王女ではなくなりますが‥‥

 魔女が続けて言った。

「今、王都の住民達は魔王ゲールの人質にされようとしている。人質を楯にとって、あの騎士を牽制しながら戦いを有利に進めようとしているんだよ。おまえさんは人質を解放して、愛する騎士が思う存分戦えるようにしてあげなければいけないよ。」

 グネビアが聞いた。

「私はどうすればいいですか。」

「王都は結界に守られた地。ほんとうは魔物が侵入できないのに、なぜだが入り込み住民達は魔術にかけられ人質にされてしまう。今からおまえさんは王都に行き、魔物を退治し住民達を救うんだよ。」

「今からですか。母様の馬に乗ったとしても、ランスロ様と魔王ゲールとの戦いの前に着くのは不可能です。」

「大丈夫、私の扉を使いな。」

 魔女がそう言うと、かって魔女のすみかで開けたことのある扉が目の前に現われた。グネビアが扉を開けようとすると、魔女が言った。

「ちょっと待ちな。これを持ってきな。」

 グネビアに精霊剣ロッテが渡された。同時に精霊が姿を見せた。

「グネビア様、また一緒に戦えますね。」

「ロッテ。宮殿の武器庫に厳重に保管されている精霊剣がなんでここに。」

 魔女が言った。

「野暮なこと聞くんじゃ無いよ。精霊を剣に返そうとして武器庫に行ったら、警備があんまり手薄だったから、いただいてきたんだよ。精霊のこの娘もその方がいいと言うのでな。」

「この先何十年も武器庫に閉じ込められ、とても長い退屈な時間を過ごすのはうんざりです。それよりも、私はグネビア様の剣になって、これからの冒険のお手伝いをしたいのです。大好きなグネビア様のために。」

「ロッテが一緒にいてくれると、私はとても心強いわ。アラクネ様、ありがとうごさいます。今から王都イスタンに向かいます。」

 魔女が言った。

「その扉を開くと、おまえさんが良く知っている所に行くことができる。だけどそこでは、魔族の悪いことが行われようとしているからね。絶対にやらせてはだめだよ。」

「わかりました。」

 決意を秘めた顔をしてグネビアは扉を開けた。



 宮殿にある王女マギーの部屋で黒い蝶が飛び回りながら、幻惑の魔物として最後の仕事をしようとしていた。

 蝶が王女マギーに言った。

「王女様、あなたは臣民のことが好きですか。」

 王女が答えた。

「冗談を言わないで、大嫌いよ。ほとんど全ての臣民が私が大嫌いなランスロのことを、高潔な心をもつ世界最強の騎士として尊敬している。それにも増して頭にくることは、老若男女を問わず、あの平民の娘グネビアのことが大好きなことだわ。」

 蝶が王女にささやいた。

「それでは全臣民を、最初はこの王都イスタンの住民から、王女様の命令に従うように魔術をかけてしまえばいいじゃないですか。」

「私は魔女ではないから、そんなことはできないわ。」

「一つだけ良い方法があります。魔術が得意な魔物を、王女様が暗黒空間から呼び寄せるのです。」

「魔物を呼び寄せるなんてできるわけないじゃない。」

「いやいや王女様、大丈夫ですよ。私が方法をお教えします。呼び寄せられた魔物は、呼び寄せてくれた王女様の命令に逆らうことができません。魔術で住民を自由に操ることができるのですよ。王女様のことを大好きにさせることもできます。」

「そう。意外におもしろいかも。」

「その前に王女様。この王都イスタンにかけられている結界を解いてください。古より結界のおかげで魔物は王都に入ることはできません。王族である王女様がお命じになられれば、結界は解かれます。」

「どうすればいいの。」

「王族の証しであるティアラをつけてお命じください。どのような言葉でも結界は解かれます。」

 蝶は思った。

(ほんとうはグネビアのものであるティアラをつければ、グネビアの言葉であると認識されるからな。)

 王女マギーは衣装棚からティアラを手にとった。そして、ほんとうはグネビアのものであるティアラをつけて言った。

「王女マギーが命ずる。王都イスタンの結界よ、囲みを解け。」



 結界は解かれた。そのことを確認して蝶が言った。

「魔物の名前はセイレンといいます。お呼びください。」

 王女は言った。

「セイレンよ来い。我が前にひざまづけ。」

 その声に導かれるように魔物が現われた。上半身は美しい女性だが、下半身は鳥の姿をしていた。魔物はすぐに、不思議な歌を歌い始めた。

 王女は意識と体を支配された。そしてふらふらと歩き始め、宮殿の外に向かった。

 魔物の歌は王都イスタン中の全てに鳴り響き、王女だけではなく全ての住民を支配した。住民達はつぎつぎに家の外に出てふらふらと歩き、城門から続く王都のメインストリートに横たわり始めた。



 その時、魔物の蝶とセイレンしかいなくなった宮殿の王女の部屋の空間に扉が出現し、そこからグネビアが出て来た。

(ここは王女だった頃の私の部屋だ。)

 精霊が言った。

「あの魔物が歌を歌い、王都の住民を支配しています。魔物を殺して、止めなくては。」

 グネビアが言った。

「ロッテ、私はこの歌を聞いて大丈夫かしら。」

「グネビア様、大丈夫ですよ。あなたのしもべである私が、霊力でお守りしていますから。」

「よし。征くわ。」

 そう言うと、グネビアは精霊剣を抜き、人とはおもえないほどの俊足でセイレンに近づくと精霊剣を振った。一瞬でセイレンは消滅した。

 精霊が気づいた。

「あそこを飛んでいる蝶も魔物です。退治しなければ。」

 精霊の言葉を聞いた瞬間、グネビアの剣戟は蝶に向かって光りのように走り魔蝶は消滅した。

 その時、どこからともなく大魔法使いクレストの声がした。

「グネビア王女様。最後の仕上げが残っています。王女であるあなたが、王都イスタンの結界を結び直すようにお命じください。」

 グネビアはお礼を言った。

「大魔法使いクレスト様。ほんとうにありがとうございます。」

 そして結界に向かって強く念じた。

「王女だったグネビアが命ずる。王都イスタンの結界よ、再び囲みを張り巡らし住民達を魔物から守れ。」

 結界は再び機能し始めた。グネビアが精霊に聞いた。

「ロッテ、メインストリートに横たわっている住民達の意識が戻るわ。なにか教えてあげなくては。」

「グネビア様。宮殿のテラスに出られて住民達にお話ください。グネビア様の声が全ての人に届くように、私が霊気を込めます。」

「わかったわ。お願いします。」



 それからグネビアは宮殿のテラスに出て、住民達に話し始めた。

「みなさん、グネビアです。今の事態に慌てることなく、それぞれのお家にお戻りください。それから、もう少しすると王都イスタンの近くで、騎士ランスロが魔王ゲールと戦います。結界が張られており、魔物は王都の中には入れませんので絶対に大丈夫です。」



 その後、グネビアは声を大きくして、住民達にお願いした。

「騎士ランスロは世界最強の騎士です。しかし相手は魔王ゲールです。戦いの結果がどうなるかは全くわかりません。ただ、みなさんに心の底からお願いします。」

 少し間があいて、グネビアの言葉が続いた。

「自分のことより、みなさんの幸せを守ることだけをいつも考えている高潔な騎士ランスロが勝てるよう祈ってください。どうぞ、どうぞ‥‥ お願い致します。勝って、彼がその後も生き続けられるように。」

 最後の言葉は涙混じりになっていた。