったのは、一年程前からだ。