【手袋をきみと】
「うわ、まだ風が冷たいな」
「う、うん……っ」
図書館から出た途端、びゅわっと冷たい風に煽られて、俺はその寒さに怯んでしまう。隣の二宮くんも寒かったらしく、「さむさむ」と肩をすくめていた。
もうすぐ学年末テストということで、俺たちは図書館に勉強に来ていた。立春を迎えたとはいえ、まだまだ寒い二月末……俺はきゅっと顔をしかめた。
「八重沼って寒いのに弱いよな?」
俺のしかめ面を見たからか、二宮くんが苦笑いしながらそう問うてきた。
「うん、多分……かなり寒がりな方だと思う」
暑いのと寒いのどっちが得意かと聞かれたら、俺は断然「暑いの」だ。暑いのは我慢できるけど、寒さはなんだか逃げ場がないような気持になってしまう。
「でも大丈夫。マフラーと手袋が……あれ?」
鞄からマフラーを取り出した……のだが、手袋が見当たらない。俺は鞄を探って、自身の上着のポケットをぽむぽむと叩いて、そして……「な、ない」とがっくり肩を落とした。
「なに? 手袋忘れたの?」
「うん、多分。行きはまだ日差しが暖かかったから、家に置いてきたみたい」
寒さに弱いといいながらどこか抜けている自分にがっかりしてしまう。俺はマフラーを巻いてから、両手を口元に持っていって「はぁー」と息を吹きあてた。
「なら、はい。これどうぞ」
と、二宮くんが俺の前に黒いニット素材の手袋を差し出してくれた。
冷たい風が吹き荒ぶ中、目の前に現れた手袋は、それ自体キラキラと光を放っているかのように魅力的だった……が、俺はハッとして首を振る。
「駄目だよ。二宮くんが寒くなるよ」
寒いのがどれだけ辛いか知っているからこそ、おいそれと気軽にその手袋を受け取ることはできない。
「大丈夫。ほら、こうやって手をこすり合わせれば……」
右手と左手をシュシュシュッとすごい速さでこすり合う。もはや火が出そうな勢いだ。
「こうしていれば温か……うぅっ!」
……が、ビュウッとひときわ強い風が、俺の動きを止めてしまう。起こるはずだった火も、今の風で吹き消されてしまった。
「ははっ、八重沼、もう……っ」
二宮くんはそんな俺の一連の動きを見て、楽しそうに笑った。そして「じゃあさ」と手袋の片っぽ……その右手の方を差し出してきた。
「半分こでどう?」
そう言って、自分は左手に手袋をはめる。
俺は手袋と二宮くんを二、三度見比べて……そして「ご、ごめん……じゃああの、お言葉に甘えて」と頭を下げてから、右手の手袋を受け取った。
「わ……。二宮くんの手袋、あったかい」
「そう? よかった」
自分のものとは違う、着け慣れない手袋に指を通す。と、それはほかほかと温かかった。
(素材が違うから? 何か特別な手袋なのかな?)
なんでこんなに温かく感じるのだろうと、しげしげと手袋をつけた手を空にかざすようにして見てみる。と、左手がもっと温かいものに包まれた。
「へ?」
「で、左手はこう」
俺の左手を掴んだのは、二宮くんの右手だった。
びっくりして「わ、わ?」と言葉にならない声をあげてしまう。
「これなら、両手ともあったかいだろ?」
片方の手は手袋に包まれて、もう片方の手はお互いの空いた手を繋いで。たしかにこれなら寒くなる余地はない。
「う、うん」
俺はもごもごと口ごもるように頷いて、そして二宮くんの歩く速度にあわせて、歩き出す。
(あったかい)
手袋も温かいけど、二宮くんと繋いだ方の手はもっと温かい。お互い指先は冷えているのに、なのになんだかびっくりするほど温い。
しかもそれは手だけじゃなくて、胸の内側からポカポカが広がってくるのだ。
(あったかい……)
図書館から駅までは、歩いて十分くらいの距離だ。いつもなら少し長く感じるのだが……今日はなんだか「たった十分か」なんて思ってしまう。
こんなに温かいのならいっそ……。
「……嫌だった?」
「へ、えっ?」
思いがけない言葉が二宮くんの方から聞こえてきて、俺は慌ててそちらに顔を向ける。
「や。急に静かになったから、嫌だってかなって」
ここ外だし、と言われて、今さらながらここがまだ図書館の敷地内であることを思い出す。もう日は沈んでしまっているので見えにくいかもしれないが、人とすれ違ったりしたら「あれ、手繋いでる?」と気付かれるかもしれない。
「あ……誰かに見られるとか、全然考えてなかった」
俺はぱちぱちと目を瞬かせてから、素直な気持ちをそのまま口にした。
