その週の土曜日。ぼくは広島駅の予備校に行くため再び電車に乗っていた。
(え……うそだろ)
 ゴールデンウィーク中の祝日に、一度だけ見かけた、あの、姉さんに似た美女と、また同じ車両に乗り合わせたのだ。
 今日も彼女はウルフカットだった。
 しかし、気にかかったのはウルフカットのことではなかった。あのとき、口元を引き結び、切れ長の瞳でじっと遠くを見るような自信に満ちていた表情が今日はなかったのだ。下を向いて、どこか寂しそうな表情をしている。しかし、間違いなく、あの彼女だった。見間違えるわけがない。
 どうしたんだろう。そんな表情をしないでくれ。ほっとけないというか、なんか声をかけてあげたくなる。
 というくらい、彼女は元気がなかった。本当にどうしたんだろうか。
 口もちょっととがらせているような。言ってみれば、ちょっと拗ねているようにも見える。
「新白島~新白島~」
 彼女は新白島で降りなかった。どうやら今日の彼女は広島駅に用事があるらしい。
 ぼくは彼女の寂しそうな表情が気になって仕方なかった。ほっとけない。そう思った。心臓が早鐘を打つ。そうだ。広島駅に着いたら声をかけよう。でも、なんて声をかければいいんだろうか。
 それ以前に、本当に彼女、姉さんじゃないよね。まずそこから確かめないと。ちょっと似すぎているんだよな。でも姉さんだったらぼくのことにも気がつくはずだ。だからそれはありえないと思うけど、一応確認を。
(姉さんですか?)
 なんて声をかけたら、新手のナンパ手法だと思われるだろうな。まあそれでもいいか。こうなったら当たってくだけろだ。
 決心をつけると、ぼくの心臓は余計に高鳴っていた。
 ぼくの理性はとっくの昔に吹っ飛んでいた。姉さんに似たひとに声をかけるのだ。必ず!そして、この空虚な毎日から脱するのだ。勉強で気を紛らす日々に終止符を打ちたい。
「次は~終点広島~、広島でございます」
 広島駅に着くと、車内のすべての乗客が降りてゆく。彼女もだるそうに歩きながら降りてゆく。
 ぼくは彼女が車内を降りる瞬間を見計らって、ほぼ一緒に電車を降りた。
 彼女は上には行かなかった。地下のほうへ向かう。ラッキーだと思った。地下に行くひとは少ない。広島駅では多くのひとがエスカレーターを使って上に向かうからだ。地下なら声をかけやすい。
 彼女は地下に降りると、南側の地下改札へ向かって歩き始めた。そして、スマホで電子決済を終えると、さらに南を目指して歩いていった。
 ぼくは走って彼女の隣に並びかけようとする。
(今だ!うまくやるんだぞ、ぼく!)
 彼女の横に並ぶ。
「姉さん、じゃないですよね?」
 瞬間、彼女は身体をビクッと跳ねさせてぼくのことを見た。その切れ長の瞳を、大きく見開いている。
「え……あの……」
 彼女は急に声をかけられたせいか、二の句が継げないようだった。
「あ、ごめんなさい、あまりにもあなたが、ぼくの姉に似ていたものですから」
 ぼくは彼女の顔を見ながら後頭部を撫でる。
「あ……そ……そうなんですか」
 彼女はぼくから視線を逸らして目を泳がせると、ぼくから身を守るように半歩うしろにあとずさり、片手を胸のあたりに持っていった。明らかに防御の体勢に入っている。
(う……ちょっと傷つくかも)
 しかしここでひるんでいてはいけない。ぼくは勇気を振り絞って会話を続ける。
「あの、前にもあなたのこと見かけたことがあるんですけど、今日は前より元気がないな、と思って、声をかけさせていただきました」
 ぼくは緊張のせいか早口でまくしたてた。
「え……え……」
「あ、あの」
 ぼくは間がもたなくて、なんとか会話をしようとする。しかし言葉がうまく出てこない。
