夜。
あたしは睡眠薬を多量に服用する。
あたしはイヤホンをスマホに接続して、スマホの中の動画を見ていた。
団地の坂を自転車で駆け下りたときの動画だ。
「六月二十九日、月曜日。あたしたちは自転車で椿の坂学園から自転車でここまで降りてきました」
今はもう十月だ。ずいぶん昔のことのように思える。
それからあたしは画像から、蒼くんの顔が写っているものを中心に見ていく。
蒼くんと団地を自転車で駆け下りたときに一緒に写った写真。
蒼くんと一緒に写った宮島フェリーでの写真。
蒼くんがティラミスを食べているところの写真。
蒼くんと初めてキスしたとき、蒼くんの部屋で撮った彼の寝顔。
角島からの帰りの新幹線の中での蒼くんの寝顔。
蒼くん。
もしかしたら、あたしはもう二度とあなたに会うことはできないのかもしれない。
それでもいい。
あなたを守ることができるなら、あたしは自分があなたに会えないことくらい、いくらでも我慢する。
それくらい、あたしはあなたにたくさんのものを与えてもらったから。
いつもあなたに抱きしめられて眠ることができたのだから。
それがどれだけあたしにとって救いになったか。
蒼くんがあたしにしてくれたことを考えたら、蒼くんのことをあたしが守ろうとすることくらい、たやすいこと。
いくらでも蒼くんを守ってあげたいと思う。
蒼くんは瑠璃お姉ちゃんのことをあたしだと思っている。
だから、蒼くんはあたしに会えなくてつらい思いをするわけじゃない。
まあ、身代わりになってくれてる瑠璃お姉ちゃんからは抱きしめることを拒否されちゃうけどね。
それは、ごめんね。
蒼くん。蒼くんはあたしがいなくなっても、幸せにならなきゃだめなんだよ。
あたしが今してることは、蒼くんの未来の幸せを守ることにつながるんだから。
だから。これからも元気でね、蒼くん。
やがて睡魔が襲ってきて、あたしは眠ることができる。本当は蒼くんに抱きしめてもらって寝たかったのだけど。
それからも毎日、蒼くんはあたしのお見舞いにやってきた。
来るときはスマホに連絡が入るから、瑠璃お姉ちゃんの準備も万全で彼を迎えることができた。
最初のころはお姉ちゃんは大変そうだったけど、特に話す必要もないことに気がついてからは、お姉ちゃんは蒼くんと会うときに会話しようとも思わなくなったらしい。
しかし、蒼くんに会うという代役をこなすお姉ちゃんは、毎日あたしのベッドに戻って来ると、暗い顔をしていた。これじゃあまるでお姉ちゃんのほうが病人みたいだ。
「紬、本当に彼氏に会わなくていいのか」
お姉ちゃんは何度もあたしにそう問いかけた。
でも、あたしの決心が変わるわけもなかった。
そして、あたしはさらに痩せていった。
やがて。
身体に痛みが出始めた。
「痛い!痛い!お姉ちゃん」
「紬!大丈夫か!看護師さん呼ぶぞ!」
「う、うん」
それからあたしは鎮痛剤を打ってもらったりしてさまざまな処置を受けた。
そして、病室は個室へと変わった。
個室に変わってからの瑠璃お姉ちゃんは今までよりも深刻そうな表情をするようになった。
「紬。やっぱり、彼氏に会ったほうがいいんじゃないか」
「だからだめだってば。それだと、蒼くんのトラウマが悪化するかもしれないから」
「紬はそれで満足なのか?本当に?最愛の彼氏に会えなくてもいいのかよ」
「お姉ちゃん。蒼くんを守るためだから。お願いだから、聞き分けて」
お姉ちゃんは拳をぶるぶると震わせている。
「あたしは……あんたの双子の姉だぞ!妹のことを心配して、当たり前だろ!いつまであたしをあんたの身代わりにさせるつもりなんだ」
「う……」
