BeLuck文庫『尊い青春BLフェア』限定SS

【聖なる夜に噛みついて】

 イルミネーションを見に行きたいと言った俺に、朝宮は「間山と電光飾デートか」と色気のない言葉を口にして喜んだ。
 朝宮と付き合い始めて、初めての冬を迎える。
 街中がクリスマスムードになっていく雰囲気を感じては、朝宮と一緒に過ごせたらいいと思っていた。
 本屋や、映画館にはふたりでよく行くけど、イルミネーションデートは初めてだ。俺は正真正銘浮かれていた。その結果なのだろう。
「あれ……ライトアップしてない……?」
 意気揚々と恋人らしくデートに誘ってみたが、想像していたものとはちがう光景が広がっていた。
「んー人はいっぱいいるけどね」
 そういって朝宮はスマホを取り出した。
「時間調べてみる」
「ごめん、俺がちゃんと準備できてなくて」
「なんで間山が謝んの。俺が調べればよかっただけの話だから」
 優しいだけを浮かべた顔で笑った朝宮に、不意打ちできゅんをくらった。
 これ以上俺を惚れさせてどうするつもりだというのか。
 基本的に朝宮は優しい。この前も、俺の家の近くにあるパン屋に幻のクロワッサンがあることをぽろっと口にしたら、次の日には買いに行ってくれていた。
 あれは朝早くから並ばないと絶対に買えないもので、しかも一人一個と数も決まっている。
『間山が食べたいかなと思って』
 さらりと言ってのけては、当たり前のようにそのひとつを俺にくれた。
 俺としては朝宮と一緒に食べたかったから、ありがたく受け取って仲良く半分こにした。生地はもちろんのこと、中のクリームも絶品だった。
 クロワッサンを堪能していたところで、朝宮の手が俺に伸びた。
『間山、ついてる』
 朝宮が親指でクリームを取ってくれた。そこまではよかった。おどろいたのは、そのクリームをぺろりと舐めたことだ。
『ティッシュあるから……!』
『いーよ、間山のだから』
 なんの理由にもなっていない。でも朝宮が「美味しい」と言ってくれていたことがうれしくて、今度は俺が買いに行こうと思っていた。
 学校でも、外でも、朝宮とは穏やかで楽しい日々を過ごしている。
 優しい男に甘やかされる生活は悪くない。ただ、朝宮が優しくないときもあったりはする。
 ……たとえば、周囲の視線がないふたりっきりのときとか。
「間山」
「えっ」
 顔を覗き込まれて、あまりの近さに身体を後ろに引いた。
 つい見惚れてしまうような顔が俺を射抜く。
「なに考えてんの」
「か、考えてないです」
「俺に噛まれたときのこととか?」
「なんで分かるの⁉︎」
「あれ、当たった」
 分かりやすいね、と朝宮は楽しそうに口元を上げる。
 付き合ってから朝宮にはよく噛まれるようになった。もちろん本気で噛まれているわけじゃない。痛くないけど、回数を重ねても慣れない。
 そのときの朝宮だけは、優しいとはまた別の顔をしている。
「……アタッテナイヨ」
「すごいカタコトだ」
 でもさ、と朝宮がぐっと俺の首筋に顔を近付け、俺が一歩引いた距離を呆気なく埋めてしまった。
「ここ、消えかかってる」
 ふっ、と息を吹きかけられて慌てて手で押さえる。
「人がいっぱいいるから……!」
「んー?」
 遊ばれてる。このくそイケメンに。
 首筋のやつは、この前朝宮の家に遊びに行ったときに噛まれた。
「間山が可愛すぎて制御できなかった」と悪びれた様子もなくケロッと言われ、開いた口が塞がらなかったのは言うまでもない。俺の恋人はたまにそんなときがある。
「あ、間山」
 パッと離れていった朝宮が、後ろを振り返った。
「あの辺り、立ってみて」
「え、でもライトアップしてないよ?」
 電飾があるから光るのだろう。ただ今日は残念ながら輝いてはいない。
「まあ、ここに来た記念ってことで」
 せっかくだからさ、と朝宮に促される。指示された場所に立つと、朝宮は俺にスマホを向けた。
「え、俺ひとり?」
「うん、待ち受けにする」
 やめなさいと言っても聞いてはもらえない。この前まで俺の寝顔だった。恥ずかしくて別の写真に変えてほしいとお願いすれば、今度は補習で残されているときの写真に変わっていた。どれも俺が知らないところで撮影されているものだ。
「はい撮るよ」と朝宮に合図を出され、ぎこちなくピースをしてみた。さすがにピンは恥ずかしい。朝宮とツーショットがよかった━━。
「えっ」
 そう思っていたところで、一斉にライトアップされて周りが突然明るくなる。
「タイミングよかった」
 朝宮は最初から分かっていたらしい。
「あ、そういえばさっき時間調べてた……?」
「うん、十七時からだったから狙った」
 なんだ、まだ時間じゃなかっただけか。
 やっぱり朝宮を誘ってよかった。この光景を一緒に見たかったから。
「朝宮、一緒に撮ってよ」
「ん、いーよ」
 ふたりでパシャパシャと数枚撮って、すぐに満足する。
「もういいの?」
「うん、あとは朝宮とイルミネーション見たいから」
 もちろん写真は撮りたいと思っていたけど、朝宮と話している時間も確保したい。
 近くのベンチに二人揃って並んで座ると、朝宮がぴったりと俺にくっついた。外にいても、基本的にこの距離は変わらない。
「間山、寒くない?」
「大丈夫! 俺、寒いのには強いから」
 なんて言いつつ、ガクガクと身体が震える。おかしいな、今日厚着してきたほうなのに。
 そんな俺を見て、朝宮がふっと笑う。「やっぱり寒いよな」と言って、自分がつけていた黒いマフラーをほどきだす。
「どーぞ」
 朝宮がマフラーを俺に巻いてくれる。朝宮の体温も匂いもまだ残っている。
「待って、うれしいけどこれだと朝宮が寒い」
「俺はいいよ」
「でもこれで朝宮が風邪引いたら本気で落ち込む」
 間山を落ち込ませたくはないなあ、と朝宮は少し考えて、それからまた手を動かしはじめる。
「んー……じゃあ」
 くるくると、今度は俺を巻き込んで朝宮がマフラーをつけてくれる。
「こうしてたいんだけど、いい?」
「……朝宮がよかったら」
「うん、これで」
 さっきよりも、ぐんと近づいた距離。
 綺麗にライトアップされた街中を、朝宮と一緒に眺める。こんな冬のデートも悪くない。
「あったかい?」
 聞かれて、うなずく。
「うん、あったかい」
 朝宮の言い方を真似すると「よかった」と笑う。
「これだと、いろいろできるから」
「え?」
 とつぜん首筋を甘く噛まれた。まるで消えかかっている場所を上書きするみたいで、「朝宮⁉︎」と名前を呼んだ。
「うん、イルミネーションも悪くないね」
「イルミネーション関係なくない⁉︎」
「きれいだね」
「こら、話逸らすな」
 聖夜に、恋人は嬉しそうに「んー」と甘えながら、いたずらっぽい笑みで俺の肩に寄りかかった。
 首筋に感じたかすかな痛みは、すぐに愛おしいものへと変わっていく。
 繋いだ手からは朝宮の温もりが伝わってきて、ふたり並んで光り輝く夜を見つめた。