僕の専属編集者様は先輩です

結局、佐久間先輩が言いに来た話が何だったのか、僕が知る事は無かった。

なんとなく先輩から話してくれるのかな…って淡い期待をしてたんだけど。
そもそも、そんな期待する事自体が、おこがましいんだよな…って思い直し。

なんとなく頭の片隅では気になったけど。
友達って枠が、どこまで踏み込んで良いのかも分からず、更には、まだ出会って数週間にも満たない僕は、何か質問すると言うより、話してくれる事だけを受け取る感じだから。

先輩は、昼休みに勉強を教えてくれた後、最後の抱っこタイムに、ポツポツと自分の事を話してくれる。
ペットに話す時、身体を撫でながら、独り言のように話す感じに似てると思う。
耳元で囁かれるのは、先輩の心情の吐露みたいだった。
ペット代わりの僕は頷き、耳を傾けるだけで、それに対しての意見なんかは言わない。
愛猫のごとく、ちんまりと大人しく聞くのみ。
撫でられる手がまた、優しくて、紡がれる言葉は密やかで。


実は、父親が有名な推理小説作家で、とても変わった人で、女癖が悪く、それが原因かどうかは分からないけど、両親は離婚してしまったが、自分には普通に父親だから、たまに会うことがあるとか。

結構踏み込んだ内容だと思うんだけど、淡々と話す先輩からは、深い悩みがあるという感じでは無い。
でも、どこか…寂しげというか、何か愛情に対して俯瞰した思いがあるように、僕には感じられた。

うちは母親を幼稚園の頃に病気で亡くしてて、父親が奮闘しながら育ててくれた。
穏やかで、少しおっちょこちょいで、基本、家族だろうが誰に対しても敬語で話すというのは、かなり変わってるかもしれないけど、僕には心地良いし、男で一つで育ててくれた事には、感謝しかない。
編集者の仕事をしてるから、もしかしたら、どこかで、僕の父親と先輩の父親が会ってたりするのかな…って思ったりした。
まぁ、狭く無い世界なので、全く会った事もない可能性の方が断然高いんだけど。

先輩に、僕の父は編集者をやってて…って言うと、ふーんって感じで、返ってきた反応が薄かったから、特に話題を広げる事もなく、そのままにしておいた。

母親を幼い頃に亡くしたって事は、まだ言えてないけど…
なぜか、母についての事を全く聞いてこないので、僕の記憶にないだけで、話したのかも…と思ったり、友達同士で家族の話って、そんなにしないのかも…と思ったり。

ーーーーーー

今朝起きたら、何だか身体がだるくて…
体温計で測ったら、微熱があった。
父に話したら
「学校は休みましょう。冷蔵庫にお昼ご飯を入れておきます。チンして食べてくださいね。水分はここです。何かあれば電話してください。しっかり休んで。では、私は行ってきますね」
いつものように、優しい笑顔で父は仕事へと向かった。

ペットに深く身体を沈ませて。
僕が一番に思った事は…
今日は先輩に会えないのか…って事。

一応、今日は学校に居ないという事をメッセージとして送るべきか悩んだが…
僕が居なくても別に…先輩の生活に支障は無いんだよな。
むしろ、連日、勉強を見てやるのが無くなってホッとされるもしれないし…とか、今になって気付いたけど、実は凄く迷惑だったかもしれない…なんて、体調を崩して気弱になってるからか、余計に色々ぐちゃぐちゃ考えた。
けど、やっぱり万が一にも待たせたりしたら申し訳無いから、一言だけ送る事にした。
簡単に、微熱があるので、学校を休みます。と送っておいた。
そのまま、スマホを枕元に放って、僕の意識は落ちた。

身体が…痛い。
お昼ご飯をサクッと食べて、またベッドに入り、ずっと横になっていたからだろうな…
そろそろ起きて…
薄く目を開けて窓の方を見ると、夕暮れだった。
そんなに寝てたのか…