確かにお姉ちゃんに負担をかけているのはわかっている。もう何十回もお姉ちゃんには蒼くんに会うための身代わりを引き受けてもらっている。
お姉ちゃんも限界なんだろうか。
そしてベッドの上のあたしのスマホが鳴った。
兵頭蒼くん、の文字。
「今日もこれから行くよ」
どうしよう。個室に変わったことを知らせたほうがいいのだろうか。
あたしは迷った。
迷っている間にも蒼くんはやってくる。
お姉ちゃんは背もたれのある椅子に腰かけ、足を組んで、ずっと下を向いていた。
それから一時間ほどして、ドアがノックされた。
あたしとお姉ちゃんは同時にビクッと身体を跳ねさせた。
お姉ちゃんが走ってドアを開けに行く。
お姉ちゃんは後ろ手にドアを閉める。
蒼くんが来たのだろうか。
あたしにはふたりの声は聞こえてこない。
すると、突然。
「あたし、もう耐えられない!」
と、瑠璃お姉ちゃんの絶叫する声が聞こえてきた。
そして、病室のドアが開けられた。
「紬!」
お姉ちゃんがあたしのことを呼ぶ。
お姉ちゃんがずかずかとあたしに歩み寄る。
病室のドアのところに立っているのは、蒼くんだった。
蒼くん。久しぶりに見る蒼くん。
「紬!あたし!いい加減もう耐えられないよ!あんたの彼氏だろ!会ってあげなよ!」
蒼くんが病室の中に入ってくる。
ああ、蒼くん。来ちゃだめ。
あたしのことを、見ちゃだめ。
「紬!ほら、あんたの彼氏だよ!あたしもう、あんたの代わりなんてできないよ!限界だよ」
「お姉ちゃん……」
あ、蒼くん……。あたしを見ないで。あたしのことを見たら、あなたの精神は崩壊してしまうかもしれない。
「紬!ほら、彼氏来たから。あとはあんたが彼氏の相手してあげなよ!あたしがあんたの振りするなんて、やっぱりおかしいよ!」
お姉ちゃんは限界を迎えてしまったらしい。
これが運命なのか。
やはり身代わりなんて、到底無理なことだったのだろうか。
お姉ちゃんは蒼くんにも吠え始める。
「あんたさ!あんたの彼女!あんたの恋人は、ベッドに寝ているこっち!紬はこっちなんだ!あたしは紬の姉の瑠璃!」
蒼くんは明らかに狼狽している。
「いや、紬は君だろう」
「違うんだって!あたしらは双子なんだ!あたしが姉の瑠璃で、ベッドで寝てるのがあんたの彼女の紬だよ」
お姉ちゃんは、泣いていた。
「あんた!わかんないのか!この一ヶ月くらい、病室の前でいつも待ってたのはあたしだ!あたしは紬の姉の瑠璃だ。あたしが紬の代わりにあんたの相手をしてたんだよ」
お姉ちゃん、やめて。
そんなことを言ったら、蒼くんが。
「え……なぜ、そんなことを」
「紬はな!あんたに、自分が弱ってるところを見せたくなかったんだよ」
「そ、そんなことをする必要はないでしょ」
「違うんだよ!紬はな、ずっとあんたに気を遣ってたんだ。あたしまで巻き込んでな!でももうあたしは耐えられない!」
「お姉ちゃん……やめて……それを言ったら……蒼くんが」
お姉ちゃんはすごい剣幕で蒼くんにまくしたてる。
「紬はな!あんたのことを気にして、それであんたに会わないようにしてたんだ」
蒼くんはあたしとお姉ちゃんのことを交互に見て慌てている。
「つ……紬は、君だろう」
蒼くんは明らかに混乱し始めている。まずい。お姉ちゃん。やめて。
「あたしは双子の姉で、瑠璃だってさっきから言ってんだろ。紬はこっちだ!」
お姉ちゃんはあたしのことを指さす。
「つ……紬は、どう見ても君だろう」
「…っ! この一ヶ月、毎日毎日!あんたの、あんたの勝手な『理想』のために、あたしは紬を演じ続けたんだぞ! あんたの彼女はそこで、そこで辛い思いをしてるんだよ!あたしはもう、紬の代わりはできない!」
