龍が出よったぞ!


・【03 バーの中にて】


 バーの中は本当になんというか、俺が漫画やドラマで見るような、バー然としていた。
 カウンターしかなくて、シックな雰囲気で、黒が基調で。でもヒゲの生やしたマスターはいなかった。そこだけはイメージと違う。マスターは普通の若いイケメンといった感じだ。
 思ったよりアルコール臭くなくて、ハーブ系の、多分ペパーミントの香りがゆるくしている。小物などはあんま置いてなくて、硬派な感じがする。
 デカい女は俺を見下ろしながら、喋り出した。
「直人は龍を扱っていたんじゃない、龍を抑えていたのだ」
 俺は矢継ぎ早に、
「抑える? ということは龍遣いということか?」
「そうじゃない。じゃあこう言ったほうが早いか。龍と闘っていたんだ」
「どうやって!」
 とつい声を荒らげてしまった。なんせあまりにも常識外れのことを言うもんだから。
 でもマスターだと思われるタキシードのイケメンも、無論、諸橋直人も笑ってなどいない。
 デカい女は続ける。
「近くにいる担当者がスマホで龍をハッキングして、被害を最小限で抑えているんだ」
「そんな荒唐無稽な話、信じられるわけないだろ!」
 と俺が叫んだところで、外からおどろおどろしい声が響いた。龍の咆哮だ。
 デカい女はニヤリと笑ってから、
「ちょうどいい、直人とオマエで龍を抑えてみればいい」
 すると即座に諸橋直人が、
「八千草さん! これは遊びじゃないです!」
 イケメンのマスターがスマホで何かを確認し、
「まあ弱い龍だから大丈夫ですよ、直人さん」
 と微笑んだ。
 デカい女が口を挟むように、
「多分さっきの巨大な雷龍が余裕だったから、自分も、と出てきたんだろ。オマエ、名前は何だ?」
 俺の名前を聞いてきたので、別に諸橋直人もいるし、多分俺の名前は知っているだろうから嘘をつかず正直に言うことにした。
「清水津々(しみず・つつ)だ」
「じゃあ津々、私のスマホを使って龍を制圧してみな」
 渡されたスマホに映っていた画面はあの時に諸橋直人が遊んでいたような、ゼルダのパクリゲームみたいな感じだった。
 諸橋直人がおもむろに、
「全く同じゲームということは、本当にあの雷龍の子分みたいですね」
 とか言っていて意味が分からない。
 本当にスマホで”遊んで”龍を制圧している? バカバカしい。
 俺はハッキリ言ってやった。
「オマエらどうかしてるぞ! 龍に対して人間は無力なんだよ!」
 デカい女が冷静に、
「では何で最近大きな災害が起きないんだ? 初めて出現した4・23と比べてどうだ?」
 4・23……この数字は聞くだけで嫌だ。もう懲り懲りだ。あの日のような日は。
 諸橋直人はすぐにバーカウンターの席に着いて、スマホを操作し始めて、
「僕一人で大丈夫ですし」
 と言った。
 でも何だこの蚊帳の外感。腹立つ。じゃあそうなのかよ、本当にどうにかできるのかよ。
 この感覚は何だ。蚊帳の外だから憤っているのか? それとも本当はあの時やりようがあったということに怒っているのか?
 そんなことができたにも関わらず、ヘラヘラと生きていた自分が情けないのか? 諸橋直人が? 陰キャの諸橋直人が?
 何で俺じゃないのか、ってキレているのか? 優真のことだって本当は救えたんじゃないかって、高ぶっているのか?
