しとしとと地面にうちつける雨の音がやけに耳に残った。


雨らしいもやもやした湿気のせいで髪は湿っている。


雨は嫌いだ。


ふと甘い香りがして顔をあげる。


甘い香りをいっぱいに漂わせていたのは駅前の赤い看板のパン屋。


今日は雨だ。パンの調子も悪いだろう。


頭ではそう考えているけれどなぜだかその日だけは甘い香りに誘われて店へと足を運んでみた。


「いらしゃいませー」


―チリンチリン。


明るい声とともに二十代半ばくらいだろうか、女性が笑顔でお辞儀をした。


それにつられて軽く頭を下げるだけのお辞儀をする。


店内にはカラフルなパンや野菜がふんだんに使われたパンまでたくさんのパンが揃って並べられていた。


決して広くはない店だがその雰囲気は優しく、温かさに包まれていた。


積み上げられたトレーを手にする。


普段は滅多に手を出さない甘いパンも今日はトレーに乗せてみた。


まあ、単なる好奇心というものだろう。


可愛らしいハート型のピンクのパン。


どうせ見た目重視で味はまあまあというところだろう。


しかし、今日はバレンタインとやらの行事があったはず。


どうせ楽しみもないのだから、パンの一つや二つで少しでも楽しみを作るとしよう。


少しカラフルなパンが乗ったトレーを見る。


トングはどこに置いて店員に渡そうか……まあそんなしょうもないことをぐるぐると考えても仕方ない。