「お……お姉ちゃん。やめて……蒼くんが」
「紬はな!ずっとあんたに迷惑ばかりかけてるからって、あんたを守るために、あんたに会わないようにしてたんだよ。あんたの理想のお姉さんでい続けようとしたんだ!」
「姉さんが……姉さんと紬になんの関係が」
「わかんないのかよ!あんたがお姉さんに執着してるって聞いて、紬は少しでもあんたに恩返しがしたいからって、あんたのお姉さんに近づこうとしたんだ」
蒼くんは目をきょろきょろさせている。
まずい。本当に蒼くんのトラウマが。
やめて、お姉ちゃん。
「つ……紬、君は、姉さんだったのか」
「なにわけわかんないこと言ってんだ!あたしはあんたの姉さんじゃない!紬があんたのお姉さんに近づこうとしていたんだ」
「お……お姉ちゃん、やめて」
あたしはベッドからお姉ちゃんに向かって手を伸ばす。
蒼くんは明らかに混乱している。
「紬が……姉さん。いつも家にいて明るく接してくれる姉さん。スナックを経営している姉さん。そして、姉さんの紬……」
「あんた!いい加減にしろ!現実を見ろ!あんたの恋人の紬は……」
蒼くんは両膝を床につき、そして、倒れた。
「……お、おい!あんた」
「お姉ちゃん、すぐにナースコールを!」
「あ……ああ!」
やがて蒼くんは担架に乗せられ、運ばれていった。
なんてことだろう。
結局、あたしは蒼くんの助けになってあげられなかった。
彼を混乱させてしまった。
最悪の形で。
もしも蒼くんのトラウマが悪化してしまったとしたら。
なんと取り返しのつかないことをしてしまったのだろうか。
お姉ちゃんに身代わりになってもらうことも、かえって彼を余計に混乱させることになってしまったのかもしれない。
あたしのせい……。
どうか神様!蒼くんをお救いください!
あたしは睡眠薬を多量に服用する。
あたしはイヤホンをスマホに接続して、スマホの中の動画を見ていた。
団地の坂を自転車で駆け下りたときの動画だ。
「六月二十九日、月曜日。あたしたちは自転車で椿の坂学園から自転車でここまで降りてきました」
今はもう十月だ。ずいぶん昔のことのように思える。
それからあたしは画像から、蒼くんの顔が写っているものを中心に見ていく。
蒼くんと団地を自転車で駆け下りたときに一緒に写った写真。
蒼くんと一緒に写った宮島フェリーでの写真。
蒼くんがティラミスを食べているところの写真。
蒼くんと初めてキスしたとき、蒼くんの部屋で撮った彼の寝顔。
角島からの帰りの新幹線の中での蒼くんの寝顔。
蒼くん。
もしかしたら、あたしはもう二度とあなたに会うことはできないのかもしれない。
それでもいい。
あなたを守ることができるなら、あたしは自分があなたに会えないことくらい、いくらでも我慢する。
それくらい、あたしはあなたにたくさんのものを与えてもらったから。
いつもあなたに抱きしめられて眠ることができたのだから。
それがどれだけあたしにとって救いになったか。
蒼くんがあたしにしてくれたことを考えたら、蒼くんのことをあたしが守ろうとすることくらい、たやすいこと。
いくらでも蒼くんを守ってあげたいと思う。
蒼くんは瑠璃お姉ちゃんのことをあたしだと思っている。
だから、蒼くんはあたしに会えなくてつらい思いをするわけじゃない。
まあ、身代わりになってくれてる瑠璃お姉ちゃんからは抱きしめることを拒否されちゃうけどね。
それは、ごめんね。
蒼くん。蒼くんはあたしがいなくなっても、幸せにならなきゃだめなんだよ。
あたしが今してることは、蒼くんの未来の幸せを守ることにつながるんだから。
