龍が出よったぞ!

 でも、防衛本能ではある。
 校内に野良犬が入ってきたわけではない。窓の外に雷を纏った巨大な龍が出現したら、そりゃ生徒は勿論、先生も窓側に走っていって様子を注視するわけで。
 雷を纏った巨大な龍が出現する前から暗雲が立ち込めてきていたので、なんとなく来ることは分かっていた。それでもいざ出現するとみんな”こう”だ。
 龍が近くにいると地響きが断続的に鳴り、今にも不幸なことが起きそうな雰囲気になっていく。
 だからって、眺めていても禍が起きることには変わらないし、そもそも俺ら人間は龍に対して無力だ。
 祈ったって意味が無く、それなら禍が起きる瞬間まで学校の授業を続けていたほうが効率的なわけで。
 でも龍が出たら、やっぱり気が散ってしまい、もう何もする気が起きなくなるのも当然な事。
 要するに。
 窓の外を眺めず、ヘッドフォンしてスマホをイジリ出す同級生、諸橋直人は厨二病と言いたいんだよな。


・【01 龍が出よったぞ!】


「龍が出よったぞ!」
 クラスメイト一番のお調子者、クラケンが叫ぶ。
 この『龍が出よったぞ』というワードというか文章は、お笑い芸人のハザマメグルがテレビの生放送で言った言葉らしい。
 それが当然のように、SNSに無断転載されてバズり、ネットミーム化したものだ。今はもう流行語大賞の勢いだ。
 クラスメイトたちは口々に自分の言いたいことを叫んでいる、言わばお祭り状態。こんなことが月二以上のペースで起こる。
 多分他の教室でも全員窓際に寄っていると思われるので、校舎が傾いたりしないか心配になる。この高校、龍災害以降にできた校舎じゃないから。
 全員……ではないか、この諸橋直人と今回に限り俺はそっち側に走り込んでいない。諸橋直人は俺が気付いてからはいつもそうだ。
 大人しい陰キャなんだから場をわきまえて、みんなと同じ群れの中に入らないのか。これは完全に厨二病だ。
 『僕だけは貴方たちとは違うんです』といった感じで、余裕そうにスマホをしている。指の動き的にゲーム?
 どうせキモいギャルゲーでもしているんだろう、そして『僕ちんは本気で攻略しているであります!』とか思っているんだろうな、キモっ。
 軽くイジってやるかな、陰キャも俺のような陽キャに話し掛けられて嬉しいだろう。
「おい、諸橋直人。ギャルゲーでもやってんのかよ」
 と言いながら俺が近付くと、あからさまに不快感丸出しの表情をした。
 これこれ、こういう顔してくれると本当にイジり甲斐があるんだよなぁ。
 俺は続ける。
「龍を見てろよ、それが普通ってもんだぜ?」
 しかし諸橋直人はすぐにスマホを注視し、俺のことはガン無視決め込んできやがった。
「キモっ」
 と聞こえる声で言ってやったわけだが、全然動じることはない。
 まさか俺、空気になってる……? 陰キャの諸橋直人が空気になるならまだしも俺がそんなことになるはずねぇだろ。
 俺は諸橋直人の席まで近付き、立った状態でスマホの中を覗き込んだ。
 諸橋直人はそれでも完全に無視している。スマホの中を覗き込まれたら普通嫌じゃね?
 でも嫌じゃない理由もなんとなく分かった。何故ならギャルゲーみたいな恥ずかしいゲームをしているわけではなかったからだ。
 言うなればゼルダの伝説風な、アクションゲームをやっていた。敵の感じがまさしくゼルダチックな龍だ。
 とは言え、ゼルダシリーズはスマホ展開していないので、パクリゲームということは間違いない。
「諸橋直人ってパクリゲームとか気にせず遊ぶ派? キモいね」
 それでも諸橋直人は無視するので、俺はスマホ画面をタッチしようとすると、急に諸橋直人がデカい声で、
「やめて!」
 と言ったので、俺は吹き出してしまった。
 つーか、
「男ならそういう時”やめろ”だろ、やめてって女子かよ、キモっ」
 でも言葉にはあまり動じないようで、やっぱし直接邪魔してやるのが一番だなと思って、軽く諸橋直人の頭を叩きながら、
「人前でゲームしてんな、陰キャになるぞ、あぁ、もう陰キャかぁ」
 と言うと、諸橋直人が淡々とした口調で、
「邪魔しないでください」
「邪魔してねぇよ、諸橋直人こそこの教室の空気を乱しているだろ」
 一瞬諸橋直人が窓際でわちゃわちゃ言うクラスメイトのほうを見た。
 誰もこっちのことを気にしていないことを確認したんだろう、メガネを軽くあげてから、
「教室の空気を乱していません」
「AIの受け答えかよ、つまんねぇー」
 と言いながら俺はイスの角を思い切り蹴った。
 するとまたメガネが軽くズリ落ちて面白かったので、リズミカルにガンガン蹴っていると、
「もうやめてください。集中できません」
 と少し弱った声で言った諸橋直人。
 あー、陰キャの反応おもろっ、ずっとオモチャにしようかな、コイツ。
 今度はスマホを取り上げたらどうなるかな、と思って、パッとスマホを奪ったその時だった。
「やめてください! 危ないです!」
 と諸橋直人が声を荒らげ立ち上がり、俺からスマホを奪い返したその刹那、花火が暴発したような音が聞こえたと思ったら、教室の電気が停電した。
 何ならちょっと焦げた匂いもし始めたところで、校舎に緊急避難の放送が響いた。
 どうやら巨大な龍が雷を校舎に落としたらしい。俺は正直戦々恐々してしまった。
 何故ならここまで大きな被害が出たことはあの日以来だったからだ。
 いつも、例えば今回と同じ雷系の龍ならば、グラウンドの鉄網に雷が一発落ちるくらいで済むのに。
 まるで、まるでだ、この諸橋直人がキレた事と巨大な龍の雷が連動しているかのようなタイミングだった。
 諸橋直人はその場に直立不動で、静かに目を瞑っていた。