彼女は得意の『適当』という名の技を使ってみた。


「お願いします」


「はい。今日はバレンタインですね～このハート型のパン、いちご味で私が言うのもなんですが、すっごく美味しいんですよ～！」


にこにこと愛想よく笑うその姿は初対面の私が見ても上機嫌でこれから彼氏とデートにでも行くんだろうか、という想像まで出来てしまった。


「そうですか。楽しみです」


「はい～！」


ハート型のパンだけ可愛らしいハートが散りばめられた紙に包まれる。


少し特別感があって和泉だったら喜びそうだな……なんて無意識に思ってしまう。


「ありがとうございました～！またお越しくださいね～」


またしてもにこにこと笑う女性にぺこりと会釈して人々が行き交う駅近をピンクの水玉模様の傘が淡く彩っている。


この年齢にしては少し幼すぎるだろうか。


しかし、彼女にとってそんなことはどうでもいいのだ。


なぜなら、和泉にもらったものだから。


そう。彼女の心にはいつだって和泉が宿っている。


でも、それも仕方ないことなのだ。


だって、別れがあんなだったのだから——。