【チャレンジ】
のどかな日曜日の昼下がり。
最寄り駅から一時間ほど電車に揺られ、俺たちはある場所に集まっていた。"挑戦"のために。
ホワイトウッドを基調とする華やかな雰囲気のカフェに、男子高校生が五人。客層は女性が多く、男だけで入るには少しばかり抵抗がある。
そんな、少しだけ居心地の悪い俺に対して四人のイケメンたちは雑誌の表紙かのように馴染んでいた。来店したお客さんは彼らに目を奪われ、そして、ついでのようにテーブル上のどデカい"これ"を見てハート型の瞳を丸くした。
「……ごめんけど、俺もうギブ」
向かいの席から弱々しい声が飛んでくる。クリームやらコーンフレークやらフルーツやらを詰めこんだ巨大なグラスの向こうで、仲里は指と指を重ねてバツを作っていた。
「俺もそろそろ無理」
続いて、真正面に座る守崎もチョコレートアイスをすくいながらポソリと呟く。仲里のように顔色が悪そうには見えないが、すでに満腹のようだ。
「やっぱ、人選ミスじゃね?」
無造作に刺さった棒状のチョコレートスナック菓子を何本か抜き取り、窮屈に押しこまれたアイスを一つ器へ移す堀田。両サイドで撃沈する二人を見て、呆れ混じりに鼻で笑っている。
「てか、企画主が寝坊なんてアリなの?」
隣に座る渡会は、器用にフルーツだけ小皿に分け、「ね?」と俺に目を合わせた。
「……ごめん」
「いや、日置が謝ることじゃないけど」
友人として頭を下げる俺に、渡会は困ったように笑う。
渡会がいう企画主とは、生粋の甘党、水無瀬のこと。
今日は彼の企画で開催された、巨大パフェチャレンジの日だった。それなのに一番の即戦力は、まさかの寝坊。予約時間に間に合わず、急いでこちらに向かっているが、彼が到着する頃には、この迫力ある姿はドロドロに溶けているだろう。
「まぁ……始まっちゃったものは仕方ないし、とりあえず食べるか!」
堀田は明るい声で鼓舞すると、スプーンを握りなおした。
制限時間は一時間。食べきれなければ料金7800円のお支払い。
甘いフェイスに反して甘いものが得意ではない仲里と、体はデカいのに少食すぎる守崎を除いて、俺たち三人は顔を見合わせてコクリと頷いた。
「んー……うん。無理かも」
開始から三十分。はじめこそ元気に食べていた堀田は突然ケロッとした顔で言い放つ。まだまだ余裕そうなのに、逆に清々しい顔が悟りを開いているようにも見える。
俺たちの前にそびえたつパフェは、まだ威厳を保ったまま。きっと水無瀬なら一人で半分は平らげることができるから、なんとしてでも50%は消しておかないと。
「日置は大丈夫?」
ちびちびとプリンをすくっては食べてを繰り返していると、隣から心配を含んだ声がかかった。
「無理しないでね」
もう一度、優しい一声。堀田より少し前にスプーンを置いた渡会は、俺と手元の器を交互に見て眉を下げる。
「ありがと。胃袋的には大丈夫なんだけど、なんかしょっぱいもの食べたくなってきたかも……ポテト頼んでもいい?」
「ダメ。それ食べたらコレ減らないじゃん」
渡会に言ったのに、間髪入れずに答えたのは守崎。俺が手を出す前に、メニューを自分の元へ引き寄せる。
「じゃあ守崎も食べてよ」
「無理なもんは無理」
不満をこぼせば、ズバッと切り捨てられた。
なんで来たんだ……と思うも、みんなが行くなら着いてくるのが彼であり、それは仲里も同じだった。
「あっ、じゃあさ! 負けた人が食べるゲーム方式にしない?」
戦力外となり、ただ傍観していた仲里は「はーい」と手を挙げる。
ゲームとは。誰もが思った疑問に、四人の注目を集めた彼は人差し指を天井へ向けた。
「たとえば〜……古今東西とか! お題どうしよっかな、じゃあ〜……修学旅行の思い出で!」
「いやでも、まだやるとは……」
勝手に始めようとする仲里に口を挟むと、ふんわりと天使みたいな笑みが返ってくる。
「拒否ったらこのワッフルにクリーム全乗せして口に突っこむね〜」
天使じゃなかった、悪魔だ。
周りのみんなも致死量の糖分にやられた仲里を止めることは無理だと察したのか、黙って合図を待っている。