 口をあうあうと動かすだけでうまくしゃべれない。
 すると。
「そうだったんですね。あたしのこと、心配してくれたんですか」
 彼女は口元に微笑をたたえると、ぼくのことをまっすぐに見つめてそんなことを言ってくれた。
 助け船が出された、と思った。そして、なんて性格のいい子なんだと思った。こんないきなり声をかけてくる、ほとんど不審者みたいなぼくのことを、笑顔で迎えてくれるなんて。やはりぼくの目に狂いはなかったのだ。
「あ、あはは。変ですよね。一度見かけたひとが元気なさそうに見えただけで声をかけるなんて」
「そんなことないと思いますよ」
「へ?」
「あなたって、優しいんですね」
 いや、優しいのはあなたですよ。こんな突然ナンパしてきたやつを、笑顔で迎えてくれるなんて。月並みだけど、彼女は天使なのではないかと思った。
「あたし、あなたのお姉さんに似てるんですか」
 突然声をかけられたのに、ぼくが最初に言った言葉を覚えていてくれたようだ。頭の回転もいいのかもしれないな、と余計に好感を抱く。
「そ、そうなんですよ。ぼく、シスコンで。姉に似たひとのことを目で追っちゃうんですよ」
「お姉さんのこと、大好きなんですね」
 そこでぼくは咄嗟に言ってしまう。出任せなんかではない。
「いや、好きなのは、あなたです」
「え……」
 ふたりの間に沈黙が訪れる。
 ぼくたちの横を、ひとが数人、横切っていく。かつかつ、とひとが靴で地面を踏み鳴らす音が耳朶に響く。
「な、ナンパなんですか」
 沈黙を破ったのは彼女のほうからだった。
 彼女はうつむいて、口を引き結んでいる。うつむきながら、視線が泳いでいる。
「あ、いや、なんというか。あまりに元気なさそうだったから、元気にしてあげたくて」
 ぼくももじもじ。彼女ももじもじ。
 ふたりして路上で、お見合いしているみたいだ。
「あたし、そんなに元気なさそうに見えましたか」
 彼女は落ち着きなく、足元をふるふると揺らしている。
 そんな仕草も、かわいいと思ってしまう。
 ぼくは彼女の顔を見据える。
 下を見ている彼女の顔を、遠慮なく見つめる。
「はい、前に見かけたときは、元気そうだったから。今日は何かあったのかな、と思って」
 そこまで言って、また会話は途切れた。もどかしい。
 でも彼女は決してぼくから逃げるようなことはなかった。
 本当ならこんなナンパ、「は、だりぃ」とか言われてスルーされても文句言えないのに。彼女はぼくと向き合ってくれる。
 恥ずかしさを追い越した勇気によって、ぼくは彼女に声をかけることができた。
「その。ほっとけなくて。元気にしてあげたくてっていうか。いや、そんなのおこがましいのは、わかってるんですけど」
 ぼくはうつむく。やっぱり恥ずかしい。実際、自分で言っていて思ったけど、「元気にしてあげたい」なんて、おこがましいにもほどがある。「どの口が言うんじゃワレ」、と広島弁で返されても仕方ないと思う。
 再びふたりの間に沈黙が訪れる。
 彼女の足元が見える。相変わらず、彼女の足元は落ち着きなく揺れている。
 彼女の足元は、ローヒールの黒いショートブーツだった。上半身のカーディガンといい、彼女はオシャレさんでもあった。
 彼女も緊張しているんだ。そう思うと、ぼくはちょっとだけ嬉しい気持ちだった。緊張しているということは、彼女もぼくのことを考えくれている証拠だ。
 そんなことを思い、ぼくは、顔をあげる。
 はっとした。
(え……どういうことだ)
 彼女は、泣いていた。
 そのうっすらと開いた切れ長の両方の瞳から、涙を一筋ずつ垂らしている。
