いつか、かぐや姫のお母さんだった話をしましょうか


 結婚パーティー用に、忍は二人分のシンプルなドレスを用意した。
 忍自身のためなら式だってドレスだっていらない。でもこの結婚パーティーは、忍と浅倉の夢のためであり、いぶきと瑛太のためのものだ。
 忍には落ち着いたグレーのドレス。
 いぶきには象牙色のドレス。ベールをかければウェディングドレスに見える、かわいらしいものを選んだ。
 試着した写真を見た美奈子が楽しそうにからかってきたそうだが、瑛太には当日までのお楽しみだと言って見せなかったらしい。

「瑛太君、可愛いって思ってくれるかな」

 少し不安そうないぶきを笑い飛ばす。

「お母さんが腕によりをかけてヘアメイクするのよ? むしろ惚れ直すに決まってるじゃない」

 こんなかわいい娘が本気でめかしこむのだ。たとえ瑛太がいぶきに恋をしてなかったとしても、そんな姿を見たら確実に恋に落ちるだろう。

「お母さんが、なんだか勇ましい」

「失礼ね。頼り甲斐があると言って」

 いぶきのためにできる事は限られている。本気を出さないわけにはいかないだろう。

  * * *

 パーティー当日。

 色とりどりの花やガーラントで飾り付けられたKAMEYAは、いつもよりもぐっと華やかな雰囲気だった。
 忍といぶきは亀井家の第ニリビングをお借りして着替えをしたのだが、手伝いをかって出てくれた亀井夫人と美奈子の興奮ぶりがすごかった。二人とも「まあ」とか「きゃあ」としか言ってないのだ。
 美奈子など、途中からいぶきを見て泣き出してしまい、せっかくのメイクが崩れてしまう。何も事情は知らないはずなのだが、何か感じているのだろうか。いぶきも泣きそうなのをこらえているのが見て取れた。

「時間もありますし、お二人のメイクもしましょうか」

 ふと時計を見ながら忍が提案すると、

「「いいんですか⁈」」

 二人同時に目が輝く。

「ええ、もちろん」

 美奈子の髪は、よく見ればいぶきとおそろい(だがパッと見は印象が違う)に整えた。亀井夫人は普段子育てで忙しく、おめかしするのは久々なようで、ずっと頬を紅潮させている。

「なんだか、瑛太君の結婚式のような気がしちゃって。ずっと緊張してたんですよ」

 そう言って微笑む夫人はいぶきに向かって、「将来瑛太のお嫁さんになってね」と、冗談とも本気ともつかない口調で言った。それに対しいぶきは、恥ずかしそうに目を伏せる。

 入場はいったん外に出て、入り口から入ることになっていた。
 ドレス姿では寒いのだが、外で待っていた浅倉と瑛太、それぞれの食い入るような視線に、忍もいぶきも赤くなる。

「じゃあ、入場です」

 浅倉の友人の合図で、まずいぶきが浅倉の肘に手を添えた。忍も瑛太の差し出す肘に手を添える。
 忍、瑛太、いぶき、浅倉の順に並び入場する姿は、ぱっと見いぶきと瑛太の結婚式に見えるはずだ。
 人前式ということで、前中央に置かれた婚姻届けに浅倉と忍が署名をする。
 その保証人の欄に、いぶきと瑛太が署名をした。
 これが二人に頼んだもうひとつのことだ。

 浅倉が完成したそれを掲げて見せ、大きな拍手が鳴り響く中、こらえるように嗚咽を漏らしたのは瑛太だった。

「ごめん。でも、……ごめん」

 懸命に涙を止める瑛太は、まるで自分が結婚したようだと言いたかったのだろう。
 浅倉と笑みを交わし、それぞれ子どもの肩を軽く叩いた。
 周りの囃し立てる声に応じ、浅倉は「忍さん、愛してるよ」と、忍に羽根が触れるような誓いのキスをした。その後忍はいたずらっぽく、瑛太の背を押す。

「二人もね?」

 たぶん大丈夫だとの確信があった。いぶきも頷いた。もしいぶきがここで消えたとしても、悔いはないと。
 瑛太が浅倉にならって何かささやき軽いキスをいぶきにすると、会場中がさらに盛り上がり、パーティーが始まった。
 幸せそうな娘たちの笑顔と、心から祝ってくれる家族と友人。
 忍は浅倉に寄り添い、零れ落ちる涙をそっとぬぐう。

「ありがとう、浅倉さ……ううん、直人さん」

 本当の意味での記憶は忍といぶきにしか残らない。
 だが一生忘れることのできない、幸せな結婚パーティーになった。