「俺から時計回りで! せーの!」
ニコニコの笑顔で毒を吐く友達は、手を二回叩く。こうして、仲里、堀田、守崎、俺、渡会の順番でデスゲームが開幕した。
「堀田が幕の内弁当のこと幕末弁当って言ったこと〜」
「奇跡的に傘ゲットできたこと!」
「温泉気持ちよかった」
「えっと、恋バナかな」
「日置と手繋いだこと」
一巡目はなんなくクリアし、二巡目に入る。少しの違和感を抱いて。
「鯉の餌やり〜」
「鹿と戯れたこと!」
「お化け屋敷けっこうおもしろかった」
「迷子に、会ったこと」
「日置が一生懸命舌でケチャップ拭おうとしてたこと」
そして、三巡目。
「理不尽な起こし方されたこと〜」
「着付け体験!」
「おみくじで大吉逃したこと」
「……試食がおいしかったこと」
「日置がこっちの気も知らないで好きとか言ってきたこと」
やっぱ、おかしいよな。
「ちょっ、ちょっと待って。渡会だけお題違くない?」
一人だけ毛色の違う回答に、流れを遮ってしまう。
「はい、日置アウト〜!」
思わず中腰で席を立ってしまった俺に、仲里は意地悪い笑みを浮かべ、グッと親指を立てた。
さっそく悪魔は意気揚々と小皿にワッフルを移し、スプーンいっぱいにクリームをすくう。けれど、それは納得いかない。
「でも、今のは修学旅行じゃなくて俺との思い出じゃ──」
「嫌だった?」
仲里に向けた異議の返答は、隣から飛んでる。
「い、嫌じゃない、けど……」
「まだあるよ」
俺を見上げる渡会は、自信満々にフッと笑った。
「あ、いや……もう充分です」
ジワジワと耳が熱くなる。これ以上聞いたら、パフェのアイスより先に俺が溶けてしまう。
諦めて座席に腰を下ろすと、もりもりクリームを重ねる悪魔を横目に、堀田が「でも」と口を開いた。
「つっこんだら終わりだと思ってスルーしてたけど、たしかにお題とズレてるよな」
「じゃあ、渡会もアウトってことで」
腕を組んで頷く堀田の隣で、守崎が久しぶりにフォークを手に取る。仲里と同じくワッフルやらミニケーキやらクリームやらを器に盛りつけた彼は、そのまま渡会の前にズイッと差し出した。
「はい、どーぞ」
「なんでそうなんの」
目の前に守崎特製ミニパフェを置かれ、渡会は頬を引き攣らせた。お腹いっぱいのようで、少しだけ器を押して距離を取っている。
「早く終わらせ……じゃなくて、日置が苦しむとこ見過ごすつもり?」
今、早く終わらせたいって言いかけたな。本音が出ちゃってるよ、守崎さん。
「日置が、苦しむ……」
対する渡会は、ポロッと出てしまった失言より後半の言葉が引っかかったようで、思いつめた表情でミニパフェを見つめていた。
どうして彼は俺のことになると頭のネジが全部抜けてしまうのか。嬉しいけど心配だよ。俺が守ってあげなきゃ。
「無理しないで大丈夫だよ。俺まだ苦しんでないし、それもらっていい?」
使命感に駆られ、隣からミニパフェを貰おうと手を伸ばすが、それを仲里の声が制する。
「じゃあ"あーん"してあげれば? そのほうが食べれるんじゃない?」
「だめ。渡会のこといじめないで」
悪魔のささやきに首を振り、器を自分の元へ引っ張るも、今度は手首を掴まれた。思わず「え」と声も漏れる。
俺を止めたのは、他でもない渡会。
ミニパフェを映していたハイライトの消えた瞳が、ゆっくり俺に移る。
「………………いける」
血色を感じない顔に、腹の底から絞りだした小さな声。全然いけそうではない。
「でも、お腹いっぱいだよね……?」
「いっぱいじゃない。早く」
わずかに心配が勝ち、諦めてもらおうと身を引くが、彼にとって満腹などどうでもいいようだった。
息つく間もなく、強引に手を取られ、スプーンを握らされている。こうなったら、こちらが折れるしかない。
「渡会くん、ステキ〜」
「男気かっこいー」
「よっ、世界一!」
楽しそうだな外野は。
キャッキャと盛り上がる三人を他所に、「本当の本当に無理しないで」と前置きし、パフェを見下ろす。
「何ほしい? アイスか、フルーツか……」