「ただ二宮くんの手があったかいなぁ、って。手袋してるよりあったかいから両手を繋いだらもっとあったかいかな、でもそしたら二人で大きな輪っかを作りながら歩いてるようになるからさすがに変かな……って考えてた、だけ……」
言っているうちに、自分がどれほど変なことを考えているか自覚できて、言葉が尻すぼみに小さくなってしまう。
変なことってわかったのは、二宮くんの顔が驚いたものからくしゃくしゃになって、最終的に笑いをこらえるように頬が膨らんで、ぷるぷる震え出したからだ。
「やっ、八重沼……ふっ、くくっ」
「……。自分でも変なこと考えたなってわかってるから、思いきり笑っていいよ……」
そう言うと、二宮くんは耐えきれないというように「ぷっ、はははっ」と笑い出した。吐く息は白くなって、暗い空へと消えていく。
それを見送りながら、俺は「嫌じゃないよ」と二宮くんに伝えた。
「嫌じゃないし、恥ずかしくない。誰に見られたって二宮くんと手を繋いでいたいよ」
二宮くんは少し笑いをおさめて、でもやっぱり嬉しそうに微笑んだまま「そっか」と頷いてくれた。
俺はそんな二宮くんの手を引っ張り上げて、自分の頬に当てる。
「二宮くんの手、あったかいし」
冷たくなってしまった頬に、二宮くんの手の甲が触れる。二宮くんの手はカイロみたいに温くないし、手袋ほど柔らかくない。けど、やっぱり何より温かく感じる。
へへ、と笑いながらその手に頬ずりすると、二宮くんが「あ〜」と変な声を出した。
「俺の胸もぽっかぽかになった、今ので」
「今ので?」
今の、というのはどれのことだろう。
はて、と首を傾げるが、二宮くんは「今のだよ、今の」と繰り返すだけで答えをくれない。
「さ、行こうか」
二宮くんに手を引かれて、俺は「うん」と頷く。よくわからなかったけど、二宮くんが嬉しそうだからいいか。
二宮くんの頬と耳先が赤くなっているのを見ながら、俺は左手にキュッと力を込めた。
「うわ、まだ風が冷たいな」
「う、うん……っ」
図書館から出た途端、びゅわっと冷たい風に煽られて、俺はその寒さに怯んでしまう。隣の二宮くんも寒かったらしく、「さむさむ」と肩をすくめていた。
もうすぐ学年末テストということで、俺たちは図書館に勉強に来ていた。立春を迎えたとはいえ、まだまだ寒い二月末……俺はきゅっと顔をしかめた。
「八重沼って寒いのに弱いよな?」
俺のしかめ面を見たからか、二宮くんが苦笑いしながらそう問うてきた。
「うん、多分……かなり寒がりな方だと思う」
暑いのと寒いのどっちが得意かと聞かれたら、俺は断然「暑いの」だ。暑いのは我慢できるけど、寒さはなんだか逃げ場がないような気持になってしまう。
「でも大丈夫。マフラーと手袋が……あれ?」
鞄からマフラーを取り出した……のだが、手袋が見当たらない。俺は鞄を探って、自身の上着のポケットをぽむぽむと叩いて、そして……「な、ない」とがっくり肩を落とした。
「なに? 手袋忘れたの?」
「うん、多分。行きはまだ日差しが暖かかったから、家に置いてきたみたい」
寒さに弱いといいながらどこか抜けている自分にがっかりしてしまう。俺はマフラーを巻いてから、両手を口元に持っていって「はぁー」と息を吹きあてた。
「なら、はい。これどうぞ」
と、二宮くんが俺の前に黒いニット素材の手袋を差し出してくれた。
冷たい風が吹き荒ぶ中、目の前に現れた手袋は、それ自体キラキラと光を放っているかのように魅力的だった……が、俺はハッとして首を振る。
「駄目だよ。二宮くんが寒くなるよ」
寒いのがどれだけ辛いか知っているからこそ、おいそれと気軽にその手袋を受け取ることはできない。
「大丈夫。ほら、こうやって手をこすり合わせれば……」
右手と左手をシュシュシュッとすごい速さでこすり合う。もはや火が出そうな勢いだ。
「こうしていれば温か……うぅっ!」
……が、ビュウッとひときわ強い風が、俺の動きを止めてしまう。起こるはずだった火も、今の風で吹き消されてしまった。
「ははっ、八重沼、もう……っ」
二宮くんはそんな俺の一連の動きを見て、楽しそうに笑った。そして「じゃあさ」と手袋の片っぽ……その右手の方を差し出してきた。
「半分こでどう?」
そう言って、自分は左手に手袋をはめる。
俺は手袋と二宮くんを二、三度見比べて……そして「ご、ごめん……じゃああの、お言葉に甘えて」と頭を下げてから、右手の手袋を受け取った。
「わ……。二宮くんの手袋、あったかい」
「そう? よかった」
自分のものとは違う、着け慣れない手袋に指を通す。と、それはほかほかと温かかった。
(素材が違うから? 何か特別な手袋なのかな?)
