BeLuck文庫『尊い青春BLフェア』限定SS

【溺愛系彼氏でもあるところの瀬尾くんは】

 べつに、華奢とか、小さいとか思っているわけではないんだけど。
 先輩は、けっこう、指とか、首とか、そういったパーツがきれいに細くできているな、と思う。

 高校二年生に進級して、二ヶ月と少し。
 おっさんに好かれやすい体質に悩んでいた先輩と、女子にモテることが面倒だった俺の利害の合致により、去年の夏に始まった「偽装彼氏」の関係は、今はすっかり本物になっていて。
 バイトのない放課後に先輩の部屋に行くことは、俺の日常になっていた。
 それで、宿題を先に済ませた先輩が本を読み始めることも、まぁまぁ日常の一部ではある……んだけど。
 ――なんだろ。腰とかもそうなんだけど、ちょっと、いや、ちょっとは嘘だな。ふつうに腹は立つけど、手が伸びるのもわかるなーって感じ。
 座卓で宿題を広げる俺の隣で、先輩はいそいそと本を読んでいる。
 いつもどおりの、楽しそうな横顔。じっと眺めていると、顔を上げた先輩とぱちりと目が合った。
「あ、ごめん」
 俺が手持ち無沙汰に見えたのか、困ったふうに先輩の眉が下がる。
「瀬尾、もしかして暇だった?」
「ううん」
 微妙な不安がにじんだそれを、俺はさらりと否定した。
「いいよ、ぜんぜん。先輩が好きなことしてるほうがうれしいし」
「そう言ってくれるのはうれしいけど、でも、言ってね。本当。暇だったら。俺、けっこう集中しちゃうときあるから」
「いや、ぜんぜん。暇じゃないよ」
「本当?」
「うん。先輩見てるの楽しいし」
 まぁ、さっきは、違うことも考えてたけど。にこりと笑いかけると、先輩はちょっと考える顔をした。
「えっと。楽しいって、なにが?」
 なにを想像しているのか、恐る恐るの確認がかわいくて。「だって」とからかう調子でほほえむ。
「先輩、すごい表情変わるから。楽しいんだよね、見てて」
「待って。俺、そんななの? 本読んでるだけなのに」
「うん。本読んでるだけなのに」
 くすくすと繰り返すと、先輩は赤くなった顔を隠すように本を持ち上げた。
「ええ……。ふつうに恥ずかしいんだけど、それ」
「なんで。かわいいじゃん」
「かわいい……」
 複雑そうな声で呟いた先輩が、ちらりと本の隙間から俺を見る。
「なんていうか」
「ん?」
「瀬尾はよくそういうこと言うよね」
「そういう?」
「……なんか、そういう恥ずかしいこと」
 言葉どおりの恥ずかしそうな言い方に、ついついからかいたい衝動が疼いてしまった。
 ――なんていうか、かわいいんだよな。こういうとこ。
 たぶん、というか、間違いなく。今の関係になる前から、俺が先輩をからかってかまっていた理由のひとつ。
「照れるの?」
「照れるよ、それは」
 拗ねた返事を最後に、先輩は本をさらに引き上げた。目元は完全に隠れたけど、覗いている耳は赤い。
 かわいいという気分のまま、「ちょっと」と呼びかける。我ながらあまい声になった自覚はある。
「なんで、隠すの。顔」
「だって、絶対、赤くなってるし」
「何回も見てると思うけど、俺」
 それは、もう、本当に。それで、そのたびにかわいいって言ってると思うんだけど。小さく笑って、引き寄せた身体を背後から抱きしめる。
 いつものことだけど、きれいにすっぽりおさまるんだよな、なんて。とりとめのないことを考えていると、先輩が慌てた声を出した。
「ちょ、瀬尾」
「なに。隠してていいから、その代わり」
「代わりって……。いや、まぁ、いいんだけど」
 自分に言い聞かせる調子でもごもごと口にした先輩が、ほんの少しの間を挟んで座卓に本を置く。そうしてから、「瀬尾」と俺を呼んだ。苦笑まじりのそれに、俺も柔らかく問い返す。
「うん? なに?」
「終わったの? 宿題」
「じゃあ、あとで教えて。ちゃんとやるから」
「ええ、……それは、うん。いいけど」
 しかたないと言わんばかりに、先輩が笑う。
 ――なんか、かわいいな、本当。
 頼られてうれしいという雰囲気が透けているのも、安心して身を委ねているのも、ぜんぶ。
 ずっとこうで、俺だけだったらいいのに。そんなことを願いながら、さらにぎゅっと抱きしめる。
「落ち着く」
「落ち着くって、これが?」
「そう、サイズ感。なんか、すげぇしっくりくるんだよね」
「チビって言ってる? それ」
「言ってない、言ってない」
 拗ねの混ざった指摘を、苦笑ひとつで否定する。実際、チビとまでは思ってないし。
 ――まぁ、もうちょっと大きくても安心するけど、俺が。……いや、でも、マジで細いな、これ。
 気になり始めたから気になっているだけだと、わかっているんだけど。気になるものは気になる。
 ほかのやつも見てるんだよな、とか、触るやつもいたんだよな、とか。そういうこと。
 ほっそりした首筋に唇を当て、はぁ、と俺は溜息を吐いた。心配と明かす代わりに、そっと呟く。
「ずっとこうしてたいんだけど。ガチで」
「いや、なに言ってんの。宿題終わってないんでしょ」
 ちょっと抱えていた悶々も、あまったるい雰囲気も。あっさり吹き飛ばす予想外の説教に、俺は思わずもう一回溜息を吐いた。
「それは、まぁ、本当にそうなんだけど」
 でも、そういうことだけじゃないんだよな。
「え、なんか違った? 俺」
「べつに」
 ちょっと焦った感じの返事を笑って、そっと腕に力を込める。
「俺が、先輩を好きで大事だっていう話」
 語弊はあるかもしれないが、これは絶対に嘘じゃない。

おわり