スプーンの照準を転々としながら顔を上げると、彼はジッと俺を見つめたままポソリと呟いた。
「……日置がほしい」
そういう意味ではなく。と、思うもあまりにも真剣な目つきに思わず笑ってしまう。
というか。
「俺はもう渡会のじゃん」
これ以上何がほしいのだろう。好きと伝えた日に全部あげたのに。
お互い見つめあったまま、わずかな時間が流れる。
「そうだね」
光を失っていた瞳が、はちみつみたいにドロリと溶けた気がした。ニコリと微笑んだ彼の表情は、目の前の巨大パフェよりも甘い。
「おっけー、もう帰ろ。胃もたれ加速してきた」
「賛成ー。いろいろ出そう、手とか」
「一万円置いてくからゆっくりしてきなよ」
仲里は白旗を振る仕草を、守崎は深いため息を、堀田はバッグを漁りだす。
すみません。と謝りつつ、そろそろ慣れてくれとも思う。
そこに、「お待たせしました〜!」と、突然聞き慣れた声が飛びこんだ。お開きモードの空気から顔を上げれば、待ちわびた水無瀬がこちらへ向かってくる。
「え、カオス?」
テーブルに着くなり、救世主は意気消沈する三人を見てポカンと口を開いた。
ポリポリと頬を掻く彼の腕時計が目に入った時、ハッと本来の目的を思い出す。
「てか、水無瀬。早く。時間ない──」
「日置、早くちょうだい」
よそ見厳禁。とでも言うように、腕を強引に引っ張られ、視界が百八十度回る。
甘い眼差しと、抱きしめられそうな勢いに、思わず彼の肩を押し返した。
「ちょ、ちょっと待って……! 今ほしいのは俺じゃなくて"あーん"だよね?!」
「どっちも」
「だから、俺はもう渡会のだって」
二度目のやり取りを繰り広げる俺と渡会。その光景を前にしている、守崎、仲里、堀田の声には呆れと諦めが混じっていた。
「こんくらい甘いから、あとはよろしく」
「もう早く終わらせて遊び行こ〜」
「頼んだ、ヒーロー」
寄せられる期待に、「う、うん……」とぎこちなく答える水無瀬の返事が聞こえる。
そして、彼のおかげで制限時間三分を残し、俺たちは"挑戦"を終えるのだった。
end
のどかな日曜日の昼下がり。
最寄り駅から一時間ほど電車に揺られ、俺たちはある場所に集まっていた。"挑戦"のために。
ホワイトウッドを基調とする華やかな雰囲気のカフェに、男子高校生が五人。客層は女性が多く、男だけで入るには少しばかり抵抗がある。
そんな、少しだけ居心地の悪い俺に対して四人のイケメンたちは雑誌の表紙かのように馴染んでいた。来店したお客さんは彼らに目を奪われ、そして、ついでのようにテーブル上のどデカい"これ"を見てハート型の瞳を丸くした。
「……ごめんけど、俺もうギブ」
向かいの席から弱々しい声が飛んでくる。クリームやらコーンフレークやらフルーツやらを詰めこんだ巨大なグラスの向こうで、仲里は指と指を重ねてバツを作っていた。
「俺もそろそろ無理」
続いて、真正面に座る守崎もチョコレートアイスをすくいながらポソリと呟く。仲里のように顔色が悪そうには見えないが、すでに満腹のようだ。
「やっぱ、人選ミスじゃね?」
無造作に刺さった棒状のチョコレートスナック菓子を何本か抜き取り、窮屈に押しこまれたアイスを一つ器へ移す堀田。両サイドで撃沈する二人を見て、呆れ混じりに鼻で笑っている。
「てか、企画主が寝坊なんてアリなの?」
隣に座る渡会は、器用にフルーツだけ小皿に分け、「ね?」と俺に目を合わせた。
「……ごめん」
「いや、日置が謝ることじゃないけど」
友人として頭を下げる俺に、渡会は困ったように笑う。
渡会がいう企画主とは、生粋の甘党、水無瀬のこと。
今日は彼の企画で開催された、巨大パフェチャレンジの日だった。それなのに一番の即戦力は、まさかの寝坊。予約時間に間に合わず、急いでこちらに向かっているが、彼が到着する頃には、この迫力ある姿はドロドロに溶けているだろう。
「まぁ……始まっちゃったものは仕方ないし、とりあえず食べるか!」
堀田は明るい声で鼓舞すると、スプーンを握りなおした。
制限時間は一時間。食べきれなければ料金7800円のお支払い。