なんでこんなに温かく感じるのだろうと、しげしげと手袋をつけた手を空にかざすようにして見てみる。と、左手がもっと温かいものに包まれた。
「へ?」
「で、左手はこう」
俺の左手を掴んだのは、二宮くんの右手だった。
びっくりして「わ、わ?」と言葉にならない声をあげてしまう。
「これなら、両手ともあったかいだろ?」
片方の手は手袋に包まれて、もう片方の手はお互いの空いた手を繋いで。たしかにこれなら寒くなる余地はない。
「う、うん」
俺はもごもごと口ごもるように頷いて、そして二宮くんの歩く速度にあわせて、歩き出す。
(あったかい)
手袋も温かいけど、二宮くんと繋いだ方の手はもっと温かい。お互い指先は冷えているのに、なのになんだかびっくりするほど温い。
しかもそれは手だけじゃなくて、胸の内側からポカポカが広がってくるのだ。
(あったかい……)
図書館から駅までは、歩いて十分くらいの距離だ。いつもなら少し長く感じるのだが……今日はなんだか「たった十分か」なんて思ってしまう。
こんなに温かいのならいっそ……。
「……嫌だった?」
「へ、えっ?」
思いがけない言葉が二宮くんの方から聞こえてきて、俺は慌ててそちらに顔を向ける。
「や。急に静かになったから、嫌だってかなって」
ここ外だし、と言われて、今さらながらここがまだ図書館の敷地内であることを思い出す。もう日は沈んでしまっているので見えにくいかもしれないが、人とすれ違ったりしたら「あれ、手繋いでる?」と気付かれるかもしれない。
「あ……誰かに見られるとか、全然考えてなかった」
俺はぱちぱちと目を瞬かせてから、素直な気持ちをそのまま口にした。
「ただ二宮くんの手があったかいなぁ、って。手袋してるよりあったかいから両手を繋いだらもっとあったかいかな、でもそしたら二人で大きな輪っかを作りながら歩いてるようになるからさすがに変かな……って考えてた、だけ……」
言っているうちに、自分がどれほど変なことを考えているか自覚できて、言葉が尻すぼみに小さくなってしまう。
変なことってわかったのは、二宮くんの顔が驚いたものからくしゃくしゃになって、最終的に笑いをこらえるように頬が膨らんで、ぷるぷる震え出したからだ。
「やっ、八重沼……ふっ、くくっ」
「……。自分でも変なこと考えたなってわかってるから、思いきり笑っていいよ……」
そう言うと、二宮くんは耐えきれないというように「ぷっ、はははっ」と笑い出した。吐く息は白くなって、暗い空へと消えていく。
それを見送りながら、俺は「嫌じゃないよ」と二宮くんに伝えた。
「嫌じゃないし、恥ずかしくない。誰に見られたって二宮くんと手を繋いでいたいよ」
二宮くんは少し笑いをおさめて、でもやっぱり嬉しそうに微笑んだまま「そっか」と頷いてくれた。
俺はそんな二宮くんの手を引っ張り上げて、自分の頬に当てる。
「二宮くんの手、あったかいし」
冷たくなってしまった頬に、二宮くんの手の甲が触れる。二宮くんの手はカイロみたいに温くないし、手袋ほど柔らかくない。けど、やっぱり何より温かく感じる。
へへ、と笑いながらその手に頬ずりすると、二宮くんが「あ〜」と変な声を出した。
「俺の胸もぽっかぽかになった、今ので」
「今ので?」
今の、というのはどれのことだろう。
はて、と首を傾げるが、二宮くんは「今のだよ、今の」と繰り返すだけで答えをくれない。
「さ、行こうか」
二宮くんに手を引かれて、俺は「うん」と頷く。よくわからなかったけど、二宮くんが嬉しそうだからいいか。
二宮くんの頬と耳先が赤くなっているのを見ながら、俺は左手にキュッと力を込めた。