 彼女は口元に手を当てて、一度、鼻をすすった。
「あ、あの……」
「はい!」
 彼女に声をかけられ、ぼくは反射的に声をあげる。
 なんだ。なぜ泣いているんだ。
「あの、すごく変なこと聞いていいですか」
 ぼくは条件反射で答える。
「はい!」
「抱きついても、いいですか?」
「え?」
 ぼくが答え終わる前に、彼女はぼくに抱きついてきた。
 ふわりと、彼女のウルフカットがぼくの頬に振れる。甘い香りが鼻腔をくすぐる。
(なぜ)
 彼女はぼくの背中に両腕を回し、ぼくの肩に顎を乗せた。
 ぼくもそれにならって彼女の肩の上に顎を乗せる。
 彼女のハスキーな声がぼくの耳に直接響くような形になった。
「ありがとう。あたしのこと、心配してくれて」
「そ……そんな」
 五月だ。彼女はキャミソールにカーディガンを着ている。つまり薄手だから、抱き合っていると、彼女の温もりを身体いっぱいに感じる。彼女は華奢だった。強く抱き締めると、骨が折れて崩れてしまうのではないかと思うほどだった。
 彼女は涙で鼻声になっていた。
「嬉しい……ありがとう……本当にありがとう……」
 ぼくは何も言わずに彼女を抱き締め続ける。正直、彼女に抱き着かれてラッキーとかいう思いよりも、いまこの瞬間にも彼女のことを癒してあげたいという思いのほうが強かった。
 通りをゆきかう人々が、ぼくたちふたりのことを見ていく。
 しかしぼくはそんなことを気にしない。今は、精一杯彼女の力になってあげたい。それが抱き締めるだけで出来るのなら、お安い御用だ。
 彼女はぼくの腰に手を回しながら、上半身だけぼくから離した。そして、至近距離でぼくのことを見つめてくる。
「あなたともっと話したいです。このあと、時間はありますか?」
 ぼくは一瞬でこのあとの予定のことを頭に思い浮かべる。
「あ、えっと。このあとは、予備校の授業があって」
「じゃあ、授業が終わるまで、あたしはこのへんで時間をつぶしていますね。待ち合わせはこの上の川沿いのベンチで」
「は、はい!」
 ぼくは直立不動で返事をしていた。
 そしてぼくたちは一旦別れた。

 昼過ぎ。
 ぼくは広島駅南口の地下通路の奥にあるエスカレーターをあがったところで、彼女を探した。
 彼女は予告通り、ベンチに座っていた。
「やあ、お待たせしてごめん」
 彼女は振り向き、立ち上がった。プリーツスカートの下から、きれいな膝こぞうが姿を現す。足もキレイなんだな、と、今さらながらに気がつく。電車の中では足元は見えなかったから。
「寄りたいところがあったので、ぜんぜん待ってないですよ」
「そっか。よかった」
 ぼくは彼女の横に腰かける。彼女も腰を下ろす。
 ぼくたちの頭上の斜め上のほうに、橋が架かっている。
 ぼくは彼女に問う。
「名前、なんていうんですか」
 彼女はショートウルフカットの髪をかきあげ、ぼくのほうを向く。水面に反射した光が、彼女の髪の毛と瞳を輝かせる。
「夏木紬(つむぎ)です」
「ぼくは兵頭蒼。つむぎって、どんな漢字書くの?」
「糸へんに、自由の由」
「一文字だけなんだ」
「そう。あおいくんの漢字は?」
 彼女はさっそくぼくのことを下の名前で呼んでくれる。
「ぼくは草冠に、倉敷の倉だよ」
「そう、とも読める字だね」
「うん。よく知ってるね」
「それくらいわかるよ」
 そう言って、彼女は笑った。ゴールデンウィークに電車の中で見た彼女の笑顔とは、また違った笑顔だった。満面の笑み、という言い方が似合う笑い方だった。
 彼女は今日最初に会ったときとは違って笑顔になってくれている。「姉さん?」なんて声をかけたら不審者と思われそうなものだが、声をかけて本当に良かった。こんなにも元気になってくれるなんて。