甘いフェイスに反して甘いものが得意ではない仲里と、体はデカいのに少食すぎる守崎を除いて、俺たち三人は顔を見合わせてコクリと頷いた。
「んー……うん。無理かも」
開始から三十分。はじめこそ元気に食べていた堀田は突然ケロッとした顔で言い放つ。まだまだ余裕そうなのに、逆に清々しい顔が悟りを開いているようにも見える。
俺たちの前にそびえたつパフェは、まだ威厳を保ったまま。きっと水無瀬なら一人で半分は平らげることができるから、なんとしてでも50%は消しておかないと。
「日置は大丈夫?」
ちびちびとプリンをすくっては食べてを繰り返していると、隣から心配を含んだ声がかかった。
「無理しないでね」
もう一度、優しい一声。堀田より少し前にスプーンを置いた渡会は、俺と手元の器を交互に見て眉を下げる。
「ありがと。胃袋的には大丈夫なんだけど、なんかしょっぱいもの食べたくなってきたかも……ポテト頼んでもいい?」
「ダメ。それ食べたらコレ減らないじゃん」
渡会に言ったのに、間髪入れずに答えたのは守崎。俺が手を出す前に、メニューを自分の元へ引き寄せる。
「じゃあ守崎も食べてよ」
「無理なもんは無理」
不満をこぼせば、ズバッと切り捨てられた。
なんで来たんだ……と思うも、みんなが行くなら着いてくるのが彼であり、それは仲里も同じだった。
「あっ、じゃあさ! 負けた人が食べるゲーム方式にしない?」
戦力外となり、ただ傍観していた仲里は「はーい」と手を挙げる。
ゲームとは。誰もが思った疑問に、四人の注目を集めた彼は人差し指を天井へ向けた。
「たとえば〜……古今東西とか! お題どうしよっかな、じゃあ〜……修学旅行の思い出で!」
「いやでも、まだやるとは……」
勝手に始めようとする仲里に口を挟むと、ふんわりと天使みたいな笑みが返ってくる。
「拒否ったらこのワッフルにクリーム全乗せして口に突っこむね〜」
天使じゃなかった、悪魔だ。
周りのみんなも致死量の糖分にやられた仲里を止めることは無理だと察したのか、黙って合図を待っている。
「俺から時計回りで! せーの!」
ニコニコの笑顔で毒を吐く友達は、手を二回叩く。こうして、仲里、堀田、守崎、俺、渡会の順番でデスゲームが開幕した。
「堀田が幕の内弁当のこと幕末弁当って言ったこと〜」
「奇跡的に傘ゲットできたこと!」
「温泉気持ちよかった」
「えっと、恋バナかな」
「日置と手繋いだこと」
一巡目はなんなくクリアし、二巡目に入る。少しの違和感を抱いて。
「鯉の餌やり〜」
「鹿と戯れたこと!」
「お化け屋敷けっこうおもしろかった」
「迷子に、会ったこと」
「日置が一生懸命舌でケチャップ拭おうとしてたこと」
そして、三巡目。
「理不尽な起こし方されたこと〜」
「着付け体験!」
「おみくじで大吉逃したこと」
「……試食がおいしかったこと」
「日置がこっちの気も知らないで好きとか言ってきたこと」
やっぱ、おかしいよな。
「ちょっ、ちょっと待って。渡会だけお題違くない?」
一人だけ毛色の違う回答に、流れを遮ってしまう。
「はい、日置アウト〜!」
思わず中腰で席を立ってしまった俺に、仲里は意地悪い笑みを浮かべ、グッと親指を立てた。
さっそく悪魔は意気揚々と小皿にワッフルを移し、スプーンいっぱいにクリームをすくう。けれど、それは納得いかない。
「でも、今のは修学旅行じゃなくて俺との思い出じゃ──」
「嫌だった?」
仲里に向けた異議の返答は、隣から飛んでる。
「い、嫌じゃない、けど……」
「まだあるよ」
俺を見上げる渡会は、自信満々にフッと笑った。
「あ、いや……もう充分です」
ジワジワと耳が熱くなる。これ以上聞いたら、パフェのアイスより先に俺が溶けてしまう。
諦めて座席に腰を下ろすと、もりもりクリームを重ねる悪魔を横目に、堀田が「でも」と口を開いた。
「つっこんだら終わりだと思ってスルーしてたけど、たしかにお題とズレてるよな」
「じゃあ、渡会もアウトってことで」
腕を組んで頷く堀田の隣で、守崎が久しぶりにフォークを手に取る。仲里と同じくワッフルやらミニケーキやらクリームやらを器に盛りつけた彼は、そのまま渡会の前にズイッと差し出した。