だから。これからも元気でね、蒼くん。
やがて睡魔が襲ってきて、あたしは眠ることができる。本当は蒼くんに抱きしめてもらって寝たかったのだけど。
それからも毎日、蒼くんはあたしのお見舞いにやってきた。
来るときはスマホに連絡が入るから、瑠璃お姉ちゃんの準備も万全で彼を迎えることができた。
最初のころはお姉ちゃんは大変そうだったけど、特に話す必要もないことに気がついてからは、お姉ちゃんは蒼くんと会うときに会話しようとも思わなくなったらしい。
しかし、蒼くんに会うという代役をこなすお姉ちゃんは、毎日あたしのベッドに戻って来ると、暗い顔をしていた。これじゃあまるでお姉ちゃんのほうが病人みたいだ。
「紬、本当に彼氏に会わなくていいのか」
お姉ちゃんは何度もあたしにそう問いかけた。
でも、あたしの決心が変わるわけもなかった。
そして、あたしはさらに痩せていった。
やがて。
身体に痛みが出始めた。
「痛い!痛い!お姉ちゃん」
「紬!大丈夫か!看護師さん呼ぶぞ!」
「う、うん」
それからあたしは鎮痛剤を打ってもらったりしてさまざまな処置を受けた。
そして、病室は個室へと変わった。
個室に変わってからの瑠璃お姉ちゃんは今までよりも深刻そうな表情をするようになった。
「紬。やっぱり、彼氏に会ったほうがいいんじゃないか」
「だからだめだってば。それだと、蒼くんのトラウマが悪化するかもしれないから」
「紬はそれで満足なのか?本当に?最愛の彼氏に会えなくてもいいのかよ」
「お姉ちゃん。蒼くんを守るためだから。お願いだから、聞き分けて」
お姉ちゃんは拳をぶるぶると震わせている。
「あたしは……あんたの双子の姉だぞ!妹のことを心配して、当たり前だろ!いつまであたしをあんたの身代わりにさせるつもりなんだ」
「う……」
確かにお姉ちゃんに負担をかけているのはわかっている。もう何十回もお姉ちゃんには蒼くんに会うための身代わりを引き受けてもらっている。
お姉ちゃんも限界なんだろうか。
そしてベッドの上のあたしのスマホが鳴った。
兵頭蒼くん、の文字。
「今日もこれから行くよ」
どうしよう。個室に変わったことを知らせたほうがいいのだろうか。
あたしは迷った。
迷っている間にも蒼くんはやってくる。
お姉ちゃんは背もたれのある椅子に腰かけ、足を組んで、ずっと下を向いていた。
それから一時間ほどして、ドアがノックされた。
あたしとお姉ちゃんは同時にビクッと身体を跳ねさせた。
お姉ちゃんが走ってドアを開けに行く。
お姉ちゃんは後ろ手にドアを閉める。
蒼くんが来たのだろうか。
あたしにはふたりの声は聞こえてこない。
すると、突然。
「あたし、もう耐えられない!」
と、瑠璃お姉ちゃんの絶叫する声が聞こえてきた。
そして、病室のドアが開けられた。
「紬!」
お姉ちゃんがあたしのことを呼ぶ。
お姉ちゃんがずかずかとあたしに歩み寄る。
病室のドアのところに立っているのは、蒼くんだった。
蒼くん。久しぶりに見る蒼くん。
「紬!あたし!いい加減もう耐えられないよ!あんたの彼氏だろ!会ってあげなよ!」
蒼くんが病室の中に入ってくる。
ああ、蒼くん。来ちゃだめ。
あたしのことを、見ちゃだめ。
「紬!ほら、あんたの彼氏だよ!あたしもう、あんたの代わりなんてできないよ!限界だよ」
「お姉ちゃん……」
あ、蒼くん……。あたしを見ないで。あたしのことを見たら、あなたの精神は崩壊してしまうかもしれない。
「紬!ほら、彼氏来たから。あとはあんたが彼氏の相手してあげなよ!あたしがあんたの振りするなんて、やっぱりおかしいよ!」
お姉ちゃんは限界を迎えてしまったらしい。
