いつか、かぐや姫のお母さんだった話をしましょうか

「忘れようと思ったんだよ。私がいずれ消えちゃうことが分かってからは特に。高校までは、歴代彼女の1人にでもなれたらって、一瞬血迷ったこともあるけど」

 遠目に見ることが出来るだけでも幸せだった。
 彼の母親が生きていれば気付いてくれたかもしれない。でも同じ土地に越してきたのは、母親が亡くなったからだ。

 ずっと自分の気持ちと戦ってきた。
 確実にこの世界から消えてしまうから、同じ世界にいても瑛太とは会えないんだと気持ちをかたく封じ込めた。誰かほかに気になる人が出来たことはないから、恋愛はしないものだと考えていた。誰に告白されても、心は全く動くことはなかったのだ。
 残りの時間は、余計なことを考えなくて済むようにしようと思った。

 KAMEYAのバイトは、もともと美奈子からのヘルプが最初だった。
 その縁で、フリーターならうちで働かないかと誘われ、ある程度自由に休みを取らせてくれることもあり了承した。たまに帰る瑛太を、ほんの少しでも見る機会ができるのは、素直にうれしかったし、ひそかな楽しみだった。

「いつも違う女の子連れてたけど、もう気にならなくなってたの」

 自分と彼は、違う世界にいる人だと割り切ってしまったのだ。

「なのにどうして? どうして今更」

 突然瑛太の目に自分が映った。
 彼は自分のことを何も覚えていない、何も知らない。なのに、彼がいぶきを好きになったことをいぶき自身痛いほど感じ、動揺した。
 もう時間がないのにだ。

「瑛太くんから、また忘れられてしまうのはもう嫌なの。だから、彼の目に入りたくないの」

 夏休み中、瑛太はバイトに入っていた。予定外のことだったらしいが、家族は喜んでいた。
 美奈子の誘いで、成人式の実行委員にも参加すると言い始めている。

「だからバイトも委員もやめようかって」

「そんなのダメよ」

「うん……。たぶん、そうしても解決しないってわかってる」

 彼の目には入りたくないのに、いぶき自身は彼を見ていたい。

「初恋こじらせてる自覚があるから、絶対誰にもバレないよう気を付けてたんだよ」

 涙を浮かべて少し口を尖らせた幼い顔は、おそらく忍しか知らない素顔だ。

「そっか。でも、ほかの人は気付かないよ。いぶきはポーカーフェイスが得意すぎるもの」

「そうかな」

「うん」

 今だっていぶきは否定することが出来たのだ。きっと上手にごまかすことが出来た。でも忍相手だから、恥ずかしさを我慢して告白してくれた。そのことが愛しくてたまらない。

「いぶきは、どうしたいの?」

「あのね。私しか覚えてないなら、瑛太君の笑顔を覚えていたいの。成人式は同じ中学だと式典の席も近いって思ってたから」

「そっか」

 最初からいぶきは、最後に彼に会いたかったのだ。

「じゃあ、笑顔を見られるよう頑張ろうか」

 いま、彼と無理やり離れても、きっと後悔しか残らないだろう。一番痛くても、一番いいと思うことを選んでほしい。
 いぶきは少し目を閉じて、ふっきれたようにニコッと笑った。

「うん、そうだね。いい友達になってみる」

 ――ごめんね、瑛太君。頑張れって言ったけど、私は娘が可愛いから、娘だけの味方なんだ。