「ねえ、蒼くんって、高校生なんだよね」
 横を見ると、彼女は空を仰ぎ見ながら尋ねてくる。その口元はゴールデンウィーク中に見かけたときと同じく、自信に満ちたように横一線に引き結ばれている。
「そうだよ」
「どこの高校?」
「椿の坂学園ってとこ」
 すると、彼女は突然ぼくのほうを振り返り、目を見開いてきた。
「うそ!一緒じゃん!」
 ぼくも驚いて目を丸くしてしまう。
「ほんとなの?」
「うん。あたしも椿の坂学園に通ってるよ」
「ぼくは二年一組。夏木さんは、何組?」
「あ、あたし、国際英文学科なの。ひとクラスしかない」
「あ……ああ……そうなんだ……」
 どおりで見たことがないわけだ。
「ぼくは普通科だよ」
「クラス、離れてるもんね。普通科と国際英文学科だと」
 そうなのだ。校舎はLの字の形をしていて、普通科と国際英文学科だと、ちょうど端と端の関係になる。ぼくの二年一組からは国際英文学科はずいぶん離れている。実際、国際英文学科のひとたちをほとんど見たことがない。
「まさか、同じ学校だったとはね」
「ビックリだね」
「あれ?待てよ」
 そこで夏木さんは顎に手を持っていくと、思案顔になった。
「どうかしたの?夏木さん」
「蒼くん、確か上の名前は兵頭って言ったよね」
「そうだけど」
「もしかして、この前返された全国模試の成績優秀者欄に乗ってた兵頭蒼って、あなたのこと!?」
「そ、そうだよ」
「うそー!有名人じゃん!」
 そういって夏木さんは椅子から立ち上がり、目を真ん丸にさせてぼくのことを見下ろしてくる。
「お、オーバーだよ」
「いやいや。全国で、確か五位だったよね!超頭いいじゃん!」
「あはは」
「あ、てことは、国際英文学科のあたしよりも英語の成績もいいんじゃないでしょうね」
 夏木さんはむっとした顔になった。さっきまで元気のなかったひととは思えないほど表情の変化が豊かだ。そして夏木さんは再び座る。
「英語は、満点だったよ」
「ちくしょー!」
 夏木さんは拳を握りしめて悔しがっている。本当に変化に富んだひとだ。
「ねえ、今度あたしに英語、教えてよ」
「なに言ってるんだよ。君は国際英文学科だろ」
「あたしより成績いいくせに」
「ぼくは英会話はできないよ。国際英文学科では英会話はやってるんでしょ」
「そうだけど。長文読解とか、苦手だから」
「そ、そうか」
 そこでようやく会話は途切れた。ぼくが成績優秀者欄に載っていたことを知ってからの夏木さんは矢継ぎ早に話すものだから、息つく暇もなかった。
「夏木さん、国際英文学科かぁ」
「ねぇ、蒼くん」
「ん?」
 ぼくはベンチの座面に腰をあずけたまま、夏木さんのことを見る。
「あたしのことも紬って、下の名前で呼んで」
「え、そんな……会って初日だよ、ぼくたち」
 夏木さんは不服そうに頬を膨らませて、両の拳を握りしめている。
「あたしはもう蒼くんのこと、蒼くんって呼んでるのに」
 ぼくは若干引いてしまう。実際に腰を少し横にずらしてしまう。
「夏木さん、ずいぶん積極的だね」
「あ、ほら、今も夏木さんって言った。紬って呼んで」
「紬……さん」
「うん、うん」
 紬さんは切れ長の瞳を垂れさせて嬉しそうにうなずいた。
 それからもぼくたちはお互いの学校でのことを話し合った。紬さんが積極的に話してくれたおかげで話題は尽きなかった。むしろぼくは押されっぱなしだった。
 彼女は姉さんのことも話題にしてくれた。
「ねえ、最初声かけてくれたときに、『姉さん?』て問いかけてきてくれたでしょ。あたし、あなたのお姉さんに似てるの?」
 彼女はため口になっていた。距離が縮まった気がした。