「起きた?調子は?」
はい?
どこから声がした?
窓とは逆の方に向くと…

「え?先輩…まさかね。僕、まだ夢見てるのか…」
そうか…会いたくて夢にまで出たのかって思ってもう一度目をギュッと閉じた。

「違うよ…成海、夢じゃないぞ」
夢の中の先輩が、夢じゃないって言ってる。
ややこしい夢だな…本当に。
僕は再び夢に入る体勢になったけど…

「おーい、夢じゃないって…」
何かが僕の髪を撫でている。
夢…じゃない?
先輩と目が合うと、心配そうな瞳が揺れている。

「起きないなら、お目覚めのキスでもしようかな…」
「え?はっ?はい?せ、先輩?!な、なんで?」
「お見舞いに来た」
そういう先輩は、僕のベッドの横に椅子をくっつけて座っていた。

慌ててベッド横に置いていたマスクを手に取る。
先輩に風邪をうつす訳にはいかないから。

「あの…どうして?ここに」
「どうして…って、だから、お見舞いだよ。休むって連絡くれただろ?」
ハイって渡されたのは、ペットボトルのアルカリ飲料とゼリーの入った袋。

「あっ、あの…わざわざ御足労頂きまして、誠に申し訳ございません」
「なんだよ、いつもより更に堅いよ(笑)で、大丈夫なの?」
「あ、はい、多分ただの風邪なんで…でも良く僕の家…分かりましたね」
「あー、なんか、成海のクラスの女子に聞いたら、成海の友達を探し出してくれて、住所教えてくれたよ?」

僕の友達、情報開示が安易すぎて、コンプラ大丈夫か?
そっちの方が心配になった。

「お父さんが、偶然、一時帰宅したみたいで、友達だって伝えたら、上がらせてくれたよ」
父さんまでも…
まぁ、こんなイケメン来て友達って言われたら…
分からぬでも無い。仕方なし。

「あとさ。やっぱり、成海のお父さんって、俺の父さんの担当編集者だった」
「えっ!えっ、えーーー?!」
熱も吹き飛ぶ程に驚いた。

「さっき、一瞬だったけど。多分、成海のお父さんも、アレ?って顔してたし」

まさか…
もしかして…とは、思っていたけど。

「偶然って凄いですよね…」
「運命かもしれないけどね」

あー、友達になる運命って事か。
本当にロマンチストだな…先輩は。

僕は先輩から貰ったばかりのペットボトルのキャップをひねったが、どうも力が入らなくて、悪戦苦闘してると、スッと先輩がそれを取って、開けてくれた。
「飲ませてあげようか?」
「滅相もございません」
「なんだよ。本当、なんか今日は特に堅いな…良し、飲ませてあげよう」

僕のマスクに指がかかると、スッと下に降ろされた。
ペットボトルの口を僕の唇に当てる、その一連の動きがスマート過ぎた。
そして拒否権は無いらしい。
ゴクゴクと飲むと…水分の抜けていた身体に染み渡る。

「お手数をおかけしまして…」
「もう少し、フランクにしてくれないと、口移しで飲ませるよ?」

アワアワなる僕を見て、先輩は笑ってる。
揶揄われただけか…

「ごめん、ごめん…もう寝て、俺は帰るから」
そう言って先輩は立ち上がった。

「すいません、ありがとうございました」
「いや、俺が成海に会いたかっただけだから」

なんか、女子が聞いたら完全に勘違いしそうな台詞を吐かれる。
ペットとしての需要があると解釈して、僕はは思っていた事を口にする。

「実は、毎日のように勉強見てもらってるの迷惑だったんじゃないかって…今日は先輩が、ホッとしてるんじゃないかと…思ってて。あの、だから、来て下さって本当に嬉しかったです」
「何それ、そんな事思ってたの?違うから、成海に毎日癒して貰ってるのは、俺の方。会いたかったって、今言っただろ?」
先輩はふっと笑って、再びかがむと僕の方へ近付き、スッと抱きしめた。

「今日の分の癒しを貰って帰るわ」
背中をさすってくれながら、早く良くなって学校にきてくれ…って言われた。


僕は、先輩が帰ってから、さっきの出来事は全て夢だったのでは無いかと思った。
でも、ベッドサイドには、先輩が飲ませてくれたアルカリ飲料のペットボトルと、ゼリーがあって…
現実であると意識したら、余計に…
どうしたら良いのか身悶えてしまった。