これが運命なのか。
やはり身代わりなんて、到底無理なことだったのだろうか。
お姉ちゃんは蒼くんにも吠え始める。
「あんたさ!あんたの彼女!あんたの恋人は、ベッドに寝ているこっち!紬はこっちなんだ!あたしは紬の姉の瑠璃!」
蒼くんは明らかに狼狽している。
「いや、紬は君だろう」
「違うんだって!あたしらは双子なんだ!あたしが姉の瑠璃で、ベッドで寝てるのがあんたの彼女の紬だよ」
お姉ちゃんは、泣いていた。
「あんた!わかんないのか!この一ヶ月くらい、病室の前でいつも待ってたのはあたしだ!あたしは紬の姉の瑠璃だ。あたしが紬の代わりにあんたの相手をしてたんだよ」
お姉ちゃん、やめて。
そんなことを言ったら、蒼くんが。
「え……なぜ、そんなことを」
「紬はな!あんたに、自分が弱ってるところを見せたくなかったんだよ」
「そ、そんなことをする必要はないでしょ」
「違うんだよ!紬はな、ずっとあんたに気を遣ってたんだ。あたしまで巻き込んでな!でももうあたしは耐えられない!」
「お姉ちゃん……やめて……それを言ったら……蒼くんが」
お姉ちゃんはすごい剣幕で蒼くんにまくしたてる。
「紬はな!あんたのことを気にして、それであんたに会わないようにしてたんだ」
蒼くんはあたしとお姉ちゃんのことを交互に見て慌てている。
「つ……紬は、君だろう」
蒼くんは明らかに混乱し始めている。まずい。お姉ちゃん。やめて。
「あたしは双子の姉で、瑠璃だってさっきから言ってんだろ。紬はこっちだ!」
お姉ちゃんはあたしのことを指さす。
「つ……紬は、どう見ても君だろう」
「…っ! この一ヶ月、毎日毎日!あんたの、あんたの勝手な『理想』のために、あたしは紬を演じ続けたんだぞ! あんたの彼女はそこで、そこで辛い思いをしてるんだよ!あたしはもう、紬の代わりはできない!」
「お……お姉ちゃん。やめて……蒼くんが」
「紬はな!ずっとあんたに迷惑ばかりかけてるからって、あんたを守るために、あんたに会わないようにしてたんだよ。あんたの理想のお姉さんでい続けようとしたんだ!」
「姉さんが……姉さんと紬になんの関係が」
「わかんないのかよ!あんたがお姉さんに執着してるって聞いて、紬は少しでもあんたに恩返しがしたいからって、あんたのお姉さんに近づこうとしたんだ」
蒼くんは目をきょろきょろさせている。
まずい。本当に蒼くんのトラウマが。
やめて、お姉ちゃん。
「つ……紬、君は、姉さんだったのか」
「なにわけわかんないこと言ってんだ!あたしはあんたの姉さんじゃない!紬があんたのお姉さんに近づこうとしていたんだ」
「お……お姉ちゃん、やめて」
あたしはベッドからお姉ちゃんに向かって手を伸ばす。
蒼くんは明らかに混乱している。
「紬が……姉さん。いつも家にいて明るく接してくれる姉さん。スナックを経営している姉さん。そして、姉さんの紬……」
「あんた!いい加減にしろ!現実を見ろ!あんたの恋人の紬は……」
蒼くんは両膝を床につき、そして、倒れた。
「……お、おい!あんた」
「お姉ちゃん、すぐにナースコールを!」
「あ……ああ!」
やがて蒼くんは担架に乗せられ、運ばれていった。
なんてことだろう。
結局、あたしは蒼くんの助けになってあげられなかった。
彼を混乱させてしまった。
最悪の形で。
もしも蒼くんのトラウマが悪化してしまったとしたら。
なんと取り返しのつかないことをしてしまったのだろうか。
お姉ちゃんに身代わりになってもらうことも、かえって彼を余計に混乱させることになってしまったのかもしれない。
あたしのせい……。
どうか神様!蒼くんをお救いください!