「はい、どーぞ」
「なんでそうなんの」
目の前に守崎特製ミニパフェを置かれ、渡会は頬を引き攣らせた。お腹いっぱいのようで、少しだけ器を押して距離を取っている。
「早く終わらせ……じゃなくて、日置が苦しむとこ見過ごすつもり?」
今、早く終わらせたいって言いかけたな。本音が出ちゃってるよ、守崎さん。
「日置が、苦しむ……」
対する渡会は、ポロッと出てしまった失言より後半の言葉が引っかかったようで、思いつめた表情でミニパフェを見つめていた。
どうして彼は俺のことになると頭のネジが全部抜けてしまうのか。嬉しいけど心配だよ。俺が守ってあげなきゃ。
「無理しないで大丈夫だよ。俺まだ苦しんでないし、それもらっていい?」
使命感に駆られ、隣からミニパフェを貰おうと手を伸ばすが、それを仲里の声が制する。
「じゃあ"あーん"してあげれば? そのほうが食べれるんじゃない?」
「だめ。渡会のこといじめないで」
悪魔のささやきに首を振り、器を自分の元へ引っ張るも、今度は手首を掴まれた。思わず「え」と声も漏れる。
俺を止めたのは、他でもない渡会。
ミニパフェを映していたハイライトの消えた瞳が、ゆっくり俺に移る。
「………………いける」
血色を感じない顔に、腹の底から絞りだした小さな声。全然いけそうではない。
「でも、お腹いっぱいだよね……?」
「いっぱいじゃない。早く」
わずかに心配が勝ち、諦めてもらおうと身を引くが、彼にとって満腹などどうでもいいようだった。
息つく間もなく、強引に手を取られ、スプーンを握らされている。こうなったら、こちらが折れるしかない。
「渡会くん、ステキ〜」
「男気かっこいー」
「よっ、世界一!」
楽しそうだな外野は。
キャッキャと盛り上がる三人を他所に、「本当の本当に無理しないで」と前置きし、パフェを見下ろす。
「何ほしい? アイスか、フルーツか……」
スプーンの照準を転々としながら顔を上げると、彼はジッと俺を見つめたままポソリと呟いた。
「……日置がほしい」
そういう意味ではなく。と、思うもあまりにも真剣な目つきに思わず笑ってしまう。
というか。
「俺はもう渡会のじゃん」
これ以上何がほしいのだろう。好きと伝えた日に全部あげたのに。
お互い見つめあったまま、わずかな時間が流れる。
「そうだね」
光を失っていた瞳が、はちみつみたいにドロリと溶けた気がした。ニコリと微笑んだ彼の表情は、目の前の巨大パフェよりも甘い。
「おっけー、もう帰ろ。胃もたれ加速してきた」
「賛成ー。いろいろ出そう、手とか」
「一万円置いてくからゆっくりしてきなよ」
仲里は白旗を振る仕草を、守崎は深いため息を、堀田はバッグを漁りだす。
すみません。と謝りつつ、そろそろ慣れてくれとも思う。
そこに、「お待たせしました〜!」と、突然聞き慣れた声が飛びこんだ。お開きモードの空気から顔を上げれば、待ちわびた水無瀬がこちらへ向かってくる。
「え、カオス?」
テーブルに着くなり、救世主は意気消沈する三人を見てポカンと口を開いた。
ポリポリと頬を掻く彼の腕時計が目に入った時、ハッと本来の目的を思い出す。
「てか、水無瀬。早く。時間ない──」
「日置、早くちょうだい」
よそ見厳禁。とでも言うように、腕を強引に引っ張られ、視界が百八十度回る。
甘い眼差しと、抱きしめられそうな勢いに、思わず彼の肩を押し返した。
「ちょ、ちょっと待って……! 今ほしいのは俺じゃなくて"あーん"だよね?!」
「どっちも」
「だから、俺はもう渡会のだって」
二度目のやり取りを繰り広げる俺と渡会。その光景を前にしている、守崎、仲里、堀田の声には呆れと諦めが混じっていた。
「こんくらい甘いから、あとはよろしく」
「もう早く終わらせて遊び行こ〜」
「頼んだ、ヒーロー」
寄せられる期待に、「う、うん……」とぎこちなく答える水無瀬の返事が聞こえる。
そして、彼のおかげで制限時間三分を残し、俺たちは"挑戦"を終えるのだった。
end