甘い雰囲気が部屋から消えたから、より空気感が明確になって、意識してしまう。
先輩には、普通なのかもしれないけど、僕には、とんでもなく甘くて。
男同士なのに、ドキドキするって事がある事を知って…
経験したことのない激甘の連続に、先輩が帰った後も、言葉とか視線とかを反芻してしまって…
熱に侵されてるせいかと思ったけど…
再度測った体温計は、バッチリ平熱をさしていて。
やはり、熱のせいでは無いらしい。

学校で会った時に、普通に出来るか心配になってきた。
僕は布団に潜って、何度も先輩を思い出しては、そんな事をするのを反省し、それを繰り返していたら、いつのまにか、眠りについていた。


翌朝には、平熱…何度も測っても、平熱。
微熱程度だったから、下がるのも当たり前なんだけど…
多少の鼻水が垂れる程度では、休む気にはなれず…
先輩に会うのが少し怖くもあったけど、ご好意でお見舞いに来てくれただけだし、意識する方がおかしいんだから。
どのみちこのまま、連日休んだところで、いつかは、学校に行かなくてはならない。

行こうか…と、リュックを背負った。
足取りは重かったけれど、学校には、いつも通りの時間に着いた。


自分の席に着いたら、待ってましたとばかりに、女子が僕の方にやってくる。
「昨日は、陽岡先輩が残念そうにしてたよ。でも、良いよね、そんな風に反応してもらって、毎日相手もしてもらえて」

半分嫌味が入っている気もしたけど、そこまでの悪意は無さそうで、単純に羨ましいって感じだった。

そうだよな、同意しかないよ。
僕も先輩が気にかけてくれるのが、ほんとーーーに!不思議なんだけど…
そして、口が裂けても、家までお見舞いに来てくれたなんて言えない。

「はぁ…まぁ」
と、適当な反応しかしない僕がつまらなかったのが、早々に去って行った。

昼休みが近付くにつれて、僕の心臓の音は、うるさくなり、隣の山本君にまで聞こえてしまうんでは無いかって程に、バクバクと音を立てていた。

女子の声がしたと思ったら、颯爽と陽岡先輩が現れた。
今日は、佐久間先輩と友森先輩も一緒で…僕が物凄くホッとしたのは言うまでもなく。
陽岡先輩と2人きりは、今の僕の心臓に悪過ぎて。

「成海くん〜明日って、土曜日じゃん。予定ある?無かったら俺らと遊びにいかない?」
佐久間先輩が、突然言い始めた。

「断っていいかからな、成海」
陽岡先輩は苦い顔をしてる。

「なんでだよ〜!陽岡も行くし、な?俺らと遊びに行こうって」
どうやら、佐久間先輩、友森先輩、陽岡先輩が遊ぶ会に、僕も誘われているらしい…

「あ、あの、でも、僕…あんまり遊び方を知らないですよ?つまらないかもしれないですよ」
あと、耳も片方…聴こえないって事も伝えようとして、陽岡先輩が僕を静止した。

「それは、全く問題無い」
どっちについて言ったのか分からなかった。右耳が聴こえない事なのか、遊びを知らない事なのか…
断って良いって言ったのに、僕が引くような反応を見せると陽岡先輩は逆に、行こうと言ってくれた。

「コイツら、成海と遊びたいって、毎日うるさくてさ…ごめんな、一回付き合ってやれば、黙ると思うから」
「ヒデェ〜ひでぇよ!」
「そーだ、そーだ!」
ブーイングに負けない陽岡先輩は
「俺も成海と遊んだ事無いのに、先にとか、お前らが贅沢なんだよ」

そんな、僕なんかと遊びたいって言ってくれるだけで…光栄な事なのに。
先輩達は、本当に校内でも人気者で、僕なんかとは、天と地の差があるのに。

「いえ、僕で良いなら…ご迷惑にならなければ良いんですけど…」

「やったーーーー!オッケー貰った、イェーイ」
そんな喜ぶことでは無いと思うんだけど…
佐久間先輩と友森先輩がハイタッチする横で、しょうがないな…って顔の陽岡先輩が居た。

どこに行こうか相談してたら、あっという間に昼休みが終了していた。
意見はまとまらず、明日の持ち越しって事になった。

「じゃ、明日、駅前集合10時な」

という事で…
僕は、お出かけに参加する事となった。