「ああ、うん。そっくりだったから、見間違えちゃったよ」
「そうなんだ。ちなみにあたし、そんなに元気なさそうにしてたかな」
「うん、前見たときとは、別人みたいだったよ」
「前って、どこであたしのこと見かけたの?」
「同じ電車だよ。ゴールデンウィーク中の祝日に一日だけ」
「ゴールデンウィーク?」
「乗ってたでしょ?同じ電車」
「う……うーん。そうかな」
 そこで会話は途切れた。彼女がずっと話してくれていたから、ぼくは緊張せずに話すことができた。彼女に感謝だ。
「さてと、そろそろ行かないと」
 そう言って、紬さんは椅子から立ち上がった。その横顔は、再びどこか遠い目になっていた。彼女は何か大事な決断を下すように、ぎゅっと唇を引き結んでいた。
 ぼくはその瞬間、姉さんの面影を紬さんに重ねていた。
 姉さんが、行ってしまう。
「紬さん!」
 ぼくも立ち上がる。そして、意を決する。さっき抱きしめられたことが脳裏をよぎる。今ならいける!そう思った。
「好きです!付き合ってください!」
 ぼくは頭を下げていた。
 どれくらいそうしていただろう。
 あまりに長いこと頭を下げていたものだから、ぼくは耐えきれなくなって、頭を上げた。
 そこには、眉を八の字にさせた紬さんがいた。いつの間にか空は曇っていて、彼女の瞳に光は反射していなかった。
「ごめんなさい。蒼くん。あたし、実は……」
 なんだ。ぼくは振られたのか。それにしては、彼女の様子が変だ。
 彼女は、何か大事なことを言おうとしている。
 そして、彼女は引き結んでいた口を、開く。
「あたし、余命半年なの。半年後には、もうこの世にいないんだよ」
 ぼくは、頭の中が真っ白になった。目の前で笑い、ついさっき自分を下の名前で呼んでくれた紬さんが、今、「死」というあまりに現実離れした言葉を吐いた。
「……冗談、だよね?」
 その言葉が、ぼくの唇から、か細く震える音としてこぼれ落ちる。
「本当なの。ごめんね。あたしも蒼くんが好き。だけど、あたし、半年後には、もういなくなっちゃうから」
 ぼくは衝動的に彼女を抱きしめにかかった。
「あ、蒼くん!」
「紬さん……」
 ぼくはきつく紬さんを抱きしめる。
 半年でもいい。
 紬さんは、ぼくにとっての生命線なんだ。
 この絶好の機会を逃すわけにはいかない。
 ぼくは彼女と付き合いたい。
 いま彼女を逃がすわけにはいかない。
 ぼくの理性が、ぼくにそう呼びかけている。
「紬さん。ぼくには紬さんの抱えている事情は、深くは理解してあげられないかもしれない。でも」
 そこでぼくは彼女の両腕を持って上半身を離す。紬さんの顔を正面に見据える。
「たとえ半年でも。ぼくはきみのことを幸せにしてあげたい」
「あ……蒼くん……」
 今度は紬さんのほうから抱きしめに来てくれた。
「蒼くん……あたし……死ぬのが怖いの。怖くて、夜に寝られないの」
「そっか」
 ぼくは彼女を抱きしめる。
 紬さんが上半身を離す。
「あたし、蒼くんに迷惑ばかりかけるかもしれないよ」
「そんなの。気にしないよ」
「蒼くん。優しいんだね」
 紬さんは拗ねたように下を向いた。
 
 それからぼくたちは一緒に電車に乗り、バスに乗って同じ団地に向かって帰った。
「じゃあ、明日、学校で会おう」
 紬さんは不安そうな顔で訴える。
「うん。放課後、体育館裏で会えるかな」
「わかった」
 そうしてぼくたちは連絡先を交換して別れた。

 夜の間もぼくたちはメッセージをやり取りした。
 しかし、メッセージは一往復で終わった。
 ちょっと寂しかったけど、まだ付き合い始めたばかりだし、こんなものか、とぼくはひとりで納得していた。