「貸せ! 俺もやる!」
 八千草と呼ばれていたデカい女からスマホを奪うように受け取って、
「諸橋直人! 普通のゲームみたいなもんだよな! ゼルダみたいな操作でいいんだよな!」
「スマホだからゼルダよりも簡易的だよ」
「分かってるわ! そんなこと!」
 諸橋直人は溜息交じりに、
「八千草さんとやれば制圧は楽なのに……」
 八千草は、
「まあまあこの少年にも体験させてあげたいじゃないか」
 諸橋直人は苦虫を噛み潰したような顔で、
「龍の制圧はゲームじゃないです」
 でも俺から見りゃ、
「いや完全にゲームじゃん。ゼルダじゃん。ゼルダのパクリゲームじゃん」
 諸橋直人はハッキリと聞こえるように改めて溜息をした。
 八千草は説明するように、
「ハッキングは多少なりに誰でもできるようにゲーム風になるんだ。何でそうなるか技術的なことは悪い意味で知らんけどな」
 まあゲーム風なら俺でも分かるという話だ。
 龍なんて絶対に制圧してやる。
 もう二度と俺の大切な人を奪わせない。
 諸橋直人の武器は剣で、どうやら俺の武器は弓らしい。
「バンバン打ち込んでやるぜ!」
 と弓を連打すると、諸橋直人が、
「剣のほうが高威力なんです。僕の邪魔をしないでください。このゲームは味方にも攻撃が当たるんですから」
「じゃあ諸橋直人がかわせよ! 俺は俺のやりたいようにやる!」
「今すぐ八千草さんと代わってください」
「俺がやるわ! ボケェ!」
「何熱くなっているんですか……」
 面倒クサそうに諸橋直人がそう言うが、今は龍に対してだ。
 正直半信半疑だが、こんな大人が二人いて、誰も異議を唱えないんだ。本当の可能性もある。
 そもそもその大人二人が率先して何か言っていたような気がするし。
 すると俺の画面を見ているのだろう八千草が、
「もっと連携しないとまた被害が出るよ」
「うるせぇな! オバサン!」
「まだ二十六歳なのにな」
「十五からしたら二十六なんてオバサンだろ!」
 諸橋直人が叱るように、
「集中してください」
 と言うんだけども、
「諸橋直人こそ! 近接攻撃なんだから、しっかり当てろよ!」
「清水くんの弓が後頭部に当たると致命傷になるんです。それをかわしながらしないといけないから大変ですよ」
「死んだら俺一人で勝つから大丈夫だ!」
「……まあ死にはしませんけどね」
 と一瞬の間。
 何か違和感を抱いたけども、そんなことを気にしてられない。
 諸橋直人が少し語気を強めて、
「清水くんは右半身を重点的に狙ってください。僕はその逆を叩くので。ポジションを分担しましょう」
 これだから陰キャは……コミュニケーションが分かってねぇな。
「右とか左じゃ分かんねぇだろ! 俺が正面切って闘う! どうせ遠距離だ! 諸橋直人は裏側を斬れ!」
「確かにそっちのほうが分かりやすくていいですね、そうしましょう」
 まあ飲み込みが良いのは及第点与えてやるよ。
 俺は相手の雷龍を引きつけながら、弓をガンガン放っていく。
 その隙に諸橋直人が斬っていき、みるみる相手の身体の色が赤く紅潮していく。
 諸橋直人が「そろそろです」と言えば、俺はすぐさま「分かってるわ! 見りゃ!」と言っておく。
 その時だった。
 八千草が声を出した。
「撃破だね」
 すると外から龍のやるせない咆哮が響いたと思ったら、龍がいる時に起きる地響きは徐々に遠くなっていき、どうやら本当に撃破と同じタイミングで龍が引き下がったらしい。
 なんとなく本当なのかもしれない、すげぇ、これが本当に本当なら、俺はもう二度と……と思ったところで八千草がこう言った。
「良いコンビネーションだな! じゃあ蔵村高校地区は二人に任せよう!」
 諸橋直人があからさまに嫌そうな顔をした。
 でも俺は自分のチカラでどうにかできるのならそれが一番良いし、そもそもゲームは割と得意なほうだ。
 俺はもう二度とあんな思いをしたくない。この龍ハッキング担当になれば、こんな思いをしなくても済むかもしれない。
 勿論未だ半信半疑のところもあるが、割合としてはかなり信じてやってもいいくらいだ。
 八千草は続ける。
「ゲームは同じ空間でやったほうが連携が取れるので、二人とも常に一緒にいるようにな」
 この陰キャと常に一緒? まあイジリ甲斐はありそうなリアクションだから、遊んでやってもいいけどな。
 その後、諸橋直人は猛抗議をしていたが、覆ることはなかった。八千草のほうが上司なんだろうな。オバサンだし。